ビスカの想い
サープに思いついたアイデアを話すと、サープは思っていた以上に喜んでくれて、すぐさまソレを作るための準備に取り掛かった。
工房を使って作ることも出来たが、そんなことをしなくても普通に作れる品で……サープは工房に頼るより、自分で作ることを選んだようだ。
まぁー、プロポーズの品というか結納品みたいなものだから、自分で揃えたいという気持ちはよく分かる。
そうなると俺がこれ以上関わるのも無粋で、あとのことはサープに任せることにして……翌日。
諸々の日課をこなして村に戻ると、アーリヒが族長のコタの前に立っていて、俺を見つけるなりちょいちょいと手招きをしてくる。
どうやら話があるようで、シェフィを頭に乗せたままそちらに向かうと、コタの中に案内してくれて……中にはなんとも不安そうな顔で毛皮の上に座るビスカさんの姿がある。
「えぇっと……こんにちは?」
どうしてここに? とか、何か用事でも? とか、そんな疑問を含んだ挨拶をするとビスカさんは「こんにちは」と挨拶を返した上で、俺に座るように促し……俺とアーリヒが並んで座ると、ゆっくりと口を開く。
「その……ですね、アレなんですよ、アレ、昨日のあたしって感じ悪く見えちゃったかなって思うんですけど、そうじゃなくて必死だったっていうか、突然のことに驚いてたっていうか……。
だからほら、色々条件出したのもワガママとかじゃなくて……ああするしかなかったって言うか……」
どうやらビスカさんは、昨日のサープとのあれこれについて自己弁護がしたいらしい。
……だけどもそんな必要はないというか、サープからある程度事情を聞いて、ビスカさんの立場とか思いとか、色々と納得がいっている俺としては、そんな自己弁護をされても逆に困ってしまうな。
「ビスカさんの立場とか思いとかは理解しているつもりですよ。
突然のことで驚いたでしょうし、今後の人生に関わる重大事ですし……むしろあんな簡単な条件で良いのかと思ったくらいです」
俺がそう返すとビスカさんは、メガネの位置を直してからモジモジとし……それから声を上げる。
「まぁ、はい、なんていうかあの瞬間色々なこと考えちゃって……それでああなっちゃった感じなんです。
あの瞬間、自分がお姫様みたいな気分になっちゃったのもありますし、あ、これは良い本を書けるなんて思っちゃったのも事実で……そういった打算もあってのことなんですけど、決してサープさんに悪意があるとか、そういうのじゃないので、そこら辺を伝えてもらえたらと……」
「……えぇっと、打算、ですか? 本を書ける、というのはどういう?」
「そのー……ですね、貴方達が言うところの沼地では男性の権力と言いますか、力が強くてですね、女性の学者はかなり見下されてるんですよ。
論文を書いても相手にされないことが多くて……そういう時、あたし達は本を出版することで、多くの方々に自分の考えを理解してもらうことで、そういった圧力に対抗するんです。
で、ですね……ほら、辺境の異民族に嫁いだ女性の書いた本、体験記となれば目を引くでしょう? 売れちゃうでしょう? そうなったらあたしの論文とかが見直されるでしょう?
……そういった打算もあったってことです。
いえ、もちろん不安とか色々も大きかったんですけど……正直なとこはそんな感じです。
その上で精霊様にここでの滞在と結婚と、本を書く許可をいただけたらと思いまして……」
モジモジとしながら俯き、上目遣いで俺……というか俺の頭の上のシェフィを見やり、それを受けてシェフィはふわりと浮かんでから、ゆっくりと俺の前に降り立ち……何故だか俺にドヤ顔を見せてきてから、ビスカさんに向き直り言葉を返す。
『悪意をもって嘘を書き連ねるとか、誰かの悪意を増長させるとか、そういった内容じゃなければ問題ないよ。
これからのことを思えば相互理解も大事だと思うからね……ビスカちゃんの特殊な立場をこちらも利用させてもらう形になるかな。
……だけど本当に良いの? ここで結婚して暮らしていくとなると、向こうとの戦いに巻き込まれるかもしれないし、向こうの人達に恨まれるかもしれないよ?
ボク達としては平和に付き合っていきたいと思っているけど、向こうの考えはそうじゃないみたいだし……大変なことになるかもしれないよ?』
「あ、それは全然平気です。
なんか見捨てられちゃった形ですし、女ってだけで色々嫌がらせもされてきましたし、両親も学者になんかなるなってあたしの本を燃やしたり、書きかけの論文燃やしたり、散々なことしてきましたし……未練まったくないです。
今あたしが気になるのは、こちらに受け入れてもらえるかとか、こちらの皆さんに嫌われたりしてないだろうかとか、そんなことばっかりです」
即答だった。
一切の間がなかった。
色々と鬱憤が溜まっていてのことなのだろうけど、故郷をそんなにあっさり切り捨てて良いものだろうかと、冷や汗をかいてしまう程、返事が早かった。
『そっか、それならボクは全然OKだよ。
ドラーやウィニア、他の精霊も許してくれるはずさ……あとはサープと君の問題で、ボク達がどうこう言うことではないよ。
……という感じでアーリヒ、村の皆にも広めておいてね、ボクが認めたんだからあれこれ言っちゃダメだよ』
シェフィがそう言うと、アーリヒは静かに頷いてその言葉に従うと示し、それに遅れてビスカさんも頭を下げて感謝の気持ちを示す。
「じゃぁ後はサープが条件を満たせるか、それをビスカさんが気に入るかって話になってくるのかな。
まぁ、サープのことだから気の利いた―――」
と、俺がそんな風にまとめに入っていると、コタの入口の柱がコンコンと叩かれる。
それはいわゆるノックのようなもので、アーリヒが立ち上がって入口に向かうと大きな荷物を持ったサープが姿を見せて……アーリヒの許可を受けた上で中に入ってきて、その荷物をビスカさんの前に置き、口を開く。
「狩りと精霊様の許可についてはまだこれからッスけど、とりあえず二つの条件を満たす品を持ってきたッス。
まずは贈り物……これは自分がずっと溜め込んでいた面白い琥珀と骨にしたッス。
この琥珀は中に虫が入ってて……ここら辺じゃ見かけない虫も結構いるんスよ、これなんかほら、似た種類の虫を見かけることもなくて……ガクシャなら興味あるんじゃないかなって思ったッス。
こっちの骨は石から掘り出したもので……これも見たことのない獣の骨なんで気に入ってもらえると思うッス。
そして……! サウナで髪のこととか気になるってことで、ヴィトーから教えてもらったサウナハットっていうのを自分で作ってきたッス、どうか受け取って欲しいッス!」
サープが喋っている間中、ビスカさんの視線は琥珀と骨に釘付けだった。
琥珀の中にいる虫は、なんらかの甲虫でかなり大きく……確かにここらであんな甲虫を見かけることはないだろう。
琥珀の性質上、既に滅んでしまった虫という可能性もあって……あの琥珀は学術的にも金銭的にもかなりの価値がありそうだ。
他にも色々な虫が入った琥珀があり……そしてあの骨は化石なのだろうなあ。
何の獣の化石か……もしかしたら恐竜とかの化石の可能性もあり、どちらも学者的には嬉しいものだろう。
そしてサウナハット。
サープ自らが作ったそれを手に取ったビスカさんは、それが何か分からないまま、とりあえず帽子であることは理解して頭に乗せてみて……それからこれが一体何の役に立つのだろうか? と、大きく首を傾げてみせるのだった。






