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おまけの、おまけ 騎士団長嫡男 パット・ロス



 


「自己満足の謝罪に価値なんか、ないだろ」


 ぷい、と横を向いたその少年の頭が、横にいた保護者によって殴られた。

 椅子から転げ落ち頭を抑える少年に向けて、殴った男が吐き捨てた。


「謝罪に来てくれたご令嬢に対して、なんたる言葉をいうのだ。お前という奴はどこまで腐ってしまったんだ」


 思いもしなかった事の成り行きに、リア・デールは身体がカタカタ震えるのを止められなかった。

 それでも、これだけは伝えなければと懸命に口を出した。


「あの…、ロス騎士団長。すべてはわたくしが悪かったのです。ご子息にはわたくしの謝罪を受け入れない権利があるのだと、わたくしは知っております。『一生許して戴けないこともある』わたくしは、それだけのことをしてしまったのだということも、肝に銘じております。それを謝罪に来ているのです。ですからどうか、ご子息をお叱りになるのはお止めくださいませ」


 顔色をなくしながらも胸の前で両手を合わせて訴える美しい少女の健気な姿に、男所帯のロス家の家長は、すっかりやられてしまったようだった。

「なんと! 世に聞く評判とは裏腹に、なんと健気で正しい心根の持ち主だろうか。リア・デール侯爵令嬢。愚息が心労を掛けたようですまない」


 リア・デール侯爵令嬢に向かって謝罪の言葉を口にする父親の後ろ姿に、パットは遣る瀬無い気持ちでいっぱいになった。見ている事すらできず、つい俯く。



『乗馬の練習はポニーから』

『騎士見習いになる前の子供は木剣で練習する』


 師事を仰いだ父親から言われた言葉の通りに、パットはよく努め研鑽を重ねて過ごしてきたというのに。

 あの日、お茶会の席で他の令息との会話に彼女が割り込んできて、それは悪夢の記憶となった。


「あら。乗馬ですって? ポニーでどこまで遠乗りされたというのかしら」

 それは確かに、少しだけ見栄が入っていた言葉だった。

 遠乗りというほど遠くもなく、領地の中を軽く廻るだけではあった。しかし、背もまだ低い9歳のパットからしたら十分頑張ったといえるものの筈だった。


 それでも、明らかな嘲りの色をのせた言葉に頬が赤く染まっていくのは止められなかった。挙句、目の前の美少女の口は止まることも知らないようだった。


「それに、剣の指導もなにも、木剣でしょう? 子供のごっこ遊びと何処がちがうのかしら」

 くすくすという嫌な笑いが、そこから広がっていく。

 先ほどまで自身が集めていた尊敬の視線が、嘲笑を込めたそれに変わっていくのを肌で感じて、パットは足元がぐずぐずと不安定な物へと変わってしまったようにまっすぐ立っていることができなくなっていた。


「あら。やっぱりご自身でも見栄を張られている自覚はあったのね? ふふ。ポニーに乗って、木の棒を振り回して遊んでいただけだって」


 カッコウワルイ── 誰に面と向かって言われた訳でもないのに、その言葉がパットには聞こえた気がした。


 その日からずっと、パットは部屋から出る事は出来なくなった。



 確かに、見栄を張ったパットが悪い。それはわかっていたけれど。それでも、その位の見栄は誰でも張りたいものではないかと思う。一緒に話していた子息だって同じ程度の見栄を張っていたと思う。それを指摘し合ってもお互いに益はなく、どこまでも他愛のない子供の会話でしかない。


 それを、わざわざ白日の下に曝け出し、笑い者としたリア・デール侯爵令嬢がパットは憎かった。


 それなのに。


 父親に完全に見捨てられたのだと思うと、パットは悔しくて辛くて仕方がなかった。




 その時だった。


 ぱあっとリア・デールの後ろに光が筒状に生まれたと思うと、それが扉の様に開いた。


「改めての先触れも出さず、このような訪問になって申し訳ありません。約束の時間に大幅に遅れてリア・デール嬢ひとりの訪問に不安だったもので。失礼します」

 ふわりと人好きのする笑顔を浮かべて謝罪するその人は、輝く金の色をした髪とすべてを見通すような不思議な金色の眼をした美しい少年だった。

 金髪金眼。それはこの国の創造主たる神々の血をひく王族直系の証である。

 王族が何もない筈の空間からいきなり姿を現したその奇跡に、沈んでいたパットの心も興奮する。

 

