想いなんて夏の空に溶けていったらいいのに 9
本当にヤバい!!タダがとんでもなく肉食っぽい女の人たちに捕まった!
両腕をがっちり取られたタダが、体をよじって店内の私を目で探し何か言っている。どうしよう!
あ、でも連れて行かる!どうしよう!!周りの子たちもザワザワと、でもその光景を見守るだけだ。
ヒロちゃん!ヒロちゃんに知らせないと!私だけじゃどうにも出来ないよ!
タダがあのガタイの良いオレンジビキニの双子に、無理矢理抱き締められたり、無理矢理顔中舐めまくられるようにキスされまくったり、無理矢理体中をまさぐられたり、無理矢理もっとなんかすごい事をされるところを頭の中でグルグルと想像しながら、息を切らし走って休憩場所へ戻ると、ヒロちゃんとユキちゃんはスマホでお互いを撮り合ってるところだった。
呑気だな!ていうか私がいない間に、そしてタダがオレンジビキニに襲われている間に、ずいぶんラブ度が増したな…
それでもヒロちゃんに慌てて事情を説明する。が、ヒロちゃんもユキちゃんもすぐに事情が呑み込めなくてぽかん、としている。
「ガタイの良い双子?」とヒロちゃんが聞く。「女の?何歳くらい?」
「もう!そんなの今いいじゃん!タダが変な事されるかも!ねえ!」
「変な事って…」とヒロちゃんは苦笑する。「女だろ?ただの逆ナンじゃねえの?」
もう…あのやたらガタイが良過ぎで、そしてツインテールと超ビキニのインパクトを見てないから…
「もう!すごい双子なんだって!」
「いやそれはわかったけど」とヒロちゃんはまだ笑っている。
「ヒロちゃんタダが連れてかれてなんかされちゃうよ!いいから早く見に言って来て!」
焦る私にユキちゃんが、「早く行った方がいいよ」と口添えしてくれて、やっと、ふん?とヒロちゃんが言いかけたところへザッ、ザッ、ザッ、ザッ、と巨大生物が砂を踏みしめる音とともにタダが戻って来た。オレンジ超ビキニの双子の姉妹を引き連れてだ。双子の一人は自分の体と同じくらいの分量の黒いネットを、そしてもう一人は2本の長い鉄の棒を抱えていた。
「お~~…」とヒロちゃんも実物を見て言葉を失う。「今ユズがえらい心配しとったんだけど、お前がどっか連れて行かれたつって」
私たちのそばに場所を取っていた人たちも双子のインパクトにザワザワし始める。
「そう?」と、なんだかちょっと照れた感じの嬉しそうなタダ。「大島、オレからずっと離れようとしてたから、オレが話しかけられた隙にとうとういなくなったって思ってたんだけど」
そしてタダがヒロちゃんに言った。「この人たち、オレとお前相手にビーチボールの試合やりたいつってんだけど」
ビーチバレー?
