新たな恵獣
数日が経って……気温がどんどん上がり、ようやくこの極寒の地にも春の足音が聞こえてきた。
……と、言っても気温は普通に真冬レベル、まだまだ雪も氷も溶けていない状況なのだけど、それでもこの辺りの平均気温を思えば暖かい方だと言えて、自然と村の皆の表情も明るくなっている。
アーリヒのその例に漏れず……表情だけでなく気持ちまで明るくなっているアーリヒは、村の周囲の見回りをしたい、なんてことも言い出し、俺達はそれに付き合っての外出をすることにした。
村の北は浄化の状況の確認などで散々見回っているので、村の南に向かうことになり……沼地の連中がまた何かしてこないかなどの確認の意味も含めての散歩が始まった。
メンバーは俺、アーリヒ、シェフィとグラディスとグスタフ。
ユーラとサープとベアーテさんも、それぞれ恵獣と一緒に来てはいるのだが、俺達に気を使ってか、かなりの距離を置いての同行となっていて……実質的には俺とアーリヒと、シェフィ達との散歩となる。
「グゥ~~~」
「ぐぅ、ぐぅ~」
そんな声を上げながらご機嫌な様子のグラディスとグスタフ。
恵獣達にとっても春の到来は嬉しいものらしく、その足取りはいつになく軽いものとなっていて……特にグスタフはスキップと言ったら良いのか、移動しながら激しく跳ねることでその喜びを表現し続けている。
そうこうしていると、雪がだんだん少なくなり、雪の下に眠っていた木の葉や苔やらが顔を出し始め、そこに雪解け水がたっぷりと染み込んで湿地のようになっている一帯が姿を見せる。
所々に水たまりがあって、かなりの透明度の高い水たまりがキラキラと太陽の光を反射していて……そこにグラディス達は口を突っ込んで水をゴクゴクと飲み、そのついでに水たまりの底にある苔なんかをむしゃむしゃと食べていく。
「春の水と苔の味は格別らしいですよ、私達にはよく分からない感覚ですけど」
と、アーリヒ。
太陽光をたっぷり浴びて光合成をして栄養満タン……という感じなのだろうか?
それとも瑞々しくて美味しい……とか? その両方なのかもしれないな。
なんてことを考えながらグラディス達の食事を見守り、それが終わったならまた南へと足を進めて……そして苔や木の葉ではなく、土肌が見えてきた所でアーリヒが小首を傾げて、前方を指差す。
「あれは一体……? 魔獣の仕業でしょうか?」
「ん? どれのこと?」
と、俺が言葉を返すとアーリヒは土肌の中の乾いた一帯にある……盛り上がった土の道と言ったら良いのか、そんなことになっている辺りを指差す。
「……あれは多分モグラの通り道じゃないかな? いや、でもモグラにしては盛り上がり方が大きすぎるかな?」
「モグラ? モグラとは?」
俺がそう返すとアーリヒは更に大きく首を傾げてきて、俺は驚きながら言葉を返す。
「え? あれ? ここら辺ってモグラいないんだっけ?
モグラっていうのは……土の中に住んでいる生き物で、虫とかを主食にしていて、それが土の中を通るとあんな風に土が盛り上がることがあるんだよ。
ただ、俺の知ってるモグラは小さい生き物だから、あそこまでは盛り上がらなかったはずなんだけど……」
「……聞いたことがないですね。
この辺りにいない生き物の痕跡……まさか魔獣でしょうか?」
『いや? 魔獣の気配はしないけど……むしろこの気配は……』
そして俺の頭の上のシェフィがそんな声を上げ、魔獣ではないようだけど、何か普通ではないシェフィの様子を受けて俺とアーリヒは、その辺りの調査をしようと決めて駆け寄り、アーリヒが持っていた槍と銃剣でもって土を掘り返していく。
すると、
「ジュィィ~、ジュイ」
なんて鳴き声を上げながらモグラのような、そうではないような生き物が土から顔を出す。
黒い毛はふっわふわに膨らんでいて、長く伸びた鼻はなんともモグラらしく、手もモグラらしい土をかき分けるための形状をしている。
問題はモグラにしては驚く程に大きく、成犬くらいの大きさがあることと、その頭の上に小さな花が『生えて』いたことで……俺とアーリヒが目を丸く硬直していると、シェフィがそのモグラの前にふわっと降り立ち、モグラの鼻と花にちょいちょいと触れてから声を上げる。
『この子、恵獣だよ、恵獣。
多分だけど自我がまだない、生まれたての精霊から加護をもらったんじゃないかな?
だからこの子自身も自分が恵獣って自覚がないみたいだけど、この力は明らかに恵獣だね。
……うん、今からこの子とちょっと話すからヴィトー達は少し離れていて。
いきなり攻撃されたと思って、この子怒っちゃってるみたいだからさ』
「あ、ごめんなさい……」
「ご、ごめんなさい……」
俺とアーリヒはそう言ってから、モグラから距離を取り、シェフィとグラディス達だけがその場に残り、それからしばらくモグラとの対話が続いていく。
そうして10分くらいした頃に、ようやくシェフィから『こっちおいで~』との声が上がり、俺とアーリヒが近付くと、モグラがその鼻をクイクイと動かしながら近寄ってきて、俺達が膝を折って手を差し出すと、その手を鼻で嗅いでの挨拶をしてくれる。
「ジュイ~ジュイジュ~イ」
『いきなり攻撃されて驚いたけど、この辺りを浄化してくれたことに免じて許してくれるってさ。
で、この子はやっぱり恵獣で、生み出した精霊もやっぱり自我がない子で、そんでこの子達は南の方で暮らしてたんだけど、そこの汚染がひどくなったことで、ここらに引っ越してきたんだってさ。
それで出来ればこの辺り……というか村の近くで暮らす許可が欲しいそうだよ。
浄化のために戦ってる皆の側なら安心だし、この子達の力で戦いを手伝うことも出来るってさ』
そんなシェフィの言葉を受けてアーリヒは、モグラに笑みを返しながら言葉を返す。
「恵獣様であるのならもちろん大歓迎です。
村の側で暮らすのも問題ありません……力を貸してくださることはありがたいですが、精霊様に自我がない上に新天地の暮らしとなれば苦労をされるはずですから、まずはこの辺りの暮らしに慣れることを優先してください」
するとシェフィがモグラの側に近寄り、耳打ち……と言って良いのか、頭の辺りにささやいての翻訳を行い、それを受けてモグラは鼻を左右に揺らしながら元気な声を上げる。
「ジュイ! ジュイ~~ジュイ、ジュ~イジュイ、ジューイ!」
『えっと……落とし穴掘って魔獣を転ばせて怪我させたり生き埋めにしたり、結構戦えるみたいだよ。
それとこの恵獣は特別な力があるみたいで、畑作りや栽培が得意みたいだね。
頭に生やしてるのも自分で育てたお気に入りの花みたいだよ』
「畑!? モグラが!?
い、いや、この極寒の地で畑は無理があるんじゃ……?」
あまりのことに驚いた俺が思わずそんな声を上げるとモグラは、半目となって分かってないなぁという顔をし、それから自分達の力をジュイジュイと語り始めるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はモグラについてとなります






