恵獣突撃
グラディスに跨り、自分のコタに戻ったならすぐにグラディス用の装備を用意する。
角にもしっかり武器を装着し、修繕した前掛けも用意し装着し……と、そこでシェフィが声をかけてくる。
『ヴィトーもこれをつけていくと良いよ。盾持ちながらじゃ色々大変でしょ。
だからこれはサービスしてあげる……今は緊急事態だしね』
と、そう言ってシェフィが白いモヤから取り出したのは……映画とかで良く見る、弾丸を入れることの出来るベルトで……恐らく肩掛けのものに、既に10発程の弾丸が入れられていた。
「……ありがとう、シェフィ。
この……ベルトか、ベルトを大事に使わせてもらうよ」
『うん、弾帯ベルトとか、カートリッジベルトとか呼ばれてるみたいだよ。
まぁ、前世は銃と縁遠い生活をしていたんだしヴィトーが知らなくても仕方ないよね』
俺の礼の言葉に内心を見透かしたらしいシェフィはそう返し……それからグラディスの下に向かい『これもサービスだよ』と、そう言って足首辺りに布を巻き始める。
布でも無いよりマシ……なんてことを一瞬思うが、そもそもが精霊が作ったものだからなぁ、下手な防具よりは強度があるのかもしれない。
そんな様子を見ながら弾帯ベルトを肩にかけ……すっぽ抜けないよう、リュックのベルトなんかに良くある長さ調整用のバックルをいじって長さを調整し、それからグラディスに再度跨り……右手で手綱を握り、左手で盾を構えて……銃はシェフィに預けておくというズルをする。
盾と銃を構えて全力疾走のグラディスに騎乗するというのは危なすぎるし、片手は空けておくべきだろう。
……そもそも猟銃は片手で持つものでも撃つものでもないからなぁ……まぁ、うん、そこら辺は強化された身体能力で無理矢理どうにかするなり、盾を銃のようにシェフィに預けるなりしてなんとかするしかないだろう。
「グラディス、ユーラ達のことが心配だから早く行って早く片付けよう。
今回はとにかく倒せたらそれで良いから……崖に落とすでも行動不能にして放置でもなんでも良いから、とにかくこれ以上村に近づかないようにしよう。
連中の鱗には銃弾は通用しないけど、鱗さえなければ良い訳だから……蹴るなりしてひっくり返してもらえれば、あの脚が詰まっている穴に弾丸を撃ち込めるから、余裕があったら頼むよ」
しっかりと手綱を握りながら俺がそう言うと……グラディスからは予想外の反応が返ってくる。
「ぐぅー」
「……ん? 嫌がっている? 戦いに行くのが嫌……とかじゃないし……。
うん? 今俺が言ったことで何か駄目なとこあった?」
「ぐぅ~、ぐぅーぐぐぅーぐぅ」
『少しは自分に任せてくれ、だってさ。
恵獣と呼ばれているのは伊達じゃない、たまには本気を見せてやる……とか、そんな感じかな。
まぁ、うん、実際グラディスは恵獣の中でも強い方だと思うし……ヴィトーの影響を受けているからね、正確にはドーラの加護の影響って言ったら良いのかな?
とにかく普通の恵獣よりは強くなっちゃってるみたいだから心配無用だよ』
グラディスが声を上げ、それをシェフィが補足し……俺が「え?」と声を上げていると、グラディスが顔を下げて踏ん張って全身に力を込めて……そして引き絞られた矢が放たれたかのように、一気に駆け出す。
それは本当に凄まじい勢いだった、前世では乗ったことがなかったがバイクに乗ってかなりのスピードを出したらこんなことになるのかという程で……それだけの速さで駆けているのに、俺のことをしっかりと気遣っているのか、それほど揺れてはおらず負担は少ない。
体を揺らさず、脚だけを大きく動かし……雪深くても構わず駆け続け、その力強さはブルドーザーかと思う程だ。
どんなに深く積もった雪でもお構いなし、その脚でかき分け蹴り飛ばし駆け進み……岩や倒木なんかがあれば物凄い力でもって跳躍し……今何秒浮いていた!? なんてことを思ってしまう程の滞空時間を見せてくれる。
もし俺に気遣うことなく本気で駆けていたらどんな速さになっているのやら……あまりの速さに口を開くことも出来ずただただ歯を食いしばっていると、北に真っ直ぐ向かっていたはずのグラディスが何故だか角度を変えて、あらぬ方向へと駆け始める。
それを受けていやいや、そちらではないと手綱を引こうとすると、俺の頭にしがみついていたシェフィが髪の毛を掴みながらよじよじと耳の近くまで移動してきて、声をかけてくる。
『だいじょーぶ! 恵獣は耳が良いから! いや、耳が良いって言うか角が良いって言うかなんだけどさ!