「ランツ殿下! 驚きました。それは、王宮と繋ぐ扉を開かれる魔法ですか? 素晴らしい! 騎士団の者にも使えますかな。教えて戴くことは可能でしょうか」

 驚嘆の声を上げて歓迎する騎士団長ヒュー・ロスの言葉に、ランツ・アルワースは笑顔で答えた。

「大変申し訳ない。これは座標を定めることで使用が可能となる魔法なので、私が知らない場所にはいけないし、なにより現在はまだ私しか使用できる者はいないのだよ」

「それは残念。しかし、さすがは王太子殿下ですな! 殿下のオリジナル魔法ですか」

 その賛美の言葉を、ランツは軽く受け流した。


「それよりも、リア・デール侯爵令嬢の謝罪はパット殿にどう受け止められたのだろうか」

 その問いに答えたのは、パットでもリアでもなく、部外者ちちおやであるヒュー・ロスだった。

「先ほど十分過ぎる謝罪の言葉を戴きました。あとは私どもで愚息の弱き心を鍛えるのみだと思っております」

 あまりにも自分の心を斟酌しない父親の言に、パットは再びの恥辱に俯いた。


 困惑したままのリアと俯いたままのパットを見比べて、ランツは「ふむ」と口元へ片手をやった。


「パット・ロス殿と話をするのはこれが初めてかと思う。できればふたりで話す時間を戴きたいのだが。いいだろうか」


 王太子殿下のその言葉を拒否できる者はこの場にはいなかった。

 例え、当事者であるパットが心の中でどれだけ嫌だと叫んでいたとしても。





 ふたりが案内されたのは、急遽片されたらしいパットの私室だった。


 綺麗なテーブルと椅子が運び込まれ、それまで部屋を占領していたがらくたと家族から言われる武器防具のレプリカコレクションはどこかに運ばれてしまったらしい。


 部屋に案内したもののどうしたら良いのか途方に暮れたパットは、とりあえず「まずはお席へ」と王太子殿下に向けて勧める。

 しかし、席へ着く前にランツによってぐいっとパットの首元に腕を掛けられた。そのままの状態で勝手に侍女に「お茶の用意をしたら下がってくれるかな。男同士の内緒話がしたいんだ」と王太子がいうと、侍女は少し迷ったものの結局は王太子殿下の求めるままに2つのカップに紅茶を注いで出て行った。

 そうして、その間もずっと首元へ王太子殿下の腕を巻かれたままのパットは、仕立ての良い服から香ってくるのか爽やかな香のかおりに何故か赤くなったり蒼くなったりと脳内で激しく葛藤していた。

 そこへ、内緒話とばかりに小声で囁かれた。

 2人以外には、誰もいない部屋でのそれは滑稽にも見える。

 しかし、その内容にパットは驚いた。


「なぁ、パット。お前ってアレの事が好きなの?」

 悪趣味すぎないか、と訊かれた慌てて首を横に振る。

「そんな訳ないだろ。あんな口の悪い女に、そんなこと思う訳がない」

 なんでそんな話になるんだと敬語も忘れてパットの頭の中は大混乱だ。


「そうなのか? じゃあさ、なんであんな奴のことを頭の中に住まわせているんだ?」

「え?」

 パットは、ランツのその言葉の意味がやっぱりわからなかった。


「だってさ、フツーは心の中に住まわせるのって好きな異性ひとだろ? その人ならこういうかもー、とかこんな顔して笑ってくれるかもって思いながら暮らすものだろ」

 常識の様に話されてパットは困った。好きな異性を持った事など、ない。


「そうなの? 俺、そんなのしたことないから、わかんない」

「してるじゃん。リア・デール嬢、それも最も口の悪かった頃のアイツを頭の中に住まわせているじゃないか」

 ──住まわせては、いるかもしれない。でも、恋とかではない。それだけはパットにも判る。

「恋ってよく知らないんだけど、甘いものなんじゃないのか? 楽しかったり」

 パットの一般的な言葉にランツがニヤリと訳知り顔で口角を上げる。

「ふっ。そうだな、子供向けのお語ではそれで終わりかもしれない。が、実際には(限定版が入手できなくて)泣いたり、(お布施で懐が)苦しかったりするものなんだよ。それでも、頭……心の中に住んでいる愛しい人の笑顔を無視できない。その人の笑顔のためならどんなことでも頑張れる、それが恋だと俺は思っている」

