ヴァーク達
――――洞窟サウナで アーリヒ
アーリヒの指示によりその時の洞窟サウナは、いつもよりも少しだけ熱気を冷ましてあった。
普段からサウナに入っている者であれば平気かもしれないが、サウナに入り慣れていない者が洞窟サウナに入るのは危険で……精霊様の加護があるとは言え、気をつけるに越したことはないだろうと考えてのことだ。
「うおっ……凄い熱さだな、これが洞窟サウナか!」
全身を布で包み、洞窟サウナに入るなりベアーテがそんな声を上げ……それに続いたアーリヒが指示をすると、入口の戸が閉められ……ベアーテとアーリヒは洞窟の中、二人きりとなる。
光源は奥に押し込まれた薪の燻っている灯りと、洞窟の入口と戸の隙間から注ぐ日光のみ。
そこになんとも香ばしい薪の匂いと、普通のサウナよりかなり熱い熱気と湿気が充満していて……それを楽しみながらむしろの上に腰を下ろしたベアーテは言葉を続ける。
「……春になったら恐らくだけど、アタシ達だけでなく世界のあちこちで反攻が始まる。
今までは向こうだけに特別な力……魔法があってやられっぱなしだったが、世界が味方したこちらにも特別な力がもたらされた。
もうやられっぱなしではない、今までの鬱憤を晴らすだけでなく、土地を……支配地を得るためにどんどん攻勢に出るだろう。
……中には魔獣との戦いもそこそこに、邪法を扱う連中との戦いを優先している者達もいるそうで……世界の流れが変わろうとしている。
……そんな中でシャミ・ノーマはどうするつもりなんだ?」
それは友人としての問いかけというより、一族の代表者としての問いかけであった。
世界の流れが変わろうとする中、ヴァークは攻勢に出て支配地を増やそうとしている、そのための戦争も躊躇わない……世界と精霊と正義が味方なのだから、止まることなくどこまでも駆け続けることだろう。
「シャミ・ノーマは世界が変わっても変わらないですよ。
ここで精霊様と恵獣様と共に生きていきます、魔獣を狩っていきていきます。
他の土地にも戦争にも興味はなく……世界がどうなろうとも浄化を進めていくことでしょう」
そうアーリヒが返すと、ベアーテは目を細めながら更に問いを投げかける。
「……それで良いのか?
南の……冬のない大陸では既に反攻が始まっている、連中にひどい目に遭わされていた者達が時が来たと、戦いを挑み、連勝を重ねている。
復讐、勝利、支配地の拡大……それは誰もが望むものではないのか?
このまま何もしなければ……お前達が手に入れられるだろう土地にまでヴァークの手が伸びるぞ?」
「構いません。
私達の土地にまで手が伸びてきたなら話は違ってきますが、そうでないのなら私達には関係のない話です。
祖霊がかつての土地を取り戻すことを望んでいたとしても、今を生きる族長としてその道を選ぶことはないでしょう」
アーリヒが澄まし顔でそう言うと……ベアーテはにっこりと笑って、アーリヒの肩を抱き寄せる。
「そうか! それがアーリヒの決断なら良いと思うぞ!
良い相手が出来ても変わっていないようで安心したよ……アレだろ? さっきの男がそうなんだろ? あいつの側にいる時だけ表情が柔らかいもんな」
そしてベアーテがそんなことを言うとアーリヒは、サウナの熱で赤くなっていた顔を更に赤くして……それから抗議の視線をベアーテに送ってから、ベアーテの脇腹をつついての反撃に出るのだった。
――――村の広場で ヴィトー
アルマウェルの世話を終えて村に戻ると、ベアーテによく似た毛皮服を来た人々の姿があり……話を聞いてみると、どうやら彼らはベアーテの同行者のようだ。
ベアーテと出会った時には見かけなかったが……多くの荷物を運んでいるせいで遅れての到着となっただけのようで、一応はここまで一緒に来ていた……らしい。
そしてその多くの荷物とはベアーテが言っていた祝いの品々で……本当に色々なものを持ってきてくれたようだ。
まず目立つのはなんらかの魔獣の角……長く鋭く、渦巻いていて、鮮やかな銀色をしている。
そして……恐らく金塊。
元の世界のように純度が高くないのか色は鈍く、形も適当に溶かして適当に固めたという感じだが……あの輝きは多分、金だろう。
それと毛皮……何の毛皮かは分からないが、この辺りでは見かけないもので、手触りが良いのか、女性達が喜んで撫でている。
そういった高級品だけでなく食料……野菜が詰まった樽や、魚が詰まった樽、焼いた蟹が詰まった木箱に、蜂蜜入りの壺、なんかもあるようだ。
蜂蜜繋がりで蜜蝋の塊もかなりの量、持ってきてくれていて……うん、どれもこれもありがたいと同時に、とんでもない値段がしたんだろうなぁと戦慄する内容となっていた。
いや、ほんと……お祝いってだけで持ってくるような品ではなく、ベアーテ達に何か変な思惑でもあるのだろうか? と、疑いたくなるレベル……だったが、そんな俺の内心を察してか、サープが声をかけてくる。
「確かヴァークには『特別な贈与』って文化があるんスよ。
無償の贈与こそ尊く、お互いに贈与し合うからこそお互いを守り、尊重することが出来る……とかなんとか。
そんな訳で普段から特に理由もなく贈り物をしてくれるんスけど、特別な理由があると、更に多くの……多すぎるくらいの贈り物をしてくれるんスよね。
もちろんそれだけ貰ったのだから、ヴァークに何か良いことがあった際にはそれ相応の贈り物が必要なんスけどね。
それをしなければヴァークとの友情も取引もなし……時には南の海にまで行って様々な人々と出会うヴァークならではの文化ッスねぇ」
「……なるほど。
文化が違って言葉が通じなくても、贈り物をされたなら嬉しいし、とりあえず仲良くしておこうってなるもんなぁ……それを徹底するように文化として確立しているって訳か」
俺がそう返すとサープはこくりと頷いてくれて……そんな俺達の会話が聞こえているのかいないのか、荷物の山の側に立っていたヴァークの人々が、鎧熊に引かせていたらしい荷車から、更に多くの贈り物を取り出し、山の上に積み上げていく。
箱を置いたら蓋を開けて中身を一つ取り出し、それを見せて相手の反応を喜び……しっかり箱に戻して蓋をしたなら次の贈り物を。
「えぇっと……燻製肉? そして燻製魚……あれは真珠かな?
……なんだあの魚……大きさはまるでマグロだけど、見た目は……イワシ、だよな?」
その様子を見ながら俺がそんな声を上げると、それらの贈り物のことを知らないユーラとサープからあれこれと質問攻めされることになり……それを受けて俺は自分に分かる範囲で、それらの品の説明をしていくのだった。
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