ヒロちゃんがユキちゃんと顔を見合わせる。
「へ?なに?」とヒロちゃん。「ビーチ…?」
「「ビーチバレーだよ」」と双子が野太い声で言うとヒロちゃんがちょっとビクッとした。
そのヒロちゃんの両肩を、タダにしていたように双子ががっしりと掴む。
「「お前もイイ体してんじゃん。ちょうどいいわすげえちょうどいい。な?ホラさっさと用意しろ」」
タダはいつもと変わらない様子で、ちゃんと4人分の昼ご飯も持って帰って来てくれていた。
が、その買って来てくれた焼きそばはそこに置いたまま、ヒロちゃんとタダはオレンジの双子姉妹に誘われるがまま歩き出す。
「ヒロト!」とユキちゃんがヒロちゃんを呼び止めた。
ユキちゃんを振り返って親指を立てた拳を突き出すヒロちゃん。ユキちゃんはパパパッと持って来ていたビニルバッグに私たちの貴重品だけつめると、私たちも行こう、と言う。タダがどこかへ連れて行かれたんじゃなかった安心感と、そしてわけのわからない展開に、あっけに取れたていた私はユキちゃんの後をただついて行くだけだ。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、と、オレンジ姉妹が先頭に立ったまま私たちは少し歩き、人がまばらな砂地まで行くと、双子は恐ろしく手早く棒を立てネットを張り、そばに落ちていた流木で正確にコートを引いた。その間周りの大きめの石や貝殻流れ着いた瓶の欠片を片付けるヒロちゃんとタダ。そして姉妹の片方がビキニとたわわなおっぱいの間から取り出したペラッとしたものの端に口を付けると、ぷううっと一瞬でそれはパツンパツンのビーチボールになり、双子のもう片方がおっぱいの間から取り出した笛を吹き戦いがはじまった。
すご…
それはもう最初の一投から遊びではなく試合そのもの、作り物の、動きをデフォルメされた映像のように、4人はボールを追うために大きく飛び、高く跳ね、素早く走り、美しく転んで戦った。あっと言う間にギャラリーは増え、気付けばこの海水浴場にいる大半が集まっているんじゃないかっていう程。エプロン姿の海の家の人たちまで見学に来ていた。
そのギャラリーから、きゃああ、きゃああ、と黄色い歓声が飛び交う。
オレンジ姉妹の強さは圧倒的だった。たぶん本当にオリンピックとかを目指しているアスリートなんだと思う。その飛び、跳ね、ボールに食らいつく激しさは尋常じゃない。がっちりした体つきなのに、そのしなやかさ、その俊敏さ、動きの華麗さ…CG制作されたサイボーグの映像のようだった。二人がクローンのように全く同じに見えるので、なおさらそう感じてしまった。
でも…
カッコいい!ヒロちゃんがカッコいい!
ヒロちゃん、今まででいちばんカッコいい!
小学からずっと走るの早かったし、短距離も長距離もいつも1位だった。中学のハンドボール部でも活躍してたけれど、今目の前でボールを追うヒロちゃん、すごい跳躍を見せるヒロちゃん、転んでも優美な受け身を見せるヒロちゃん、タダが上げたボールを高い位置からオレンジ姉妹に叩きつけるヒロちゃん!
海パンだけのヒロちゃんの体の綺麗さ!もうメチャクチャかっこいい!好き!好きヒロちゃん!大好きっ!
スマホでパシャパシャと写真を何回も撮っていると、すぐそばで同じようにユキちゃんも撮っている。
でも、と私は思うのだ。ヒロちゃんは私が好きな子だから。私が小学からずうっと大好きな子なんだから。
「すごいね!」とユキちゃんが私に言う。「ヒロトすごいカッコいい!ね?…あ、タダ君もカッコいいけど」
「うん…」と一瞬迷ったが私はハッキリと言う事にした。「ヒロちゃんはカッコいいよ。むかしからずっとすごくカッコいいの。小1の時に最初会った頃からずううっと一番カッコいい良いよ」
「…え」ユキちゃんがちょっとビックリしている。
私は勢いで続けた。「誰よりも一番、いつでも一番カッコいいんだよ。…私は…私はずっと…ずっとヒロちゃん見て来たから。ヒロちゃんが一番カッコいい事、私が一番よく知ってるから!」
言いながらカッコ悪いな私、と思うのだ。そばにいてそんな風にヒロちゃんを見ていても実際告ったら速攻で振られたのに、今ヒロちゃんがすごく意識しているユキちゃんに嫉妬してみっともない。
でもしょうがなかったのだ。嬉しそうにヒロちゃんを褒めるユキちゃんにすごくムカついたから。だって本当に、私の方がずっと長くずっとたくさん、ずっとヒロちゃんをそばで見てきたのに。
ユキちゃんが静かに言った。「…そうだったんだ…そっか…私…」
ギャラリーの歓声が飛び交う中、ユキちゃんの声はかき消された。




