スロー・スノー・サウナ・ライフ
――――一方その頃、暗き森の奥深くで 魔王
ヴィトー達が魔王と呼び始めたそれは、ヴィトー達が知らない……シェフィさえもが知らない、ある場所で毒の後遺症に苦しみ悶えていた。
暗く深く、陽の光が遮断されたその森の中には、瘴気が満ちていて魔力が満ちていて、魔王の力や生命力を何倍にも押し上げてくれるはずなのだが、それでも苦しく耐えきれず、地面を転げ地面を叩き、暗き森を構成してくれている木々を叩き、暴れに暴れて……自らを守ってくれているはずの、力を与えてくれるはずの森を破壊していく
そんなことをすれば瘴気と魔力が失われ、余計に苦しむことになると分かっているのだが、身体中が痛く熱く、苦しく……ひどい不快感と吐き気と眩瞑にまで襲われてしまって、そうやって気を紛らわさなければ今にも発狂してしまいそうだったのだ。
完全に油断をしていた、あんな玩具で自らの魔力を奪い切ることなど不可能だろうと思い込んで、避けられた攻撃を避けず、その結果がこの苦痛……。
あんな雑魚などさっさと殺していればよかった、踏み潰していればよかった、そうしておけばこんな苦痛に苛まれることはなかったはずなのに……。
そんなことを考えて魔王は苦しみに苦しみ……苦しむうちに激しい後悔と屈辱と悔恨が襲ってきて、肉体的な苦痛だけでなく精神的な苦痛にまで襲われ……その相乗効果が魔王のことを一段と苦しめてくる。
手勢である戦士を失い、こんな有様を晒し……このことが各所に知られてしまったら自分の名誉はどうなってしまうのか。
そもそもこんな辺境地なぞ一ヶ月もかからないで制圧できたはずで、とっくに汚染が終わっていたはずで……一体自分は何をやっているのだろうか。
そう考えて魔王は更に苦しみに苦しみ……筆舌に尽し難い苦痛の中で悪夢を見て、その悪夢の中であの時に見た顔を……夢の中でもう一度しっかりと目にすることになる。
ヴィトーと呼ばれていたそれはあの憎き精霊と懇意であるようだ。
そして精霊の力を使って何かよからぬことをしているようで……その結果が今の自分のこの苦痛だ。
であるならば……であればこそ、こいつは殺さなければならぬ、排除しなければならぬ。
恥をすすぐためという意味もあるが、こんな毒をばらまかれたり、戦場に持ち込まれたり……もっと何か、魔王が思いつかないような悪辣なことをされてはたまったものではない。
そうなったら被害は魔王だけにとどまらず周囲の者達にまで出てしまう可能性があり……あの御方にまで届いてしまう可能性がある。
もし仮にそんなことになってしまったら……魔王の末路がどうなるのか、考えるだに恐ろしい。
……と、そんな事を考えて魔王は激しく狂おしく、地獄でもこれほどの苦痛は無いだろうという苦痛の中で、ヴィトーと名乗るあの人間を標的と決めて、ありとあらゆる手を講じてでも排除することを決めたのだった。
――――数日後、自分のコタで ヴィトー
『ヴィトー、何やってるの? 木の板にあれこれ書き込んで……お勉強?』
俺がコタに敷いた毛皮の上に座り込んで木の板に絵図や文字……懐かしき日本語を書き込んでいると、シェフィがふわふわと周囲を飛び回りながら声をかけてくる。
「……いや、生きてるかもとなったらやっぱり放っておけないっていうか、魔王対策を今のうちに色々考えておこうと思ってさ。
実際に有効かはユーラやサープの意見聞きながら練り上げて行けば良いだろうから、今はとにかく思いついたものを思いつく限り、書き起こしている段階って感じかな」
俺がそう返すとシェフィは首を傾げながら木の板を覗き込んできて……それから、
『うふふ、ヴィトーらしいや』
と、妙に弾んだ中々聞けない声を上げてくる。
「体が大きいってことはそれだけ重いってことだろうから、やっぱり落とし穴は鉄板だよな。
毒を練り込んだ巨大トラバサミっていうのも考えたけど、それなりの知恵があったら回避出来てしまうし……そんなことしなくても落とし穴に落としさえすればいくらでも勝ち筋ありそうなんだよな。
あの三体の魔獣、何かをする前に食事をして力をつけていた訳だろ? つまり魔獣も食事が必要で……あの巨体だ、新陳代謝だけでかなりのカロリー必要とするはずなんだよな。
だから落とし穴に落として数日閉じ込められればそれで餓死するはずだし……足とかを落下の衝撃で骨折させたらもう歩けなくなるんじゃないか?
