急報
翌日、早朝。
朝起きて朝食と身支度を済ませたなら、グラディスとグスタフを連れて餌場へと向かう。
そこでグラディス達の食事を見守り、ブラッシングをしてやり……と、世話をしていると、どこからか何かが駆ける足音が響いてくる。
ドドドドドと凄まじい足音、雪をかき分け踏み荒らし突き進んでいるらしいそれはどうやら恵獣のようで……どこからか恵獣がかなりの速度で駆けてきて、そしてどこかへと駆け抜けていく。
「……今の、村の恵獣だったよね? なんだろう、運動中なのかな?」
と、誰に言うでもなく、そんな言葉を呟くと頭の上のシェフィは『さ~?』と、適当な返事を返してきて……グラディス達も「ぐ~?」「ぐぐぅ」と、そんな返事を返してくる。
まぁ、気にしてもしょうがないかとそう考えて世話を再開させていると、またも足音が……先程よりは小さい足音が聞こえてきて、さっき恵獣が駆け抜けていったのと全く同じ場所を、まさかのユーラが駆け抜けていく。
「何してんの!?」
その姿を見て俺がそう声を上げるが、息が切れ呼吸するので精一杯といった様子のユーラが返事をすることはなく、そのままただただ恵獣の後を追っていく。
「え、えぇ……賢い恵獣が逃げ出したって訳でもないだろうし、追いかけっこでもしているのかな?
それにしたって何でまたそんなことをって話になるけど……」
と、そんなことを言っているとまた恵獣がこちらに駆けてきて、駆け抜けていき……それを追ってきたユーラがついに息が切れたのか、俺達の前で足を止め、膝について項垂れて荒く息を吐き出す。
それからしばらくの間、苦しそうな呼吸を繰り返し……それから言葉を吐き出す。
「ぜぇつ……はぁ、はぁ……け、恵獣様が捕まえてみせろって、そんな態度をしてきてな……夜明けからずっと追いかけてるんだが……お、追いつけねぇ。
……で、でもああやって、俺様が回復するまで待ってくれるんだよ……。
き、きっと捕まえたら縁を紡いでくれるに違いねぇ」
と、そう言ってユーラが顔を上げると、その視線の先には足を止めてこちらを見つめている恵獣の姿があり……その表情はどこか、ユーラのことをからかっているかのようだ。
「いや、普通に考えて恵獣に追いつくなんて無理でしょ。
脚は長いし四本だし……どんなに深い雪でもかき分けながら進める程にパワフルだし、人間が追いつこうと思ったら空を飛ばないと無理なんじゃ……?」
「ぐぅー、ぐぐぅー、ぐ~~ぐ」
俺がそう言いながらユーラの背中をさすってやっていると、グラディスがそんな声を上げる。
『本当に追いつけって言うんじゃなくて、どこまで頑張れるのか、その根性を見ようとしているに違いないから、頑張れ……だってさ』
とのシェフィの翻訳によるとどうやらユーラのことを励まそうとしているようで……それを受けてユーラはぐっと体を起こし、深く息をし……それから顔を引き締め、震える足をバシンッと両手で叩いてから、恵獣を捕まえようと再び駆け出す。
すると恵獣もまた駆け出して……一人と一頭の凄まじい足音が雪原を駆け抜けていく。
そしてまた足音が響いてきて、ユーラ達がもう帰ってきたのかと驚いていると……先程とは全く別の恵獣とサープが駆け抜けていく。
「……さ、サープも追いかけているんだ。
ユーラより体力はないかもしれないけど、足は速いし器用だからなんとかなる、かも?