 そのリアルな吐露にパットは自身の事でもないのに胸がどきどきした。

 目の前の、この国で誰よりも高貴で何でもできる男も、そんな恋に苦しんでいるのかと思うと、目の前にいるのが単なる高貴で偉そうにアドバイスをしてくるだけの男ではなく、パットと同じ歳の普通の少年に見えた。


「でも……そうか。頭に住まわせるなら、好きな人、か」

「おぅ。それ以外は止めとけやめとけ。特に、嫌いな奴なんか住まわせてやる事はない」

 その、ついでのように告げられた言葉に、どきりとした。

「これをやったら嫌いな奴がどう言うだろうとか、過去に嫌いな奴に言われた言葉ばっかり頭の中で繰り返して、嫌いな奴に人生を支配させてやるなんてつまらなくないか? どうせなら好きな奴を笑顔にする為にした方がずっといいだろ。ぜったいその方が楽しいし幸せだって!」


 ──絶対にその方が幸せ


 目の前で明るく笑うその人のその言葉は、パットの心にずくんと深く届いた。


(あぁ、そうだ。嫌いな奴に厭味を言われる想像するより、笑顔の人の言葉を思う方が、ずっと楽しい)


「そうだな。本当に、そうだ」

「だろー? 真理だよな」

 うんうんと笑って肩を叩く王太子殿下と一緒に、パットは眩しそうに目を眇めて笑った。


「そんな世界の真理に気が付いたパット・ロス君に良い物をやろう」

 さっと首に掛けられたそれを、パットは手に持って引っ張った。


「ペンダント、ですか?」

 首に掛けられた革紐の先につけられているのは陶器製の白い物。手に持った拍子に中に入っているものがカロカロと微かに軽やかな音を立てた。


「これはこうやって使うんだ」

 ニヤリと笑ったランツが同じ物を唇に当てたと思うと思いっきりそれを吹いた。


 ピィィイィィィ!!

『ハイ! リアが悪かったです! 気を付けます!!』


 遠くで、憎っくきリア・デールが謝罪する声がして、パットは呆気に取られた。


「おもしろいだろ? これは教育的指導笛だ。リア・デール嬢にはこの音を聞くと直立不動になって自らの行いを顧みるように躾けてある」

 信じられないような言葉を告げられて、パットは反応できなかった。

 首に掛けられた教育的指導笛をまじまじを見つめる。

「口に含むように咥えて一気に息を吹き込めば音がするようになっている」

 言われた通りに機械的に動いた。


 ピィィイィィィ!!

『ハイ! リアが悪かったです! 反省します!! 気を付けます!!!!』


 自分がやっても同じような声が返ってきてパットは笑ってしまった。

「なんだあれ。何を必死になって謝ってるんだか」

 あはあはと腹を抱えて一頻り笑う。

 そこに、ランツの声が掛かった。


「……あれでもな、リア嬢は変わろうとしているんだ」

 その言葉にパットは笑うことを止めた。

 そっと窺い見上げた顔は、先ほどまでの悪戯めいたものではなく、どこまでも静かだった。

 パットは、ランツから言われた言葉をじっくりと頭の中で繰り返した。

 でも、あの女がそんな簡単に矯正できると思わなかった。先ほど受けた謝罪も、やはり口先だけのような気がする。


「子供は教えられた通りにしか育たない。中には反面教師にして自ら正しい道を見つけることが出来る稀有な存在もある。しかしほとんどの場合は自分が周囲を見て学習した通りの表情と言葉を使っていくものだ。一度身にについてしまったそれを自分で自覚して直そうと思える者は少なく、修正するのはもっと難しいことだと思う。それでも直していきたいと望む者に手を差し伸べてはくれないだろうか」


 言われた言葉の意味はわかる気がした。

 それでもどうしてもそんな簡単に頷くこともできなかった。

 王族、それも王太子殿下の願いにすぐに頷けない自分は臣下失格かもしれないとは思ったものの、パットは視線を逸らしながらその依頼を拒否した。


「自分は、そんな聖人君子には、なれません」

「聖人君子になんかならなくていいさ。大体、笛で令嬢を躾けようとしてるんだぞ。馬鹿犬の躾扱いだろ、これ」

「ばかいぬ」

 そのあまりの言い草に、パットはぶふっと吹き出した。


「そうさ。馬鹿犬だ。でもこの馬鹿犬は、ちゃんと自分を躾し直して欲しいと願っている」

「……侯爵家のご令嬢を馬鹿犬呼ばわりされるのは、いくら王太子殿下でもあまりよくないのでは?」

「本人にも言ってる。今更だ」

 今更なんだ、と呟いたパットにランツは面白そうないたずらっ子のような顔をした。


「あの最悪な馬鹿犬の躾なんてできないと思ってるのかもしれない。新しく賢い犬を飼えばいいと思っているかもしれないが、それはいつでもできることだろ? なら今でなくてもいいと思うんだ。変わりたいと思うことをアイツが諦めてしまってからでいいかなと」


