最後通牒
――――グラディスに跨り必死に踏ん張りながら ヴィトー
鱗魔獣は残り二体。
グラディスが角に刺さった魔獣を振り払い、辺りに血が飛び散り、魔獣の体が叩きつけられ……このまま決着かと思われた所で2体の魔獣達がそれぞれ別方向へと駆け始める。
逃げている訳ではなく、一定の距離を保つためにそうしているようで……その状態で狙いをつけることなく乱射といった感じで鱗をばらまいてきて……すぐさまグラディスは雪の中を駆けて跳んでの回避行動を取る。
俺も盾を構えて防戦に参加し、グラディスの邪魔をしないよう気をつけながら……ついでに振り落とされたりしないよう全力で踏ん張りながら鱗を弾いていく。
そうしながらグラディスはどうにか角を突き刺そうとするが、攻撃を避けながら駆け続ける相手に角を突き刺すのはかなり難しいようで、それなりに近寄れはするもののその攻撃が当たることはない。
二度三度と攻撃を繰り返すが成功せず……その間も鱗での射撃が繰り返されていて、このままではいつか被弾すると考えたらしいグラディスが作戦を変更、まずは攻撃を当てるために相手の体勢を崩そうとし始める。
駆ける速度を早め、あえて距離を離してみたりし、鋭いステップで翻弄し、相手の狙いをとにかく見出し……そして出来上がった隙を突いて駆け寄り、すれ違いざまに飛び上がって相手を踏みつけ、相手を転ばせ……またすぐに駆け出し同じことを繰り返す。
そうやって魔獣を何度も何度も転ばせて……だんだんと魔獣の動きが鈍ってきて、そして一体の魔獣が中々起き上がれずにまごついているのを見てグラディスがそれに狙いをつける。
狙いをつけて駆けていき……そして角で見事に刺し、持ち上げて今までのように振り払おうとした、その時。
そこを狙っていたとばかりにもう一体の魔獣が、残った全ての鱗を逆立てまさかの全弾発射の構えを見せてくる。
「グラディス!!」
俺がそう叫ぶとグラディスは、角に刺さった魔獣を振り払いながら大きく跳び上がり……そんなグラディスを守るため俺は落下覚悟で身を乗り出し、両手で盾を構え押し出すのだった。
――――一方その頃 雪原を南進しながら ユーラとサープ
沼地の人々がこちらの領域に入り込んできた。
そんな連絡を受けてユーラとサープは、それぞれ恵獣に跨り精霊に作ってもらった槍と盾をしっかりと構えながら、雪原の中を南進していく。
自分達の……シャミ・ノーマ族の領域に沼地の人々が入り込んでくるというのは完全な侵略行為であり、沼地の人々もそのことは重々承知のはず。
承知の上で入り込んできたということは宣戦布告に等しく、村では男衆達が戦の支度をしているが、ユーラとサープはそれよりも先に出立し、二人だけで今回の件を解決しようとしていた。
自分達は村の誰よりも強い精霊の加護を受けていて、精霊の工房で作られた槍と盾を持っていて……協力的な恵獣と絆を紡いでいる。
自惚れる訳ではないが、男衆の中でも上位の力を持っていると考えていて……だからこそ、力あるものの責任として、矢面に立とうと考えていた。
そうした方が良い結果に繋がるはず、怪我人も少なくて済むはず……と、そう意気込んで二人が進んでいると……そんな二人の頭上に小さな火の玉が現れる。
火の精霊ドラー……普段はサウナに住まうその精霊が二人に見守ってやるぞと、自分が見ていてやるから存分にやってみろとの視線を送ると、二人の心の中にあった渦巻く不安が一瞬で消え去り……二人は鼻息荒く、周囲を見回す。
すると何かを聞きつけたのか二頭の恵獣……ジャルアとスイネが南東の方を向き、その両耳をピクリと動かす。
「……連中はそっちに居るのか? なら……奇襲を仕掛けるか?」
「自分はソレでも良いッスけどね……ただ言い分を聞かなくて良いんスか?」
ユーラが声を上げ、サープが声を返す。
二人の目はいつになく鋭く釣り上がり、普段のおどけた態度からは想像も出来ない程に殺気に満ちている……が、それを飲み込んだユーラが首を左右に振ってから声を上げる。
「以前のオレ達だったら奇襲しかなかったんだろうが……今は精霊様と恵獣様がついてくださってるからなぁ。
力を持つもんとしてそれじゃぁ駄目……だよな……。
ならまず連中の言い分を聞いて、それから堂々とはっ倒すぞ」
「良いんじゃないッスか? 多分その方が女の子にもモテるッスよ」
「グゥー」
「グゥ~」
今度はサープだけでなく、ジャルアとスイネも声を返し……それが嬉しかったのか満面の笑みを浮かべたユーラは、沼地の連中がいる方へ進むようジャルアに指示を出す。
サープはその後に……奇襲などがあっても対応出来るよう、少し距離を取りながら続き……途中壊された罠を見かけ、歯噛みしたりしながら更に進み、そうして雪原の中を苦労して進む一団を発見する。
数は11人、老人を含んだ男達で……そのうちの半数程は鉄の鎧兜を装備している。
「お、おいおい……こんなとこで鉄を体にってよくもまぁ……」
「普通なら冷え切って酷いことになってそうッスけど、アレっすかね、沼地の連中お得意の汚染を広げる魔法とやらでなんとかしてるんスかね?」
「さてなぁ……。
……覚悟しとけよサープ、もし連中が目の前で魔法を使ったら、それは俺達の目の前で汚染を広げやがったってことだ、その時はもう言い分も何もねぇ、汚染を広げないためにすぐさま黙らせるぞ」
「了解ッス……とりあえず交渉は自分がやるッスよ」
と、そんな会話をしてから二人は、こちらを見つけるなり陣を組み、露骨に警戒している一団の方へと少し進み……それからサープが大きな声を張り上げる。
「沼地に住まう者達、何をしにきた!
