戦い終わって
大いに盛り上がり、俺達をもみくちゃにし……魔王討伐を大いに喜んだ村の皆は、しばらくすると落ち着きを取り戻し、それでもワイワイと楽しげに声を上げながら飲食を始めた。
今日くらいは贅沢にいっても良いだろうと肉も魚も大盤振る舞い、ヴァークが持ってきてくれたらしいワイン樽も登場し、どんどん盛り上がって……そんな中、いつの間にかコタの中にやってきていたジュド爺がシェフィに声をかける。
「精霊様、魔王と倒したことでこの辺りの浄化と魔獣はどんな状況になりそうですかな?
魔王程の存在を倒したとなれば、世界全体への影響がわずかだとしても、この辺りへの影響はかなりのものになるはず……魔獣が減って肉が獲れなくなる、なんてのはそれはそれで困ったことになりそうでして……」
するとシェフィは楽しげな空気を胸いっぱいに吸い込んで嬉しそうにコタの中を漂いながら弾んだ声を返す。
『詳しくはこれから調べてみるけど、悪い結果にはならないから安心してよ。
完全に浄化が済んだとしてもいきなり魔獣が消えることはなくて、新たに生まれなくなるだけなんだよ。
魔獣が生まれなければその分だけ野生の獣が増えるはずで、肉に困るってことはないんじゃないかな?
まー……魔獣独特のエグみのある肉は食べられなくなるかもだけど、そこは我慢してもらうしかないかな~。
……これも詳しく調べてみないとはっきりとしたことは言えないんだけど、もしかしたらもう北から魔獣がやってくることは、もうないかもしれないね。
瘴気による汚染は基本的に魔法を使いまくってる南からやってくるもので……今まで北からやってきていたのはあの魔王がいたからのはずで、魔王がいないとなったら……北の一帯はほっといても浄化が進んでいくんじゃないかな?
まー、明日からボク達でそこら辺のこと調べておくから、結果が出たらまた皆に教えるよ』
「……北の更に北、世界の北端から汚染が広がる可能性ってのはないんですかい?」
『ないない、そもそもこれ以上北にあるのは北極……じゃ分かんないか、海と氷の大地があるだけで、住んでいる生物もごくわずか。
魔法を使う人間なんてまずいないから、瘴気に汚染されることなんてまずないんだよね。
……あえて船でそこに行って魔法を使いまくれば別だけど、そんなことする意味が分からないし、ヴァークの皆がそんなこと許さないはずだよ、北極の海はヴァークの支配圏だからね』
ん? この世界にも北極があるのか……いや、白夜だの極夜だの、季節だの星の巡りだの、そういったものがあるんだから当然この世界も球状で、北極南極もある訳だ。
そもそもとして酸素もあって植物もあって、砂糖とか塩とかワインとかもあって……異世界という割には、色々な部分であちらとこちらは似通っているよなぁ。
まぁ、精霊なんて存在がいて、あちらとこちらを行き来している節もあって、俺みたいな存在を通じて道具やら加工品やらまでが行き来しているんだから、似通うのも当然かもしれないなぁ。
……もしかしたらあちらの世界が原産だと思い込んでいる動植物も、実はこちらが原産でなんらかの方法であちらに持ち込んで定着した……なんてこともあるのかもしれない。
と、俺がそんなことを気にしている間も、ジュド爺とシェフィの会話は進んでいって……そしてヴァークの名前が出たからか、ヴァーク達のために用意したコタで飲み食いしていたはずのヴァーク達までやってきて……両手で抱えたワイン樽をお祝いだからと皆に差し出してくる。
「世界がまた浄化された! 精霊様のご加護で満たされた!」
「シャミ・ノーマの友のおかげで、きっと北海の浄化も進むだろう! そうなったら俺達の稼業は大助かりだ!」
「また今度祝いの品を持ってくるが、今はこれで勘弁してくれや!」
そういって毛皮に覆われた男達は大いに盛り上がり、村の皆もそんな乱入者達を歓迎する。
北の浄化に一段落ついた、あとは南だ東だ西だ。
どんどん開拓して宿営地を増やしてサウナを増やして、たくさんの恵獣を飼うぞ、家畜を飼うぞ、そして昔の暮らしを取り戻すぞ。
そんな声を上げながらどんどんワインを飲んでいき……ユーラとサープもこの日ばかりは護衛の仕事よりも酔いたい気分が勝ったのだろう、どんどんとワインを飲んでいく。
俺は……まぁ、この世界ではもう関係ない話なのだけど、未成年だし酒に溺れて良いような立場でもないということで、コップ一杯だけ頂戴して、後は皆のコップにワインを注いだり、食事をしたり話に付き合ったりする方に意識を向けるようにして……そうやってどうにか眠気を振り払う。
どっぷり疲れてサウナに入って食事をして……当然の帰結というか眠気が襲ってきている。
世界の浄化に一段落ついたという安心感というか、達成感も眠気を増長させていて……今日は良い夢を見れそうだとか、ぐっすり眠れそうだとか、そんなことばかりが頭の中に浮かんでくる。
そうやってうっかり眠りそうになっていると、コタの入口が開いてアーリヒ達がやってくる。
アーリヒとベアーテとビスカ。
その三人は初めてみる服を着ていて……どうやらそれぞれおしゃれ着みたいな格好をしてきたようだ。
アーリヒは振り袖かと思うくらい袖のながい、薄手のドレスのような服で……色染めも刺繍もない、真っ白な服。
ベアーテはまさかの肌を露出している服で……肩出しへそ出しの毛皮服。
ビスカもアーリヒと似た服ではあるが、急遽用意したせいか、サイズが合っておらず少しだけぶかぶかだ。
勝負服と言ったら良いのか、とにかく気合を入れていることが分かる服で……村の皆がそれを見て大いに盛り上がる中、俺とユーラとサープはただただ目を丸くして唖然とすることになる。
そして最初に動いたのはベアーテだった。
ユーラの側までつかつかと歩いてきて、座っていたユーラを引き起こして肩を組んで半ば強引にどこか……まぁ、自分のコタなのだろう、そこに連れていく。
それに影響されてかサープが立ち上がってビスカさんに声をかけ……そして村の皆の視線が俺に突き刺さる。
お前もなんかアクション起こせよ? いつまでアーリヒを待たせておくんだ?
そんな無言の声まで聞こえてきて……俺は立ち上がってアーリヒの下に向かう。
するとアーリヒは俺の手を取り、グイグイと引っ張っての移動を開始し……俺のコタに向かう。
今日の俺のコタには、厩舎でぐっすり眠りたいからとグラディス達がいない。
シェフィは食堂コタに残っていて……つまり俺とアーリヒの二人きりだ。
「ごめん、アーリヒ……なんだか良い雰囲気だけど、流石に今日は眠くてあれこれ会話する体力はもうないかなぁ」
そんな二人きりの中で言うことではないが、正直な気持ちを言葉にするとアーリヒは分かっていますと微笑んで……足を伸ばして座り、自分の太もも辺りをポンポンと叩く。
……膝枕とは格好とかが違うけど、恐らくは似たことをしてくれようとしているのだろう。
果たしてそれに甘えて良いものかと躊躇しているとアーリヒは、言葉もなくただこちらをじぃっと見つめてきて……このまま無視し続けるのも問題だろうと、素直に従いアーリヒの太ももに頭を乗せる。
するとアーリヒはそっと頭を撫でてきて……疲労もあってか俺は、あっという間に意識を落とし、夢の世界へと旅立ってしまうのだった。
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次回はその後のあれこれです






