ユーラ達の恵獣突撃
盾と槍を構えたユーラとサープは、改めて相手の人数と武装を確認する。
改めて数えても数は11人で間違いないようだ、そのうち先程まで会話をしていた相手、高齢の男は武器を持っていない。
そして高齢の男の側に立つ男二人……世話係なのか防具らしい防具は身につけておらず、マントで全身を隠していて……マントの裾から剣の鞘がちらりと見えているが、抜剣はしていない。
鉄鎧姿の男が5人、この全員が鉄剣を抜き放って構えていて……残り3人は細く短い木の棒の先に宝石を貼り付けたという不思議な武器を構えている。
そんな棒ではいくら良い木材を使ったとしても武器になるはずもなく、ユーラとサープは戦うべき相手は……その価値がある戦士は鎧姿の5人だけであると決めて、そちらへと意識を向ける。
そうして静かに脚に力を込め、足で横腹を叩いて恵獣に指示を出し……それを受けて恵獣が、ジャルアとスイネがゆっくりと駆け始める。
と、その時、不思議な棒を構えた3人が何かを叫ぶ。
それは耳に届きはするものの言葉であると認識のできない不思議な音で、デタラメに叫んでいるかと思えば3人が全く同じ音を発していて、なんらかの意味が込められていることは明白で……それに何の意味があるのかとユーラ達が疑問に思うよりも早く、その答えがユーラ達の前に出現する。
それは火の玉だった、突然空中に火の玉が現れた。
大きく燃え盛る三つの火の玉はどんどんと火力を増していって……それを見た瞬間、ユーラとサープの顔が真っ赤に染まり、強く噛まれた歯が欠けて酷い音を立てる。
「邪法を使いやがったな、てめぇ!! よりにもよってここで、戦いの場で邪法を使いやがったな!! 俺様達の戦いと土地を汚しやがったな!!」
「それ以上の汚辱はないと知ってか貴様ら!!」
そう叫んだユーラとサープは、危険も何も顧みずただただ意識をその3人に向けて、真っ直ぐに突っ込もうと恵獣に指示を出す。
それこそが男達の狙いで、剣を構えた男達はこれから体勢を崩すだろうユーラとサープに追撃を行うために動き始め……そしてがむしゃらに突っ込んでくるユーラ達に向けて、棒を構えた3人……魔法使い達があっという間にユーラ達を燃やし焦がすであろう熱量をもった火球を放つ。
「お前らだって魔法に頼ってるくせによぉ!!」
そう声を上げたのは魔法使いの一人で、その男の視線はユーラ達の頭上に向いていた。
そこには小さな火球が浮かんでいて……男はそれをユーラ達が魔法で作り出したものだと思いこんでいた。
灯りのためか暖かさのためか……そんな火球を魔法で作り出し便利に使っておいて、こちらを非難するなんてと、その男はそう思い込んでいたのだ。
『火の精霊に火球を放るとはな! それとも瘴気に染まり過ぎて精霊のことを忘れたか!
なんにしてもオラを舐めるんじゃねぇって話だ!』
まさかその火球が喋るだなんて思いもよらなかった、まるで生きているかのように動くなんて……生き物であるかのような姿を取るなんて想像もしていなかった。
『安心しろ! ユーラ、サープ!
お前達もオラ達の大切な子だ! 子はしっかり守ってやらないとな!!