 その言葉に、ハッとした。


 リア・デールに引き摺られるようにして周囲から浴びせられた嘲笑に傷ついて部屋に閉じこもっていた時、何度も部屋の外から聞こえてきた「あいつはもう駄目だ」という言葉。

 それは父だったり親戚の者の声だったりしたけれど、諦めの色が強いその言葉が聞こえてくる度に傷ついた。

 諦められる辛さは知っている。


「諦めて捨てるのは簡単だ。でも、そんなことばかり選択していたらどうする? 私が王位を継いだ時、率いる貴族が誰もいないなんてことになってしまうではないか!」

「それは……たしかに」

 想像してみて、絶句した。

 投げ捨てることに馴れ、あれもこれも自分の意に染まぬと投げ捨てる王は守る相手も、守ってくれる相手もいなくなるのかもしれない。


「だから、パット・ロス。私を手伝ってくれないだろうか。他の子息令嬢へ被害が及ばないよう彼らを守って欲しいんだ。自分が嫌なことを言われた時だけでなく、誰かに酷い言葉を投げつけているリア・デール嬢を見つけたら、この教育的指導笛を鳴らしてくれるだけでいい。それだけで、アイツは先ほどと同じ状態になる」


 ランツはそう言うと先ほどと同じように笛を強く吹いた。


 ピィィイィィィィィ!

『ハイ! 申し訳ありません。リアが悪かったです! 反省してます!!』


 瞬時に返ってくる反省を述べる言葉に、ふたりは顔を見合わせて笑いだした。


「でも、どうやってあのリア・デール嬢をこれほどまでに躾けることができたのですか?」

 パットが疑問を口にすると、ランツはにやりと笑ってある物をパットに見せた。


「どこからそんなものを…」

 パットが知っている引き寄せの魔法とは格が違う、ここにはない物を魔法で取り出したランツにパットが驚愕した。

 先ほどの瞬間移動もそうだったが、目の前にいるのが未来の王たる特別な存在なのだと、パットは改めて見惚れた。

 魔法だけではない。

 まつりごとに関する手腕についても、目の前の王太子殿下はこの国でリーダーシップを発揮しており、年嵩の貴族達の間でも一目置かれる存在として注目を集めている。

 この人が治める国はどれだけ素晴らしくワクワクするものになっているだろう。そう思わせてくれる人なのだと、パットはその時を想像して胸を高鳴らせた。


 その時。

 ランツは注目を集めるようにその手で振り回し始めた赤いハンマーをいきなりパットに向けて振り下ろしたのだ。

「殿下?!」

 いきなり振るわれた暴力にその名を叫んだ。しかし──


 ぽふんと感じたあまりに軽い衝撃と聞こえてきたその笛のピ! というあまりに軽い音に、パットの目が点になった。


「……これは?」

「教育的指導ハンマーだ。このハンマーの中身は空なんだ。帆布で出来た蛇腹に沿ったバネが衝撃を吸収、中の空気が一気にこの反対側に取り付けてある笛から抜けていく時に、あの笛の音がする」


 ランツが片手で教育的指導ハンマーを反対側の掌に叩く度に、それがピッピッと鳴った。


 蛇腹の内側に仕込んであるバネで戻るだけでなく、笛の横に取り付けられた吸気弁からスムーズに中へと空気が取り込まれることで連続での使用が可能にしてあると自慢げに語るランツに、パットは感心することしきりだった。


 そうして、さらに続けられたその言葉にパットは大きく目を見張った。


「これで、リア・デール嬢が馬鹿な事を言う度に叩きまくった」


 ビッと片手で振りかぶったランツと、口を大きく開けてそれを見つめるパット。


「更に」

「まだあるんですか?!」


 にやりと笑ったランツは今度はパットの胸元へ自ら掛けたそれを手に持った。


「これと同じものを、デール侯爵家の使用人達にばら撒いて、『嫌なことを言われた時は遠慮なく吹け』と私の名の下で指示を出した。更にさらに、他の嫌がらせを受けていたご令嬢にもばら撒いて同じことをお願いしてみた」

