二人のサウナ
あれから数日が経って……ひとまず学者の女性、ビスカ女史は村の皆に受け入れてもらえたようだ。
本人に悪意はなく、性格が悪いということもなく、それでいて精霊が認めていることもあり、最初は厳しい態度を取っていた村人達も、今では客人として彼女を扱っている。
何より今は大量の魔獣を狩ることが出来たことにより、精神的にも食料的にも余裕がある状態で……その余裕が彼女の滞在を許してくれているのだろう。
とは言え、それで全ての問題が解決したという訳ではない。
まず沼地の人々のこと……これまで付き合いのあった商人達があんなことをしでかして来たというのはかなりのことで、今後も似たようなことが繰り返されるかもしれない。
それどころかもっと酷いことをしてくるかもしれず……かなりの警戒が必要だろう。
そしてビスカ女史は沼地の人々の一員であり……何かがあれば彼女の立場は厳しいものとなるはずだ。
逆に彼女が窓口となって沼地の人々を説得するなり、こちらへの理解を深めさせるなりしてくれたなら事態が解決するかもしれないが……一介の学者にそれだけの力があるのかは未知数で、なんとも言えないところだった。
そしてもう一つ、彼女がここの環境に不慣れというのも問題だった。
寒さが厳しく、風が強く、何もかもが凍てつくこの土地での暮らしは相応に過酷なもので……不慣れな彼女にとってはかなりの負担となっているようだ。
初めての食事を口にした際、彼女が頬を染めていたのは美味しいというのもあったのだろうけども、何より温かくエネルギーとなる食事を口に出来たことで体が温まっていただけのようで……そうやって体の内側から温めないと、すぐに体が冷え切ってしまうらしい。
シャミ・ノーマ族の服を貸しただけではどうにもならず、根本的に体を鍛え、この寒さに慣れさせる必要があるようで……それには相応の日数が必要となるのだろう。
そんなに体が冷え切っているのなら、サウナに何度も入ったら良いのにと思うが……ここもちょっとした問題となった。
そもそも彼女達に……沼地の人々にサウナの習慣がなかったのだ。
何なら入浴の習慣もない……お湯に浸したタオルで体を拭くくらいのことは毎日していたようだが、それもそこまでしっかりとは洗っていなかったようで……彼女にそこら辺のことを教え込むことは結構大変だったようだ。
石鹸のことは知っているが、それで身体中を洗うというのには抵抗があり、人前で全裸になるのも抵抗があり、サウナのように異常な暑さに身を晒すのも抵抗がある。
とは言え、ここで暮らしていく以上は体を清潔にすることも、サウナに入ることも欠かすことは出来ないことで……アーリヒが中心となった女性陣が、どうにかこうにか彼女にその辺りのことを教えて、ビスカ女史もようやくそのことを受け入れてくれたそうだ。
「……本当に大変だったんですよ、特に清潔の概念に関しては大変でした、精霊様の説得もあってようやくだったんですから……。
毛穴から病気が入り込むとかなんとか、一体何を言っているのやら……そもそもこの辺りに黒死病なんて存在しないというのに……。
そもそもなんですか黒死病って、それこそ魔力によって生まれた病気なのではないですかね?」
と、言う訳で俺は、ここ数日色々大変だったらしいアーリヒの愚痴に付き合っていた。
「あー……黒死病は温かい地域の病気だからねぇ。
ネズミが媒介したりするんだけど……ここらではそういうネズミは見かけないし、ここらには存在しない病気なのかもねぇ」
そう返すとアーリヒは「なるほど……」と、そう言ってから立ち上がって柄杓を手に取り、ストーブにアロマオイル入りの水を垂らし、ロウリュを始める。
直後蒸気が上がり、一気にサウナ内が暑くなり……なんとも満足そうな表情をしたアーリヒは、俺の隣に腰を下ろす。
こうやってアーリヒの愚痴を聞いたり、二人だけの時間を過ごしたりするのはサウナでやるのが当たり前のルールになりつつある。
ここなら誰かに話を聞かれることはないし、邪魔されることもないし、精霊達も気を利かせてどこかに行ってくれるし……お互いに何も隠すことなくオープンな気持ちになれるからだ。
「しかしそんな病気が怖いから肌をなるべく汚しておくなんて、どうしてそんな勘違いをしてしまったのでしょうね……。
それでは他の病気になってしまうでしょうに……何より、肌が綺麗に保てないではないですか。
実際、村の皆と彼女とでは雲泥の差でしたよ……ほら、よく見てくださいよ、ヴィトー」
と、そう言ってアーリヒは距離を縮めてきて……その肌、というか体を見せつけてくる。
肌の綺麗さを見せたいだけなら腕でも良いだろうに……と、思うが、アーリヒにとっては毎日サウナで磨いているその全身を見て欲しいというか、その全身の美しさこそが自慢であるらしく……ここで目を逸らすと怒られそうなので、じっと見やる。
「……いや、うん、とても綺麗だと思うよ、アーリヒの肌は……。
と、言っても女性の肌自体、あんまり見たことないのだけど……」
なんてことを言っているとアーリヒは両腕をあえて振り上げて体を見せつけてくる。
そんなポーズを取ってくることにはかなり驚かされたが、アーリヒは更に……、
「今回ヴィトーはかなりの数の魔獣を狩りました。
そのおかげで北の一体の瘴気が薄まり、多くの土地を確保出来そうとのことです。
特にあの谷は……春になれば周囲の山々から水が注ぎ、草花が生い茂り、数えきれない程の薬草と獣肉が手に入る楽園……今回のヴィトーの功績は凄まじく、私との結婚もあっさりと許されることでしょう。
何なら婚前―――」
「え!? うわっ、びっくりした!?
アーリヒでもそんなこと言うの!? え? いや、駄目でしょ!? 仮にも族長が!?
結婚や出産に力を入れているのなら尚更、しっかりとした手続きを経てじゃないと―――」
と、俺がそんなことを言っているとアーリヒはくすくすと笑う。
いつものように自然体に戻り、なんとも挑発的な表情も元に戻り……どうやら全て冗談であったらしいと理解する。
……いや? 本当に冗談か? あの目は本気だったようにも思える。
もしかしてアーリヒは早く結婚したいのか? それとも……。
と、またもサウナであれこれと考える羽目になった俺は、またのぼせてしまわないうちにサウナから出ようとし……そしてアーリヒの抱擁に捕まってしまい、抵抗することも出来ず、少しの間そのままの状態になってしまうのだった。
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次回から新章です