ついでにあの程度の瘴気なんてな、綺麗さっぱり浄化してやるよ!』
そう言って火球をあっさりと消してしまうなんて……それどころか魔法を発動させるための魔力全てを消されてしまうだなんて、男達にとっては夢にも思わないことだった。
これまで当たり前だと思っていた常識が、彼らにとっての世界の理がこの瞬間崩れ去った。
ありえなきことが起き、信じていた道理が捻じ曲げられ……魔法使いたちは棒を、魔法を行使するための杖を構えたまま呆然とする。
そしてそこに怒りのまま突き進むユーラとサープが……ジャルアとスイネが突っ込んできて、魔法使いたちは跳ね飛ばされ、粉雪を巻き上げながら地面に倒れ伏す。
恵獣達の突撃はかなりの威力となったはずだが、恵獣達があえて角を使わずに体当たりをしたのと、深く積もった雪が衝撃を吸収してくれたおかげで命に別状はないようで、倒れ伏した魔法使い達は折れた杖を手にうめき声を上げる。
うめき声を上げ悶え……だけども立ち上がれず、魔法を使って傷を癒そうにも魔力がないために癒せず……自分達の世界が徹底的に破壊されたことで心が折れ、そのまま雪の中に沈む。
そしてそれを呆然と見ているしかなかった他の男達。
本来であれば魔法を受けて獣の背から落ち、悶えているユーラ達に剣を突き立てるだけで良かったのだが、全く逆の光景が目の前に広がったことにより、思考が停止しまって満足に体を動かすことが出来ない。
ユーラとサープは魔法使いたちを跳ね飛ばした勢いそのままに恵獣を駆けさせている。
まっすぐに駆けさせ速度を増させ……ゆっくりと弧を描いて進行方向を変えて、男達目掛けて駆け進む。
恵獣達の足は長く力強く、どんなに雪が深くとも速度を落とすことなく駆け進むことが出来る。
その速度は駿馬の全力疾走にも匹敵する程で……雪に足を取られ満足に動けない男達は、ただ絶望することしか出来なかった。
それでも剣を構えた男達は僅かな希望にすがってなんとか体を動かし……そして世話係の二人は、絶望の中からどうにか抜け出し、老齢の男の腕を両側から抱え込み、少しでも剣を構えた男達から距離を取ろうと老齢の男を引きずりながら移動をする。
そしてユーラとサープは、目の前の男達は戦士ではなかったと考えて、槍ではなく盾を前に構えて……盾と恵獣の体でもって剣を構えた男達を跳ね飛ばす。
男達を跳ね飛ばしても尚恵獣は駆け続け、そのまま行けば飛ばされ倒れ伏した男達を踏み荒らすことになるが、ユーラとサープは戦士じゃない男達にそこまでするのは哀れだと恵獣達に跳ぶようにと指示を出す。
それを受けてジャルアとスイネは地面を力強く蹴って跳び上がり……まるで翼を持っているかのように優雅に華麗に空を舞う。
そうして男達の遥か向こうに着地したジャルアとスイネはゆっくりと振り返り……またいつでも駆けられるようにと前足でしっかりと雪を踏み固め、後ろ足で余計な雪を蹴り払い、場を整える。
「ドラー様がいなかったらこの程度じゃ済まさねぇぞ、まったく……」
「よくあのザマで喧嘩売ってきたッスねぇ……戦士の振りした偽物なのか、それとも沼地の戦士ってのはあんな連中ばっかりなのか……どっちなんスかね?」
そんな恵獣達の背の上で声を上げるユーラとサープ、その顔色はいつの間にか薄まっていつも通りとなっていて……あっという間の決着に呆れたこともあってか、怒りの感情はどこかへ行ってしまったようだ。
これで決着、あとはこの男達を追い出したら話は終わりかと、ユーラとサープが考えていた折……そこにまた別の、もう一人の人物が駆け込んでくる。
「ま、待ってください、か、彼らにトドメを刺すのは待ってください!
彼らの無礼はお詫びしますから……どうか話を聞いてください!」
そしてその人物は甲高い声でそんなことを言ってきて……ユーラとサープは目を丸くする。
その人物が女性だということにも驚いたがそれ以上に、その女性が行っている奇行が問題で……その女性は何故だか、丸く切り出した透明な板二枚を、恐らく氷の板と思われるものを自分の顔の前へと持ち上げていたのだ。
何故氷を? 何故そんなことを? 一体その行為に何の意味が?
女性はただ板を持ち上げるだけでなく、何故だか板を通してユーラ達のことを見ていて……一体何がしたいのか、板を遠ざけたり近付けたりと更に奇行を積み重ねてくる。
そんな女性に毒気を抜かれてしまったユーラとサープは、女性に手を上げる訳にもいかないからと、再度対話する覚悟を決めて……それでも警戒しながらゆっくりと女性の方へと近付いていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は女性のあれこれとなる予定です。






