疲れ切った時の儀式
ヘットヘトの体でお腹を鳴らしながら村の広場に戻ると、村の男衆が待ち構えていて……男衆の食事場へと案内してくれた。
狩りで体力がなくなるまでヘトヘトになったり、なんらかの病気の病み上がりだったり、吹雪などで村に帰れなくなったりして腹が空っぽとなったりした場合、男衆の食事場での食事をすることが、シャミ・ノーマの風習として根付いていて、そこでは男衆が料理してくれた生肉を食べることになっている。
疲れた時、空腹の時、病み上がりの時には生肉を食べるのが一番だとされていて……用意された席に座ると、俺達の前に大きな皿が用意される。
そしてしっかりと調理した生肉が出されて……俺の肉だけは表面を焼いたローストビーフ風となっている。
生肉といっても肉を切り出したものをそのまま出す訳じゃない。
しっかり血抜きをするし、肉を柔らかくするために叩いたり一旦凍らせたりもするし、塩などでの味付けをするし、固い筋などを切り取ったりするし、食べやすい形に整えるし……美味しく食べられるように様々な工夫がなされている。
出されるなりユーラとサープは生肉を手で持ち上げて、刺し身をそうするかのように一切れずつ堪能するように食べ始め……俺もロースト……なんだろ、鹿肉か何かをゆっくり食べていく。
表面を弱火でじっくり焼いて、中はほぼ生、塩を揉み込んでいるのかややきつめの塩味だけど、疲れた体にはこれがありがたい。
皿に乗っているのは全部で10枚、それをゆっくりじっくり食べていって……食べあげると、また別の部位の生肉とロースト肉が俺達の皿に乗る。
それを食べ始めると、ようやく腹や疲労が落ち着いて、じんわりと美味いという感覚が口の中に広がる。
今まではただただ飢えを満たすもので、今からは味を楽しむもので……粗塩をかなり適当に振っていて、塩味がある部分とない部分があって雑にも思えるけども、逆にそれが食べていて楽しい気持ちになるし、飽きずに食べ続けることが出来る。
そうやって二皿目を食べ終えたなら、大きめのコップに入れられた酒……ワインが出てくる。
鍋で温めて薬草……ハーブを入れたホットワインと、結構な大きさのチーズ。
それをしっかり飲んで食べたなら儀式のような食事は終了、周囲で厳しい顔でこちらを見守っていた男衆も、ほっとため息を吐き出し、安堵の表情となって声をかけてくる。
「ようやったなぁ、とんでもない化け物だったんだろう?」
「回収に行った連中がまだ戻ってきてないからなぁ、かなりの大きさ重さなんだろうよ」
「……魔王を倒せたってことは、ここらの浄化はもう終わりなんか? だって王を倒したんだろう?」
「馬鹿野郎、俺等が勝手にアレを魔王って呼んでるだけで、アレ自らが王を名乗った訳じゃねぇよ」
「いやいや、そんな細かいことは後でいくらでも確かめられるだろう?
今はこいつらの頑張りを労おうじゃねぇかよ! よくやったぞ、ヴィトー、ユーラ、サープ!
これで3人共、大手を振るって結婚出来るな!」
と、ヒゲモジャのおっさん連中に囲まれてうんざりとしていた俺達は、最後の発言で当初の目的を思い出し、ハッとなる。
そうだったそもそもは魔王退治が目的ではなかったんだった……サープの結婚のため、ユーラのこれからのための箔付け目的での狩りだったのをすっかり忘れていた。
「あっ、そうだったッス! すっかり忘れてたッス!!
これで、これで自分も一人前ッスよね! 文句なしの大活躍! 精霊様のお力を借りたとは言え、これだけのことやったんだから誰も文句なしッスよね!」
そうサープが声を上げるとおっさん連中はサープの肩を抱いて、そうだそうだと囃し立てながらコップにホットワインを注いでいく。
ユーラはそんな風に声を上げはしないが、ベアーテやアルマウェルも喜んでくれることを確信しているのだろう、ぐっと拳を握ってなんとも良い表情をしている。
俺も……まぁ、うん、アーリヒが喜んでくれるのは間違いなく、悪い気分はしないなぁ。
とは言え、そこら辺の報告とかどうとかは後々……魔王の死体が回収されたらになるだろう。
成果というか証拠というか主役が不在のまま騒いでも仕方ない……魔王の死体を前にしてこそ、騒ぎ甲斐があるというものだ。
なんてことを考えていると、儀式は終了だということで片付けが始まって……俺達は改めての食事をするために食堂コタに向かうことになる。
今のは儀式で、ちゃんとした食事はこれから……まぁ、野菜とか一切食べていないし、そこら辺もしっかり食べておく必要があると言えばあるからなぁ。
そういう訳で食堂コタに入ると、村の皆が笑顔で出迎えてくれて、両手を振り上げわーわーと声を上げ、魔王討伐を成した俺達を大歓迎してくれる。
ただいつもなら最奥の席にいるはずのアーリヒの姿がなく、ベアーテもビスカの姿もなく……そう言えばアルマウェルもどこにいるのか、村で姿を見かけることがなかったなぁ。
……皆でどこかに行っているのだろうか?
その辺りのことを聞きたかったが、皆の盛り上がりはそれどころじゃないというか、魔王はどうだった? とか、どうやって倒したのか? とか、そんな質問が飛び交い……盛り上がりに水を差す訳にもいかないので、そちらに応えることを優先していく。
魔王の容姿が明らかに変化していたこと、四本腕で凄まじい疾走っぷりと暴力を見せつけられたこと、普通の攻撃では倒せないことを悟ったこと……精霊の工房に頼って、かなり危ない武器を使ったこと。
そしてそれのせいでポイントがすっからかんになったことを伝えると、何故だか皆は大盛りあがりを見せる。
現状ポイントは0……そのうち魔王討伐したからとポイントがもらえるかもしれないが、それまでは食卓を賑わせていた砂糖とか乾燥ハーブが手に入らなくなるのだけど、そんなことよりも文字通りの全力を尽くして戦ったこと、精霊がそれだけの助力をしてくれたことに皆は夢中のようだ。
そんな時、タイミングを見計らったかのようにシェフィ、ドラー、ウィニアの三精霊達が食堂コタの中に降り立ってきて……場は一気に盛り上がり、コタ中が大喝采だ。
『本当にヴィトー達は頑張ったよね、うんうん、今までにない大活躍で精霊達も大喜びだったよ!』
『おうよ! 世界の浄化も一気に進んだし、文句なしだ!』
『これからはもっともっと良い風がこの辺りに吹いてくれるはずだよ!』
三精霊がそう発言したことで盛り上がりは最高潮を迎えて、俺達はその中心でこれでもかともみくちゃにされてしまうのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回はアーリヒ達のあれこれです。