それでも大変というか苦戦することになるんだろうけど……」
その後姿を見送りながらそんな事を言っていると……俺の肩に顎を乗せたグラディスが、
「ぐぅ~? ぐぅぐぅ? ぐぅー」
と、からかうような声を上げてくる。
私達もやってみる? やったら仲良くなれるかもよ? と、そんな意味が込められているらしいその声に俺は、ただ首を左右に振ることで答える。
それから一刻も早くこの話を忘れてもらおうと世話へと意識を集中させるのだが……何度も何度も、何度も何度も何度も、ユーラ達が駆けてくるものだから忘れてもらえず、昼前までからかわれることになってしまう。
そして……昼前まで続いたその追いかけっこは、恵獣達が諦めるというか、追いつくことはなかったものの、二人を認めるという形で決着となる。
ユーラがつけた名前はジャルア、サープがつけた名前はスイネ……二頭ともオスで、シェフィが言うには二人にそっくりの性格をしているらしい。
そっくりだからからかいたくなった、試したくなった……そして認めたくなったと、そういうことらし。
そうして二人と二頭は心を通わすようになり……ユーラとサープは夢が叶ったと大いに喜び、それからの世話と騎乗練習には異様に力を入れるようになった。
恵獣がいれば色々なことが出来るようになる、恵獣が入れば停滞していたことが一気に前に進む。
世界が変わって、新しい一歩を踏み出すことが出来て……全てが好転していくと、そんなことを考えて、本当に懸命に励むようになった。
世話や練習だけでなく狩りにも精を出すようになり、ユーラ達だけ、サープ達だけで魔獣を狩れるようにもなっていって……北の一帯の開拓も完了となるかと思われた、ある日のこと。
突然の知らせを受けて、餌場で恵獣達の世話をしていた俺達は目を丸くすることになる。
「た、大変だ! 南の鳴子が鳴ったかと思ったら沼地の連中がこっちの領域に入り込んできやがった!
せっかく作った鳴子も罠も壊しやがって……何考えてんだ、あいつら!!」
餌場へと駆け込んできた若者が口にしたのは予想もしていなかった知らせだった。
なんだってまた沼地の連中が……こっちの領域に入り込んだだけでなく、罠の破壊まで……。
商売を断られた報復なのか、それとも暴力でもって商売を再開させようというのか……あるいはただの略奪なのか。
どのみちこちらの領域に入り込んできたということは、侵略に等しい行為であり……このまま行けば戦争というか紛争というか、とにかく血が流れる争い事へと発展してしまうだろう。
……俺の銃があれば、沼地の連中なんてのは簡単に倒せてしまうのだろうけど、しかしあれはあくまで猟銃、人に向けるようなものではない。
だけども俺が銃を使わなければユーラやサープや、他の皆が怪我をするかもしれず……どうしたものだろうかと頭を悩ませていると、今度はジュド爺がやってきて声を上げる。
「あの魔獣が出た! 鱗の魔獣だ!
北の一帯に作ったばっかりの鳴子に引っかかって、引きずりながらこっちに向かってきてやがる! 数も多いようで……ヴィトー、お前達の出番だぞ!」
沼地の連中のことをまだ知らないらしいジュド爺のそんな知らせに俺達は顔色を悪くする。
まさかの挟み撃ち、北からは魔獣、南から沼地の連中……一体全体どうしたら良いのだろうと頭を抱えていると、ユーラとサープが同時に力強い声を張り上げる。
「ヴィトー! 北は任せた、南は俺達に任せろ!」
「精霊様のお力があるヴィトーには魔獣をお願いするッス!」
俺の迷いを感じ取ったのか、二人はそう言って……すぐさま鞍を乗せた恵獣に跨り、戦いの準備をするためか村へと駆け戻っていく。
「……分かった! 南は二人に任せるよ! 俺は北の魔獣をなんとかしてくる!」
二人に負けないよう、力を込めた声を返すと二人は片手を振り上げて任せたと、そう伝えてきて……その背中を見送った俺はグラディスに跨り、シェフィから猟銃を受け取り……ジュド爺から詳しい位置を聞いた上で、グラディスに指示を出し移動を開始するのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はこの続き、VSあれこれとなります。






