レンズとガクシャ
村に戻るとすでにユーラ達も戻ってきていたようで、ひとまず南での騒動が解決したらしいことに安堵する。
深くため息を吐き出し、緊張を解いてからグラディスの背から降り……グラディスのことを精一杯撫でて労ってから、魔獣の死体が大量にあることを知らせようかと村の中央へと足を進める。
そこには人だかりが出来ていて、ユーラ達の姿もあるようで……一体何をしているのか気にはなったけども、まずは男衆の一人に声をかけ、魔獣の死体の回収を頼む。
すると、
「大量の魔獣か! 今日も肉を腹いっぱい食えるな!」
と、なんともごきげんな返事をしてくれて、それから仲間を集めて回収しに行ってくれて……それから俺は自分のコタに戻り、グラディスの装備を外していき……もう一度グラディスを撫でてから労り、それから餌場に向かう。
そこにはグスタフと、その世話をしてくれた恵獣を飼っている家の家長がいて……家長にお礼を言ってから、グスタフに挨拶をし……それから改めてグラディスのブラッシングをし、食事をしてもらい……と世話をしていると、家長から待ったがかかる。
「待て待て、ヴィトーよ、お前さんだって疲れているんだろう? 世話は俺に任せてサウナ入ってこいよ。
グラディスとグスタフはしっかり世話をした上で、厩舎……よりお前のコタが良いか、戦いの話もあるだろうからお前のコタに届けておく。
だからほれ……穢れだって落とさなきゃならんのだし、サウナ行ってこい」
「……ありがとうございます、ではグラディス達のことお願いします」
そう言って改めて感謝の気持ちを示し……それから自分のコタに向かっていると、広場の人だかりが大きくなっていて、どうやらユーラ達だけでなくアーリヒもそこにいるようで……なんだか気になって顔を出すと、その中心にいた女性の姿が視界に入り込む。
毛皮のマントで全身を包み、何故だか二枚のガラス板を手に持って顔の前に持ってきていて……赤髪でそばかすがある、20代と思われる女性。
肌は白いけどもシャミ・ノーマ族程ではなく……もしかして沼地の住民なのかな? と、思うと同時に女性の持っている2枚のガラス板の形状が気になり、丸いそれをよく見てみると……よく知っているある物に似ていることに気付く。
「あ、レンズか……レンズってことは眼鏡? いや、なんで眼鏡を手で持って……。
……もしかしてフレームが金属製だったのかな? 極寒地域で金属は肌につけられないからなぁ」
そしてそんなことを口走ると、人だかりを作っていた村人とその女性の視線がこちらに向き……そしてその女性が涙ぐみながら声を上げてくる。
「そ、そうです、眼鏡なんですぅぅぅ。
これが無いと何も見えないんです、皆さんにさっきからそう説明しているんですけど、まず近眼がよく分からないって言われちゃってぇぇ……もうどうしたら良いか分かんなかったんですぅぅ」
そんな女性の言葉を受けて俺がなんと返したものかと悩んでいると、色々と聞きたいことがあるらしい皆を代表する形でアーリヒが声をかけてくる。
「ヴィトー……その板が何なのかを知っているのですか? キンガンは目が悪くなる病気らしいですが、それと板にどんな関係が?」
それを受けて俺はアーリヒだけでなく、村の皆に分かるよう……分かってもらえるよう、皆を見ながら説明を始める。
「えぇっと……その板はガラスって言って、んー……まぁ鉄のようなものだと思ってください。
ある砂を溶かして色々混ぜて固めると、ガラスに……氷のような透明の板になるんです。
そしてその板をある形に変形させると、レンズというものになって……あー、なんて言ったら良いのか、それを通して何かを見ると目の力を強めてくれてはっきり見えるようになるんです。
その人は生まれつき目の力が弱く、レンズがないとまともに物が見えないそうで……レンズがあることでようやくはっきりと物が見えるようになるみたいです。
多分その人はレンズがないと、皆さんの顔も分からないくらいに目の力が弱いんじゃないですかね。
この村にも老いたり目を怪我したりすると似たような状況になる人もいると思うんですが……」
それでようやく皆は納得出来たようで……納得してもらえた所で俺は、続けて問いを投げかける。
「で、その女性は誰なんです?