恵獣とかヘラジカはね、その角が……大きな枝角がアンテナみたいな役割を持ってるんだよ! 音を集めて敏感に感じ取って、数キロ離れた仲間の声も聞き取れるんだよ!
グラディスはどうやらそれであの魔獣の声を聞きつけたみたいだね!
……ちなみにボクも今、結界でヴィトーのこと守ってあげてるからね! 結界がなかったらそんな風に目を開けてらんないだろうし、何より全身にぶつかる冷気で全身凍りついちゃってただろうからね! グラディスだけじゃなくボクのこともしっかりと、凄い凄いって尊敬して褒めるように!』
「す、凄い凄い! グラディスもシェフィも超凄いよ! 尊敬する!」
結界のおかげか凄まじい速度の中でも口を開け声を出すことが出来て……決して嘘ではない、心からの本音を言葉にすると喜んでくれたのかグラディスが更に加速していく。
駆けて駆けて跳躍して、ときたま鋭いステップなんかも見せてきて、加速しすぎたためか揺れも激しくなってくる。
手綱が指に食い込み、盾をグラディスにぶつけないよう力を込めた腕が悲鳴を上げ始め……このままだと魔獣とやり合う前に酷いダメージを受けそうだなと、そんなことを考え始めた折、グラディスがステップで避けていた木々が減り……前方に開けた一帯が広がる。
そしてそこにはこちらを待ち構えていたのか鱗魔獣が5体、足を伸ばした砲台状態で立っていて、一切の躊躇なく鱗が一斉発射される。
すぐさま俺は両手で盾の取っ手を持つ。
シェフィが作ってくれた盾には複数の取っ手がついている。
盾の中央や枠の側、上部や下部などにもあり……それらは構え方を工夫出来るようにとの配慮なのだろう。
その配慮は本当にありがたいもので、騎乗中でもなんとか重い盾を構えることが出来て……それで鱗を受けようとすると、
「ぐぅーーーーーーー!」
と、グラディスが大きな声を上げ、そうして今までで一番鋭く力強いステップを見せて、発射された鱗を回避しながら魔獣の方へと突き進んでいく。
まさかこんなにも上手く避けてくれるとは……一度その目で見たのが良かったのだろうか?
あの時の経験を糧にグラディスなりに対処法を考えてくれていたということだろうか? あまりに華麗な避け方過ぎて揺れによる痛みも、手綱を離したことによる振り回され具合もあまり気にならない。
いやまぁ、精霊の力で肉体が強化されていなかったら大ダメージだっただろうけど……と、俺がそんな余計な事を考えているとグラディスが砲台状態の魔獣へと肉薄し……恵獣のために作られた伝統的武器、角につけた槍の穂先のような武器でもって鱗魔獣を力強く突き上げる。
ガァァァン! と、凄まじい衝撃音が響き渡り、直後何かが……硬い何かが砕けるような音がし、そして肉塊を叩き潰したような音が響き渡る。
それからグラディスが突き上げた魔獣の体から凄まじい血が吹き出てきて、俺達に降りかかる……が、薄い膜のような何かが降り掛かった血を弾いてくれる。
『け、結界張っておいて良かったね!?』
と、シェフィがそんな声を上げる中グラディスが鋭く首を振って、角に刺さっていたらしい……武器と角で見事に刺し貫き、挙句の果てに持ち上げていたらしい魔獣の体を投げ捨てる。
「す、すげぇ!?」
それを見てそんな声を上げた俺は、左側から殺気のような何かを感じて慌ててそちらに盾を向ける。
するとその先にいた魔獣から鱗が発射され……足を止めていたグラディスを狙ってきたようだが、なんとかギリギリそれを盾で受けることが出来る。
盾を持つ手に衝撃が伝わり、バァァンと音が響き渡り、そして鱗が弾かれて……盾には傷がついたものの、割れたり鱗が刺さったりはしていないようだ。
「グラディス! 一旦距離を取ろう!」
思わずそんな声を上げる、それと同時かそれよりも早いくらいのタイミングで再度駆け出したグラディスは、後方から発射されたらしい鱗を見事に避けながらステップを刻み、加速し……どんどん加速し、魔獣達から距離を取ったなら方向転換を行い……次の魔獣へと狙いを定める。
それを迎撃しようと魔獣達は鱗を発射してくるがそのほとんどがグラディスに当たることはなく、当たりそうな鱗もなんとか俺の盾で受けることが出来た。
そうして二度目の突撃は見事魔獣にぶち当たり……今度は二本の角で二体の魔獣を貫くことに成功し、
「ぐぅぅぅーーーー!」
という力強いグラディスの声と同時に、魔獣達の血が驚く程の勢いで吹き上がるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は残りの魔獣戦やら何やらになります






