ヴァークの帰還
工房で作ったものはかなりの量となった。
羅針盤も作ったし、六分儀も作ったし、望遠鏡なんかも作ったけども、一番多く作ったのは救命胴衣だった。
羅針盤も六分儀も望遠鏡も、仕組みが分かればある程度真似できるが、救命胴衣はそうもいかない。
プラスチックなどの未知の物質で作られていて、木材などで真似ることも出来なくもないが、明らかに重く邪魔になってしまい、工房産のものに勝ることは出来ないだろう。
それでいて船員の命を救ってくれるとなったら、重要度が跳ね上がるのも当然だ。
ベアーテが言うには船から落ちる事故というものは、どうしても無くすことの出来ないことらしく……マストから落ちたり船から落ちたりの死亡事故はかなりの数になるんだそうだ。
その数をわずかにでも減らせるのなら……その価値はとんでもないものとなるそうで、それはもう物凄い数を作らされることになった。
構造的にとてもシンプルな物なせいで大したポイントもかからないものだから、ベアーテは一切遠慮することはなく……あっという間に救命胴衣の山が積み上がることになった。
軽くて頑丈で面白い色をしていて、初めて目にする救命胴衣に村の皆も興味津々といった様子を見せていたが、シャミ・ノーマの村ではまず使うことのないそれに興味を抱く人はほとんどいなかった。
一応子供に湖での泳ぎを教える時とかに使えないこともないので、幾つかは村にと確保することになったがそれだけで、皆の興味はそれよりもベアーテのお礼へと移っていた。
「今すぐには礼は出来ないが、必ず春に山程の銀細工を持ってこさせるよ!
これだけのもんを貰えたんだ、そのくらいはしないとヴァークの名が傷つくってもんだ!」
と、ベアーテはそんな宣言をしていて、漁のための網を作ったりする関係で、とても器用なヴァークの銀細工は素晴らしい出来となっているらしく、それが山程手に入ることが嬉しくてたまらないらしい。
もちろん今までも手に入れる機会はあった、何度か手にしていた。
だけども、その全ては生活のために沼地の人々への支払いにあてていたんだそうで……一度手にした素晴らしい芸術品をそうやって手放さざるを得ない悔しさや、好意でそれだけのものを譲ってくれていたヴァークへの申し訳なさがあったのだろう、涙ぐんでいる人までいた程だ。
ちなみに本というか知識の方はあまり歓迎されなかった。
ヴァーク達の船や航海技術があちらと違いすぎるのか、それとも魔獣やらが棲まう海の環境があちらとは違いすぎるのか、とにかく使い物にはならなかったようだ。
という訳で物ばかりあれこれと作ることになり……ヴァーク達は山となったそれらをロープで縛って一塊にし、持って帰るための準備をし始めた。
ベアーテはこのまま村に残るそうだ、ユーラとくっついたのもあるし、ヴァークの代表としてシャミ・ノーマとの親善を深めたいというのもあるし、俺……というか工房との交渉窓口みたいなこともやるつもりのようだ。
これからも色々なものが工房で作られるはずで、ヴァークにとって重要なものが手に入りそうならすぐさまヴァーク達に連絡して対価を持ってこさせるつもりのようで……ヴァークにとってもシャミ・ノーマにとっても重要な存在になってくれそうだ。
これから春になれば海で海産物がとれるようにもなるし、それらをヴァーク達にとってきて貰う、なんてことも可能になるようで、村の暮らしも一気に豊かになってくれることだろう。
「良いか! 山程だ! 山程の銀細工を持ってくるんだよ!
特にアタシが作った良いのは全部だ! 分かったな!」
村の中央広場で、荷物をまとめ海へと帰る準備を進めているヴァーク達に向けて、ベアーテのそんな声が上がる。
ベアーテはユーラを小脇に抱えながらアルマウェルの上に跨っていて……恵獣であるアルマウェルもこのまま村に残ってくれるらしい。
それだけベアーテとの縁が深いというのもあるのだけど、ここでの暮らしも悪くないと思ってくれてのことだとかで……これからは狩りなどで活躍をしてくれるようだ。
ただしアルマウェルはあまり足が早くない。
時間をかけての長距離移動は得意としているようだが、素早くあちこちに向かうというのには向いてないようだ。
という訳でアルマウェルの活動範囲は主に村の周囲になるそうで……俺達が狩りでいない間は村の防衛なんかも担ってくれるそうだ。
鎧熊であるアルマウェルの装甲……というか分厚い皮膚の強度は凄まじい。
鉄の剣や槍では貫けず、ベアーテが言うには俺の銃でも貫けるかは怪しい強度をしているんだそうだ。
それでいて巨体で怪力で……そこらの魔獣や盗賊では歯が立たず、あっという間に鎮圧出来るだろう。
そんなアルマウェルがいてくれる上に、今回盾や槍など村のために結構な量の装備も作ったので、安心して遠征に出ることが出来る。
……とりあえず魔王を倒したことで北部の一帯の浄化は終わった、開拓はこれからになるけども、元々春になったら村を移動することになっていて、そのための準備を進めていたこともあって、人手もあるし道具もある、開拓もすぐに終わることだろう。
西は海からやってきたベアーテ達が言うには、大した魔獣もなく汚染もそれ程されていないらしい。
その上、ベアーテ達が大暴れしながらここまでやってきてくれたようで、魔獣の数はかなり減っているはずとのことで……残るは南と東となる。
東にはかなりの高さの山と広い大陸が広がっているんだそうで……その山を越えてまでこちらに来る魔獣は少ないらしい。
……となるといよいよ南の沼地に向かって浄化と開拓を進めることになるのだろう。
汚染が酷い一帯、その先には汚染の原因となる人々が暮らしていて……こうしている今も魔法を使って世界を歪め続けている。
そこを浄化出来たなら……世界の全てにはまだ遠いかもしれないが、少なくとも俺達の生活圏の浄化がかなり進むはずだ。
……もちろん、そこには人々が暮らしていて、魔法に頼った暮らしをしているのでそう簡単にはいかないけども……。
「まぁ、なんであれやるしかないんだけどねぇ」
と、ヴァークの人達が山のような荷物を引きずる様子を見送りながらそんな独り言を口にすると、俺の頭上でくつろいでいたシェフィはゴロリと寝返りを打ってから、
『魔王を倒したことで予想以上に浄化が進んでいるし、焦る必要はないからね、ゆっくりまったり楽しみながらやっていこう』
と、そんな声をかけてくるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回は……ヴィトーとアーリヒのあれこれの予定です