我らの領域に入り込みんだだけでも許されぬというのに、罠や鳴子を踏み壊すなど侵略も同義だぞ!
それとそこの鉄を纏った者達はなんだ! この寒さで鉄を纏うなど不可能なはず……もし寒さを防ぐため邪法を使い、この地を汚染していたとしたら、最早言葉もなくただ殺し合うのみだぞ!!」
いつもとは違う声色、口調でサープがそう言うと……沼地の一団の中で一番高齢の男が進み出て……分厚い毛皮のコートを脱ぎ、白髪白髭、肥えた頬を見せてきながら声を返してくる。
「わ、罠を壊したのは仕方なかったのだ、この雪の中他に進路を探すなんてとてもではないが無理だ!
そして鎧の下には毛皮をまとい隙間には綿を詰めてあり……魔法は使用していない! 使用していたらこんな風に凍えていない!
そしてそちらの領域に入り込んだことは申し訳なかったが……し、しかし今回はそちらに非があろう! いきなり商いを打ち切るなど……こちらは来年まで注文が入っているのだぞ!」
その言葉を受けてユーラとサープはお互いの顔を見合う。
一体こいつは何を言ってるんだ……? と、二人の表情は語っていて、訝しがった表情のサープが声を上げる。
「そちらが持ってきた品は全て買い取った! 商いはいつも通りに行われた!
そしてもうそちらの品が必要なくなったから来なくて良いと伝えた、ただそれだけの話だろう!
それとも何か、貴様らの言う商いとは必要のない品を押し付けることなのか!
そもそもこちらの足元を見た暴利をふっかけ続けてきたのはそちらだろう! よくそれでこちらに非があるなどと言えたものだな!」
交渉係から商いに関する細かい話を聞いていたサープは相手の主張が全く理解出来ず、そう返した訳だが……どういう訳か相手は納得せず、引き下がらない。
「こ、こんな僻地までわざわざ来てやっていたということを忘れないでもらいたい!
そちらの言う通り必要のない品を売りつけようなどとは思わない! 必要な品を教えてくれたらそれらを用意する!
これまでの付き合いのことを少しは考慮して欲しい! ここの毛皮と木材、琥珀は一級品で他では手に入らん! ここで仕入れる以外に手はないのだ!
今後とも良い付き合いを継続するのがお互いのためだろう!」
「こちらとそちらの付き合いはあくまで商いだけの関係だ! 良い付き合いなどと恵獣様と精霊様の前で言わないでもらいたい!
もし我らと縁を結びたいと言うのあればまず邪法から手を引くことだ! 世界を好き勝手に汚染しておいて良い付き合いなどとよくも言えたな!」
「魔法から手を引けなど無茶を言わんでくれ! ここらで使わないのが最大の譲歩だ! そもそも汚染だなんだは、そちらが勝手に言っているだけの―――」
その言葉は致命的だった、精霊と触れ合い精霊の加護を受け、日々浄化に励んでいるユーラとサープにとって、決して受け入れられないものだった。
そうして目を細める二人だったが、それでも怒気を放つことを堪え、なんとか穏便に目の前の連中を自分達の領域から追い出そうと思考を巡らせた……のだが、そんな二人の努力を一団の中の一人が踏みにじる。
「な、なんだよその目は! たかが迷信のことでそんな怒るこたぁないだろうが!」
先程まで会話していた男とはまた別の男が発したその言葉は、ユーラ達の神経を逆なで……サープが怒りのまま口を開こうとする中、前に進み出てそれを止めたユーラが声を上げる。
「迷信だろうと他者の信じているものを安易に踏みにじれば怒って当然だろう!
勝手に人の領域に入り込んで、人のものを壊して、挙げ句その有様! そんな連中と商売なんて出来るものか! 今すぐこの地より立ち去り二度とその面見せるな!!」
それはユーラなりに我慢をし、精一杯の譲歩をした言葉だった。
あのままサープに任せていればサープは感情のまま喧嘩を売り、武器を構えていたはずで……それに比べれば冷静かつお互いのことを思ってのものだった。
実力行使は覚悟しているが、それでもやらないに越したことはなく……これで退いてくれるのなら、態度を改めてくれるのならと、そういったユーラなりの優しさだったのだが……その優しさが相手に通じることはなかったようだ。
一団は不愉快そうに表情を歪め、怒りを顕にし……何人かは剣を鞘から抜いてしまう。
それを受けてユーラとサープは呆れと失望の表情を浮かべながら武器と盾を構え、無礼な侵入者達を排除するための臨戦態勢へと入るのだった。
お読みいただきありがとうございました
次回はユーラとサープのあれこれです






