謎の損壊③
あとで分かった事だが、オレが破片を防いでいたシーツもズタズタに裂けていたそうだ。これはまあ、落ちてきたガラスで裂けたんだろう。
すぐに替わりのシーツが運ばれてきたので問題ない。
問題なのは、ナースたちが入院しているオレたちには聞こえないようにしながら、実は「出る」部屋になったんじゃないかと囁いているようだ。
もちろんナースに直接尋ねても話してくれるはずもない。オレが高橋さんに「そう言えば聞きましたよ」と、部屋の他の者に聞こえない小さな声でカマをかけてみたら、あっさりうなずいてくれた。
「テレビが壊れたあの日、ちょうど隣の部屋の窓側の方の容態が急変して亡くなられたんです。
姿が見えるとか、誰もいないはずの病室からナースコールが鳴るなんてことはしょっちゅうですから誰もあまり気にしないんですが、物が壊されるとなると、備品代がかかってしまうので」
「困るのはそっちですか? って、そんな嫌な事しょっちゅう起きるんですか?」
「始めのうちは怖かったですけど、何もされなくて、仕事の邪魔さえしなければあまり気にならなくなりましたね」
「高橋さんって、度胸ありますね」
「この病院のナースなら、みんなこうですよ」
一体、どんな病院なんだよ。
しかし、嫌なことを聞いてしまった。
じいさんのテレビを壊したのも、蛍光灯を壊したのも、隣室で死んだ見ず知らずの奴のせいだと? もちろん信じてはいないが、本当だったらこっちに来ないで、隣の部屋にいろよ。迷惑な奴だ。
それにしても最初はじいさんで、次にオレ。移動しているんじゃないか?
だとすると次に何かが起きるのは廊下かも知れない。そこからまっすぐ行って突き当たりはナースステーションだ。
まずい。高橋さんに言っておかないと。彼女が巻き込まれるのは避けたい。
だがオレの意見を聞いた彼女は、笑って否定した。
「私たちなら大丈夫です。こんな時のために、ナースステーションには患者様から見えないよう、お札が貼られていますから」
「いや、逆にそのほうが笑えないですよ」
「この病院を創設された院長先生が信心深い方だったそうで、私たちを守るというのではなく、もし思いを残したまま病院内でさまよわれるような事があれば、ナースを頼って来るだろうと。
そこで、ナースステーションへ近づく魂があれば、安らかにあちらの世界へ逝けるような特別のお札が貼ってあるらしいです。本当かどうかは分かりませんけど」
正直、笑えばいいのか納得すればいいか判断しづらい説明だったので、「そうなんですか」としか言えなかった。
「ところで……」
オレは今まで大事な事を聞いていなかったのに気づいた。
「この病院の名前って、何ていうんでしょう?」
事故から目が覚めた時はすでにここにいて、手が使えないので書類も見ていないし、出される薬も高橋さんから錠剤を取り出してもらって飲んでいたので、病院の薬袋もない。
リハビリに通う途中も、院内を車イスに乗せられて通路を移動するだけだ。
ようするにこの病院に関する情報を、オレは何も持っていない。
改めてパンフレットを持って来てもらうよう高橋さんに頼むと、次の検査の時に別のナースが届けてくれた。
パンフレットの表紙には『医療法人 関滝会 手種市総合病院』と書かれている。
一瞬、「関滝」が「関竜」に見えてビクッとしたが、さんずいが付いていてホッとした。そしてここの病院が手種市であることがようやく分かった。
「この関滝の意味って何ですか?」
血圧を測っているナースに尋ねてみる。
「この病院のを創立したのが、関口先生と滝沢先生のお二人で、それぞれのお名前から付けられたそうです。
関口先生は当時の形成外科の権威で、滝沢先生は、同じく内科の権威でらしたんです。
ですからこの病院は形成外科の治療を受けるために、全国から患者様がいらっしゃるんですよ」
「そうなんですか。じゃあオレはここで診てもらえてラッキーだったんですね」
「医療機器が揃っていて、処置が早かったのはラッキーかも知れませんけど、もう事故には遭わないよう、気を付けてくださいね」
冗談めかしに言った話も、このナースは真剣に答えてくれた。
もしこの事故が意図的だったなら、オレがいくら気を付けていてもまた起こされる可能性がある。そうなったら次は設備が揃っていない病院へ運び込まれるかも知れないんだ。
オレは心配してくれるナースの言葉に、あいまいに笑っておいた。