侵入者の件はどうなりました? もしかしてその女性がそうだったんですか?」
すると腕を組んで仁王立ちになって、女性を厳しい顔を向けていたユーラが答えを返してくれる。
「おう、そうだ、こいつも侵入者だ。
こいつ以外にも侵入者がいて……ま、そいつらは痛めつけた上で武器と金目のものを奪って追い出したから、もう近付いてこねぇだろ。
本当はもう少し痛めつけたかったんだがな……こいつが出てきて、やめてくれとかなんとか泣きやがるし、恵獣様……ジャルアも弱った相手を痛めつけるのは好みじゃなかったみたいなんでな……まぁ、しょうがねぇ」
続いてサープ。
「まぁ、その分自分達できつーく叱っておいたッスよ。
散々調子に乗って人の領域に入り込んで物壊して……挙げ句戦えない者の後ろに隠れて命乞いする卑怯者、戦士の恥を知れ……と、そんな感じで。
正直、こいつも一緒に追い返したかったんスけどね、なんか話があるってうるさいのと……それと連中にさらなる屈辱を、守るべき相手を奪われたってのを味合わせたかったのもあって連れてきた感じッス。
んで? 何なんスかお前……何が目的でやってきたのか、自分らにも分かるように説明するッス」
ユーラもサープもいつになく辛辣というか……優しさの欠片もない対応だ。
それもまぁ当然というか、こちらの領域に入り込んだだけでなく、鳴子やら罠やらを壊してくれたんだからなぁ……アーリヒも女性に冷たい視線を送っていて、普段なら助け舟を出すなりフォローするなりしているはずなのに、そんな気配を一切見せていない。
「え、えぇっと……あたしはここから南の…あなた達の言う沼地を越えた先にある北林地域のあるお城に勤める学者という仕事をしている者で、名前をビスカと言います。
学者という仕事は様々なことがらを調べたり研究したり、あとは古い書物なんかを読み解くことで……そ、その精霊様に関してのけ、研究もしているんです。
そしたらお城によく来る商人が精霊様を見たと、そんなことを言っていたので……その、興味が湧いたと言いますか、この目で見てみたいと思ったと言いますか、それでこちらに用事があるという彼らに同行してここまで来ました。
か、彼らに関してはその、お城の主である領主様とその商人が用意した人達で、彼らの目的が何だったのかは……実はあたしにもよく分かんないんです。
あ、あんな乱暴なことをすると知っていたらそもそも同行しなかったですし……その、一応はあんなことしないようにって止めもしたんです。
そしたら怒らせちゃったみたいで、雪の中に突き飛ばされちゃって……それであたし、ショックだったり怖かったりでしばらく動けなくて……それでもなんとか勇気出して立ち上がって、駆けつけたら……そ、そこの方々と出会ったという感じです」
そう言って女性はオドオドと周囲を見回し……村の皆は「ガクシャ?」「オシロ?」「精霊様を見てどうする気だ?」と、そんな事を言ってざわついている。
そしてアーリヒやユーラ達は意見を求めているのか、俺へと視線を向けていて……俺は少し悩んでから口を開く。
「分かりました、とりあえずは客人という扱いにしますので、お互い一旦時間を置きましょう。
俺は狩りの穢れを落とすためにサウナに入らないといけないでしょうし、あなたも体が冷えているでしょうから……まずはどこかのコタで体を休めてください。
……アーリヒ、北の一帯でかなりの数の魔獣を狩って、その回収をさっき頼んでおいたから、その対応とかこの女性のこととかお願い出来るかな?
この女性は……とりあえず敵意とかはないようだから、一人か二人の見張りがいれば大丈夫だと思うよ。
その後のことは……サウナに入ってから改めて皆で話し合って決めるということでどうかな?」
すると村の皆は俺が……精霊の愛し子がそう言うのならとなんとか納得してくれて、アーリヒもようやく見せてくれた柔らかな表情で頷いてくれる。
ユーラとサープもいつもの表情に戻り、そして……、
「かなりの数の魔獣だって!? なら肉を山程食えるな!」
「ヴィトーも立派な狩人になったッスねぇ!!」
と、そんな声を上げ、なんとも楽しげに近寄ってきて、自分達も沼地の穢れを落としたいからサウナに行きたいとそんなことをも言ってきて……それから一緒にサウナに行くことになるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はサウナとか色々の予定です