骨が一本なくなっただけで自分の自重で自滅するっていうか、たった一本の柱を失っただけで一気に崩壊する巨大建築物っていうか……あくまで想像でしかないけど巨大だからこそあいつは弱点まみれな気がするんだよな。
そりゃぁ力が強くて圧倒的リーチで、やばい相手なのは確かなんだけど……ただでかければそれで良いっていうならなんで恐竜は滅んだかって話になる訳だしさ―――」
と、そんなことをつらつらと語っているとシェフィはふわふわと俺の周囲を浮かびながら言葉を返してくる。
『やっぱりヴィトーを選んで正解だったなぁ……魂の在り方だけじゃなくて、そういうところも含めて、ね。
なんだか相手に同情したくなっちゃうよ……まぁ、精霊であるボクが魔獣に同情する訳もないんだけどさ』
「……あんな化け物を相手にするんだから、そのくらいじゃないと困るだろ?
……次に魔王とやり合うのがいつになるかは分からないけど、それまでにしっかりと準備しておいて策を練っておいて……今度はもうちょっとマシな戦いになるようにしておかないとなぁ。
村が襲われたとか村の側までやってきたとかなったら逃げ出すって選択肢もなくなる訳だし……村をまもるため、皆を守るため……アーリヒを守るために、容赦をするつもりは一切ないよ。
……あ、グラディスの突撃も中々のものだったし、グラディス達にロープを引いてもらっての足払いとかも良いかもしれないな……。
重心さえ崩せばあの巨体だ、あっという間にぶっ倒れてくれるんじゃないかなぁ」
俺がそう言うとコタの中に寝転がって体を休めていたグラディス達は、耳をピンと立ててちょこちょこと動かしての興味津々な様子で、
「ぐぅ~~」
「ぐー」
との声を上げてくる。
それは様子から察する限り、やってみたいとか、面白そうとか、そんなことを思っての声のようで……あの馬力のグラディス達を何頭か、10とか20とか、いっそ100とか使えば更に色々なことが出来るかもしれない、新しい罠が作れるかもしれない。
「……そうか、何も人間達だけでやる必要はない訳か……。
恵獣の力が借りられるのなら……うん、もう一度最初から考え直しても良いかもしれないな。
精霊の工房と恵獣の組み合わせ何か出来ると良いんだけど」
俺がそう言うとシェフィはやれやれと首を左右に振ってから少し疲れたような声を上げてくる。
『守るものが……大切な人が出来てやる気になってくれてるのは良いんだけど、やり過ぎないようにね?
……まぁ、うん、その溢れかえりすぎているやる気でもってさ、アーリヒも村の皆も、グラディス達も……そのついでで良いからこの世界を守ってよ……ヴィトーならきっと出来るからさ!』
それを受けて俺がなんとも気恥ずかしい気分になりながらも頷くと……シェフィはいつにないにっこりとした笑みを浮かべて、楽しげに俺の頭上をふわふわと飛び回り始める。
あれだけやったというのに倒しきれなかった魔王、生きていた化け物……そう考えると本当に勝てるのかという不安もあるけど、だからこそやれるだけのことをやらなければという想いも湧いてくる。
新しい人生の中で新しいパートナーを得て、新しい目標を得て……魔王なんかに躓いている場合じゃぁないからだ。
狩りもサウナも、グラディスとグスタフという新たな家族のことも、それとアーリヒのこともこれからが本番で……ヴィトーとして、精霊の愛し子として、出来ることやりたいこと、やるべきことはまだまだ残っている。
「正直世界のこととかはどうでも良くなっているんだけど……世界が平和じゃないとおちおちスローライフも出来ないからなぁ、皆と相談してみんなの力を借りて、やれるだけのことはやらないとね。
……せっかくアーリヒと結婚することになったんだから、平和な村でゆっくりと二人だけの時間を楽しみたいし……そのために全力でというか、本気でやってやろうかなって気にはなっているよ」
なんてことを独り言気分で言っていると、まずアーリヒが、それからユーラとサープがコタの入り口から顔を出してきて……三人が来るなんて珍しい、また何かトラブルでもあったのかな? と、そんな事を考えた俺は……手にしていた木の板を毛皮の上にそっとおいて、グラディス達と一緒に立ち上がり……アーリヒ達の下へと足を向けるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
ここまでで第一章となり、次回から第二章となります
そしてお知らでせす
ありがたいことに出版社様からお声をかけていただき、こちらの作品の書籍化企画が進行中です!
レーベル等詳細についてはまた後ほどお知らせさせていただきます
今回こういったお話をいただけたのは、応援してくださっている皆様のおかげです、本当にありがとうございます!
これからもこの作品を楽しんでいただけるよう、全身全霊で頑張らせていただきます!
そして頑張ると言った矢先ではありますが
書籍化作業などの兼ね合いで、二章からの更新は5日に1回ペースとなる予定です
どうかご理解いただければと思います
今後ともこの作品をよろしくお願いいたします






