鱗魔獣戦に向けて
「で、なんだ? どうした? 何か言いたそうにしていたよな?」
どうにかジュド爺を落ち着かせ、ユーラとサープの二人を恵獣から引き剥がし、困惑した様子の恵獣達を宥めていると、ジュド爺がそんな声をかけてくる。
「あー、えぇっと、向こうに初めて見る魔獣がいて……動きが遅くて、体高が低くいようで大きな鱗の球体だけが雪の上に出ていて、他は雪に隠れていて……その鱗は銃を何度撃ち込んでも傷がつかず、その動きが止まったり変化したりすることもなかった……という感じです。
動きが遅いからここまで来るにしても村に行くにしても時間があると考えて、どう対処すべきか話し合いに来ました」
俺がそう返すとジュド爺は「ふぅむ」と声を上げてから顎を撫でて頭を悩ませ……そう時間をかけることなく結論を出したのか、言葉を返してくる。
「倒すだけならどうとでも出来る。
ここら辺りまで誘導した上で、崖から落としてしまえば良いんだからな。
他にも色々と手があるが……出来ることなら死体を出来るだけ傷つけないで手に入れたいところだな。
ヴィトーの銃に耐えられる鱗だ、防具に使えばかなりのものが出来上がるはず……そうなると落とし穴か毒か、急所をどうにか攻撃するかになる。
……吊るし縄でひっくり返してしまえば鱗に覆われていねぇ腹が顕になるかもしれん、手間を考えるとその辺りになりそうだ」
「あー……そっか、防具に使えるのか、どう倒すかばかりでそこまでは考えてなかったですね。
あれだけの大きさならかなりの防具になりそうですねぇ……俺としてもグラディスの前掛けにあの鱗を貼り付けられたらありがたいですね」
と、俺がそう返すとジュド爺は厳しく顔を引き締めながらも満足げに頷き……それからぐったり項垂れるユーラとサープの背を叩いて活を入れ……背負い鞄からロープを取り出す、これでどこか良さそうな場所に罠を作れと指示を出し始める。
それを受けてユーラ達は魔獣がいるのなら仕方ない、今は恵獣のことを忘れようと行動を開始し……それを受けてジュド爺は、こちらにも指示を出してくる。
「ヴィトーには、精霊の工房での毒の生産をしておいてもらおう。
頭がどこにあるのか……本当にあるのかも今は分からんが、どこにあるか分かったなら、口の中に毒弾丸を撃ち込んでやれ。
……例の魔王程の毒耐性はないだろうから、程々の毒で良いぞ、程々の毒で」
強すぎる毒を作ってくれるなと、そう念押しされた俺は、シェフィとその辺りの話し合いを始め……そしてシェフィは毒弾丸作成のためにモヤの中に消えて、工房での作業を開始する。
ジュド爺は他の罠を作るつもりなのか、鞄の中の道具を引っ張り出しての工作を始めて……グラディスが恵獣達との交流役を買って出てくれて、その様子を見るにどうやら、今の俺達の状況や目的などを説明してくれているようだ。
目的は魔獣を狩ること、恵獣がいたら保護すること、南の村にはシェフィを始めとした多く精霊がいて、俺が精霊の愛し子で……と、恐らくそんなことも話している。
何故そんなことが分かるかと言えば、グラディスと会話をしていた恵獣の一頭が、なんとも興味深げに近付いてきて、その鼻を近付け鳴らし……押し付けてきたからで、どうやら俺という存在に興味津々らしい。
「……俺はまだまだ狩人としても恵獣の主としても未熟者ですけど、村に来てくれたなら精一杯世話をさせてもらいますよ。
もちろん、恵獣の世話に慣れた人も多いですし……態度が少しアレだったかもですけど、さっきのユーラやサープも恵獣との縁を得られたならと思っているはずです。
もしよかったらどうですか?」
その恵獣にそんな声をかけると……どういう訳か、その恵獣は物凄く不満げに顔を歪め、ブフンッと荒く鼻を鳴らす。
「ぐ~ぐぅーぐー」
するとグラディスがそう声を上げる。
その声色には呆れの色が混ざっていて……んん? 何がどうなっているんだ? と、首を傾げていると、作業を進めながらジュド爺が説明をしてくれる。
「その恵獣様はオスだ。
そしてグラディス様に気があって……ヴィトーに取り入れば気が引けるとでも考えたのだろう。
だというのにヴィトーが他の主にせよ、なんてことを言うものだから不満そうにし、その態度にグラディス様が呆れたという訳だ。
……グラディス様の今の装備は、実用的かつ伝統的な狩り道具……人間で言うところの武器防具だ。
それを身に着け凛と立つグラディス様は恵獣様にとって凛々しく美しい女狩人といった所で、オス達は興味津々なのだろう。
……と、言うかだヴィトー、お前は前世という経験と族長という相手を持つ身なんだ、そのくらいのこと分からんでどうする? 族長との関係は順調なのか?」
やぶ蛇……と言うか何と言うか、まさかの方向から指摘を受けることになった俺は、なんと返したものかと口ごもる。
前世といっても色恋経験が豊富だった訳でもないしなぁ……こちらの女性の価値観も理解しきれていない部分があるし、そんなことを言われても……と言うのが正直なところだ。
俺は俺なりに上手くやっているつもりだし、頑張っているつもりだったが……改めて考えてみるとどうなんだろうなぁ、もう少しプレゼントとかなんとか、気を使った方が良いのだろうか?
なんてことをあれこれ考えてしまっているとグラディスがその鼻をグイグイと押し付けてくる。
その表情を見やるととても柔らかで暖かなものとなっていて……、
「ぐーぐぅーぐぐー」
とのその声は『心配する必要はないよ、何かあれば私の方で注意や助言するから』と、そんなことを言っているようで、なんとも言えない安心感があるその表情と声を受けて、俺はどうにか泡立っていた心を鎮める。
そうして改めてグラディスのことを見てみると、優しく凛々しく、それでいて愛らしく美しくもあり……そんなグラディスが特別な装備をしているというのは、確かに目を奪われる光景なのかもしれない。
ジュド爺は女狩人とたとえていたけども、戦う女王やお姫様といった表現の方が近いのかもしれないなぁ。
それならばモテるのも道理……か。
そう言えばグスタフの父親は今どうしているのだろう? 野生の母子だから死んだものと勝手に考えていたが……もしかしたら生きてどこかにいるという可能性もあるのかもしれない。
と、そんなことを考えていると罠の設置が終わったらしくユーラとサープが戻ってきて……ジュド爺も準備が終わったようで手にした道具をしっかりと持ち上げ、それをこちらに見せてくる。
それは石やらを縛り付けて重りとした大きな縄網で……それで魔獣を捕らえるつもりらしいジュド爺に対し俺達は、魔獣相手にそんな上手くいくもんかな? と、3人同時に首を傾げるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はVS魔獣となります。
そしていよいよ明日1月6日は書籍版の発売日となります!
書き下ろしなど色々頑張りましたので、ぜひぜひ書店にてチェックして頂ければ幸いです!
明日には発売記念SSを投稿しますので、明日の更新は番外編となり、この話の続きではないことをご理解いただければと思います






