汚染
ゆっくりと火が大きくなり、濡れていた薪が乾燥して火が移り……しっかりと焚き火を起こせたと言える規模となった所で、ラーボの外からガンガンガンと凄まじい音が聞こえてくる。
それはまるで鉄の塊を何かで叩いているかのような音で……何事だろうとラーボから顔を出すと、鉄塊の上に槍の穂先……予備で持ってきたものだろうか、それを置いて別の鉄塊を叩きつけているという謎の光景が視界に入り込む。
ユーラが鉄塊を叩きつけていて、サープは槍の穂先を持っていて……俺とシェフィがその光景を見やりながら首を傾げていると、ジュド爺が声を……鉄塊を叩きつける音に負けないくらいの大声をかけてくる。
「こいつら二人で協力することにしたらしい!
そしてあの鉄塊は体を鍛えるために背負鞄に入れておいたもんらしい!
そしてそんなもんで何をしているかっつーと鍛冶屋の真似事だな! 鉄はああして叩くと熱を持つ、それが過ぎれば火が起こるってぇ訳だ!」
それは俺の疑問全てを片付けてくれる説明だった。
鉄を叩きつけることで熱……というのがよく分からない部分ではあったが、こちらの世界の鍛冶屋では当たり前の手法らしい。
……衝撃がエネルギーになって熱になっている、のかな?
実際槍の穂先はだんだんと赤くなっていて……もう少ししたら着火出来る温度になってくれそうだ。
鉄塊を結構な速度で繰り返し叩けているのはユーラの本来の身体能力なのか、精霊の加護のおかげなのか……その両方かな? なんてことを考えているとすっかりと潰れた槍の穂先が真っ赤になり、それをユーラのラーボにある火床に押し付けると火口が燃え始め……二人が息を吹きかけると火が起こり、焚き火となっていく。
それからサープの火床に火を移し……3人の焚き火が完成となった所で、それぞれのラーボを覗き込んだジュド爺が声を上げる。
「まずヴィトー、道具を使ってよくやった、合格だ。
そして馬鹿二人……まず協力するのは良い、遭難したなら側にいるもんで協力し合うのが普通だからな。
次に鉄塊を使ったことは……馬鹿としか言えん、鉄塊持った遭難者がどこにいる。着火の手法としちゃぁ悪くはねぇがな……。
つーかよ、鍛錬とかどうとかでそんな真似するならせめてハンマーや金床を用意しやがれ。
それはそれで重いもんだから鍛錬になるだろうし、何かあった際に役に立つ……かもしれん。
ただの邪魔でしかない鉄塊を持ち歩くよりかは、よっぽどマシだ。
正直馬鹿二人は合格にしたくねぇが……時間的にはかなり早く仕上げてるからなぁ、ギリギリ合格ってことにしてやろう」
その言葉に俺は喜び、ユーラは拳を突き上げながら「よしっ」と声を上げ、サープはホッとため息を吐き出しながら胸を撫で下ろす。
「……ワシはもっとこう、木をこするとかそういった方法を試すもんだと思ってたんだがなぁ……。
まぁ良い……火起こしの次に教える狩人の心得は、何故魔獣を狩らねばならんのかという話だ。
これを……誰かに話すのは初めてだ、初めてのことだが……お前らには必要な話だろう。
どうしてワシらが魔獣と戦っているのか、どうして精霊様と共に在らねばならねぇのか……家長連中が盛んに口にする土地の浄化や開拓というものがどういうもんなのかを今から話してやる―――」
そう言葉を続けたジュド爺は、仕草で焚き火の側に腰を下ろすことを勧めてから、魔獣についてをあれこれと語っていく。
ジュド爺が生まれるよりもはるか昔、この世界にはとんでもない化け物がいたそうだ。
その化け物はとにかくメチャクチャな存在で強力無比で、人間や他の生物全てにとっての宿敵であり……人間は獣や精霊と協力することでその化け物を打ち倒したらしい。
それで世界が平和になればよかったのだけど……そうはならず、化け物が死に際に残した呪いに、人間は苦悩することになったそうだ。
「―――その呪いが魔法と言われるもんだ。
化け物の死と同時に人間が扱えるようになったそれは、念じて呪文を唱えれば火が起こる、風が起こる、水が湧き出る……とんでもなく便利で、色んなことに役に立つ代物だが……その便利さこそが化け物の仕掛けた罠だった。
便利過ぎて一度使ったなら依存しすぎてしまう魔法、それは使えば使う程に瘴気を生み出してしまう……。
瘴気が魔獣を生み出し、魔獣と瘴気が世界を歪め滅ぼし、いつか化け物を蘇らせてしまうもんだと分かっていても、ついつい使ってしまう。
そのうちに魔法に依存した連中は、魔法は化け物を討伐した報酬だと、神から与えられた恩恵なのだと、そんな欺瞞まで口にし始め……使うのを止めろと警告する精霊様を迫害までし始めた―――」