「使用人たちや他のご令嬢たちからの指導を受け入れたんですか?! ……その成果が、先ほどのリア・デール侯爵令嬢の反応ですか」


 プライドだけは誰よりも高かったリア・デール侯爵令嬢が、使用人や他の馬鹿にしていたであろう令嬢達からの指導を受け、それを受け入れる。


 それが示すことの意味が判らない程、パットは頭が廻らない訳でも狭量でもなかった。


 悪戯を共有するように二人は視線を交わす。

 そうして、ふたりはまた笑いだした。


「手伝ってくれないか。他の子息令嬢を守るだけでなく、なにより私の未来の為に」

 にやりとわざとらしく傲慢不遜な物言いをするランツに、パットはもう一つだけ質問することにした。

「俺は一生あの女を、リア・デールの事を許さないかもしれませんし、認めずに笛を吹き続けるかもしれませんよ? ……嫌がらせで吹き続けるかもしれない。それでも、俺にこの笛を渡しますか?」

 笛の音を聞くだけで条件反射的に直立不動にさせることができる。

 その状態は、つまりは無防備ということだ。

 後ろから殴り掛かることだって簡単だろう。

 そう言外に含んで、パットはランツの目を見つめた。


「騎士になりたいパット・ロス殿が、反省中のご令嬢に対して、どんな類のことであろうと不埒な真似をするとも思えないのだが」

「?! だ、誰が不埒な真似などを!! 俺は闇討ちされても知らないぞ、と言っただけです」

 真っ赤になって反論するパットを、ランツは笑って宥める。

「おぉ、そうだったか。それは失礼した。…でもさ、闇討ちだって褒められたことじゃないぞ?」

 くすくすと笑いながら指摘されて、パットはむくれた。


「失礼。私はパット・ロス殿と話すのはこれが初めてだが、ロス騎士団長の為人は知っている。そのご子息がそんな不名誉な行為を取るとは思っていない」

 その言葉に、パットは胸が温かくなる。

「それと、もう一つだけ付け加えておくことがある」

 そこまでいうと、ランツは言葉を止めて、パットが視線を合わせるのを待った。


「私は、パット殿にリア・デール嬢の躾の手伝いをして欲しいと願っているのであって、リア・デール嬢のしたことを許してやって欲しいとは思っていない」

 ひゅっ。

 あまりに意外な言葉に、パットの喉の奥から言葉にならない音が漏れた。


「パット殿が許すかどうかは、本人が納得できた時にご自分で判断されるのがいいと思う。

言葉での謝罪には限界があるからね」


 このふたりだけの話し合いは、ランツ王太子殿下によるリア・デール侯爵令嬢への取りなしの為に行われているのだと、パットは今の今まで思っていた。

 それなのに、ランツは許さなくてもいいと言い、直そうという努力の手伝いをして、他の令嬢令息を守り助けて欲しいという。


 その言葉は、己の卑屈さに鬱屈し俯くパットに顔を上げさせ、昏く落ち込む心を引き上げた。

 この人の後ろを着いていけば大丈夫。

 そんな気持ちになったけれど素直にそれを口にするのは照れ臭いから。

 パットはわざとらしいほど大仰に腰に手を当て背を逸らしてランツの要請に応えた。


「仕方がありませんね。この国の未来の王たる王太子殿下がどうしても俺の力が借りたいというなら受けて差し上げましょう」


「あぁ、よろしく頼むよ」

 差し出された手は、ほっそりと白かった。

 それでも、誰よりも、これからの自分がついていきたいと思った人の手だった。


(そうだ。心の中に住まわせるなら、何も好きな異性である必要はない。いつか主として戴く未来の王の姿でも良いに違いない)


 この方が統べる国で、もっとも心近くある臣下でありたい。

 パットはそう思えたこの出会いに、感謝した。





他にもいっぱいランツのセリフの後ろや前に()を付けたかったけど

あまりにもうざいので止めました(自重


傷つけられた令嬢子息への救済がないなーと頑張って考えて

おまけの聖女話を書いたのに、その後になって頭の中でこれが流れてきて

『勝手に余計なことを書くな』と自分に言われている気分になりました (=_=



※誤字といいますか、訂正を戴きました~

 セリフだったので省略表現をしたのですが、違和感があるようなので

 ちょっと長くなりますが文を変えてみました。

 報告ありがとうございました~!

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