香辛料をたっぷりと
シェフィがまず漢方薬を……薬包紙に包まれたものを作ってくれて、周囲の人が用意してくれた木箱にそれをしまっていると、今度は香辛料作りが始まる。
生のままとかではなく、乾燥させてあったり熱が通してあったりと、保存性を高める処理がしてあり……同じく用意してもらった壺に直接投入されていき、何種類もの香辛料の香りがコタの中に漂い始める。
「こりゃぁ面白い香りだなぁ……薬草の香りに近いものがあったかと思えば、初めて嗅ぐ香りもある……。
これが飯を美味くしたり体の状態を良くしたりしてくれんのか」
すると家長の一人がそう声を上げ……それを受けてか女性達がわっと集まってきて、木匙を用意し、香辛料をすくい上げ……女性達の手の平の中に少しずつ落としての味見が始まる。
香りを楽しみ味を楽しみ……あんな料理に使えるんじゃないか、こんな料理に使えるんじゃないかと相談が始まり、年嵩の女性が早速動き始め、食器の中に入れての調理と言うか調合と言うか……香辛料を組み合わせての調味料作りが始まる。
そうこうしていると、村の入口で調理されていた魔獣の足が運ばれてきて、それぞれの家長の前の食器の上にどかんと置かれ、家長達が手を伸ばしての毒見が始まる。
シャミ・ノーマ族のルールで初めて口にする魔獣の毒見は家長の仕事とされている。
一番体力があり、勇気もある家長が味見をし……それぞれの一族全体を守るために体を張る。
今は精霊……シェフィ達がいるから安全性の担保が神秘的な力によってなされているが、それが無い時には家長達の勇気ある毒見が必要とされていたようだ。
殻ごと掴み上げ、両手でしっかりと掴んで捻るようにして殻を割り、割れた殻に食いつき垂れた肉汁を吸い上げたり、割れた殻ごと食べたり、殻だけを口で剥ぎ取って吐き出してまた食いついたりと、それぞれの方法でそれを食べ始め……しつこいくらいによく咀嚼した後に飲み込み、しばらく様子を見る。
毒見の際、よく咀嚼することは大事だとされている。
魔獣に居るものなのかは分からないが、そうやることで寄生虫を噛み殺したり、唾液を混ぜ込んで唾液酵素の力を発揮させたりしているようで……経験則からそこまでたどり着いているのは素直に凄いなぁと思う。
「殻は……火を通したおかげか脆くなってるな。
見た目から海の生き物みたいな味がすっかと思ったが……普通に肉だな? これ。
味の根っこは肉なんだが食感は……なんだ、これは何と言ったら良いんだ? エビなんかに近いのか? 俺ぁあんまりエビを食ったことがねぇからなぁ」
飲み込んで少ししてから家長の一人がそう声を上げ、他の家長も「確かに肉だ」「初めて食う味の肉だ」「よく焼いた蛇に似てるかもなぁ」と続く。
精霊の保証があるというのに杓子定規過ぎるかもしれないが、それでもルール通りに更に時間を置いて……そうしてこれなら安全だろうとの判断が下され、他の面々の食器に分けられたり、さらなる調理……味付けなどのために女性達に手渡されたりとする。
そうして俺達の前にも大きくて太くて食べごたえのありそうな脚が回ってきて……とりあえず食べてみるかと殻を割り、味付けなしで食べてみる。
「あー……うん、美味しい、普通に肉で美味しい。
そしてアレだね、これ……食感はカニ足だな、肉の味と香りのカニ足……違和感凄いな」
「お~~……普通にうめぇな、ちょっと味が足りねぇっつうか、物足りない気もするが、これはこれで良いんじゃねぇか?」
「ん、自分は好きッスよ、これ。
食べやすいし変にしつこくないし……さっぱりで良い感じッスね」
俺、ユーラ、サープの順でそんな感想を口にし……俺の膝の上に座ったシェフィも美味しそうに目を細めて魔獣の肉を食べている。
するとそこに年嵩の女性達がやってきて、早速香辛料を使っての試作をしたのか、何種類かの調味料の入った小皿を差し出してくる。
「こちら試してみてくださいな、色々な味を作ってみたので」
そんな言葉を受けて俺達は素直に従って肉の隅をちょいっと調味料につけて口に運ぶ。
「んお、甘辛ソースだ、砂糖と混ぜて軽く煮たのかな……? うん、肉によく合っている。
やっぱり肉には香辛料だなぁ……今度コショウを量産しても良いかもな」
「お、こっちはすっぱ辛いぜ! こりゃぁ良いなぁ……! おい、サープ、さっぱりしたのが良いならこっちが良いぞ」
「ん~~~、本当ッスねぇ、こいつは良いッスね!
これがあるとこの肉がまた美味くなって……口ん中とかが熱くなってきて、ヴィトーの世界の香辛料ってのはこっちのと違って良いもんスねぇ」
と、また三人でコメントしてから魔獣の足の肉を堪能し……その間もどんどんと調味料が作られたり、新しい料理が作られたりと食堂コタが賑やかになっていく。
そうして賑やかに穏やかに時間が流れて……中央の焚き火にかけられた鍋が沸騰した時、鍋に雑に突っ込んであった足から肉汁……と、言って良いのか、とにかくそんなものが飛び出してしまう。
それがそのまま誰かにかかったら火傷するはずで、何が出来るでもないがとりあえず声を上げようとした瞬間、女性の一人が鍋の蓋を構えて肉汁を見事受けてみせて事なきを得る。
「あ、なるほど」
そして口から出てくるそんな言葉、アレなら工夫次第でなんとかなるかも? という思いつきがあり、色々と試してみたくなる……が、今は食事時、後にしておこうと考え直して食事を再開させる。
「……ま、何考えてんのか大体分かるが、後でやりな」
と、そんな声をかけてきたのはずっと黙っていたジュド爺で……両手に魔獣の足を持って様々な調味料に交互につけて、その全てを堪能している。
あまり行儀が良いとは言えないが……シャミ・ノーマ族的には問題は無いというか、豪快に食事を楽しむことが良いことだとされているので、まぁ何も言うまい。
そうやって老人が食事を楽しんでいることは良いことさえているというか縁起の良いこととされているので、コタの中の皆も笑顔になっているしなぁ。
そんな光景を見ながら魔獣の足を口に運んだ俺は……とりあえず食後にあれこれ作ってみるかと、口を動かしながら思考を巡らせるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は食後の工房です。