もちろん人間全てがそうだった訳ではないらしいが……かなりの人間達が魔法に依存してしまったそうだ。
そうして精霊の教えを守ろうとする者達と、魔法を使おうとする者達とで争いが起きもしたが……精霊達が人間同士で争うことこそが化け物の思惑であると説得し、精霊の教えを守ろうとする者達は争いを止めて、それまで暮らしていた土地から……魔法と瘴気に汚染された土地から離れて暮らすことを選んだ。
そこで……辺境で暮らしながら魔獣を狩り、汚染された土地を浄化し、化け物の呪いと戦い続ける道を選んだ。
ここ北の辺境地だけでなく東に西、南に住まい……海の向こうの孤島や、その更に向こうにあるとされる未知の大陸を目指して旅立った者達までいるらしい。
「お前達がよく口にする沼地の連中とは……つまるところ魔法に依存した連中のことだ。
そもそもあそこら一帯は沼地でもなんでもなかったんだがな……それが魔法のせいであの有様よ。
だがな……それでもまだマシな方なんだ……。
沼地の連中はワシらと付き合いがある、魔法が化け物の呪いだということを知っている……だから魔法に依存しながらも必要最低限しか使っていない、そこまでの依存はしていない。
それが更に南に行くと……魔法に依存しきった地獄のような世界が広がっていてな……ワシは若い頃に一度だけ、呪いの恐ろしさを確認するためにその辺りに行ったことがあるんだが……アレをなんと表現したら良いのか、未だに分からん程に異様な光景が広がっていた……」
そう言ってジュド爺は続いていた説明を中断させる。
何かを思い出しているのか、言葉に詰まっているのか……話の先が気になった俺は、問いを投げかける。
「……ジュド爺、それはどんな光景だったんですか?」
するとジュド爺は小さなため息を吐き出し……その光景をなんとか言語化しようと言葉を紡いでいく。
「……なんと、なんと言ったら良いものかなぁ……。
例えばそうだな、お前らもリンゴは知っているだろう? リンゴ……実物を見ることは少ないだろうが、それでもたまに手に入るアレだ。
アレの色がな、向こうでは真っ青なんだ、紫色だったりもする。
そしてリンゴの木の葉がな……こう、未だに自分の目が信じられんが三角形なんだ、刃物で切り取ったみたいにな。
と、言うか、そもそも木がまっすぐ伸びておらん、そりゃぁ曲がりくねって伸びる木もあるもんだが、あそこでは異様に曲がりくねっていて……そうかと思えば不自然に、何かで切り落としたのかと思う程に真っ直ぐでカクついていたりして……。
……道端の花が球体だった時にはめまいのあまり気を失いそうだった。
そして連中はその光景が普通のもんだと思いこんでいて……自身の姿が次第に人のそれから離れていっていることにも気付いてねぇんだよ……」
そんな風に世界が歪み……歪みに巻き込まれた獣が魔獣であり、魔獣は存在しているだけで瘴気の汚染を拡大させる。
だから魔獣を狩らなければならない、瘴気を浄化しなければならない……この辺りを完全に浄化し、いつかは南に勢力を広げていき、汚染されきった……そんなとんでもない土地も浄化しなければならない。
「……ワシらの手でそれを成せれば良かったんだが、どうにも上手くいかず、それどころか子供が減って一族消滅の危機なんてことになってしまったが……そこをアーリヒが立て直してくれて、そしてヴィトー……お前が生まれてくれた。
……ヴィトー、お前の手で世界を救えとも、歪み全てを正せとも言わん……言わんが、流れを変えてくれて、次の代かその次の代に世界を救えるよう土台を整えてくれ。
精霊様が最後の手段……切り札として生み出してくれたお前こそが、ワシらの希望なんだ」
そしてそんな言葉を口にしたジュド爺は、こちらをじぃっと見つめてくる。
……なんだか口ぶりから、ジュド爺は俺の正体のことを以前から知っていたようだが……?
と、そんなことを考えてシェフィのことを、焚き火の真上でふよふよと漂っていた精霊様のことを見やると、シェフィは唇を突き出してぴゅーぴゅー下手な口笛を吹き、今どきそんな誤魔化し方ある!? というくらい下手な誤魔化し方を見せてくる。
それを受けて俺は……まぁ、シェフィがそうするなら何か言えない理由があるのだろうと察して……不承不承ではあるけども深く突っ込まないことにし、そして今の話をしっかりとメモ帳にメモしておくのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は開拓についてなどになります






