想いなんて夏の空に溶けていったらいいのに 6
「ユズ!」
ヒロちゃんが不意に私を呼んだ。
「なに?」
「ユズも行こう」
私も!?私にも声をかけてくれた!
いや、でもここは遠慮して二人で行かせて上げた方が良いのはわかる。
が、「ユズ!」ともう一度はっきりとヒロちゃんに呼ばれた。「ちょい、あの岩場の方行ってみよ」
「え?」岩場?
「カニがいるか見に行こ」とヒロちゃん。
カニ!?
「カニ?」とユキちゃんが聞く。
そりゃ聞くよね。せっかく好きな人と海に来て、海に入ろうって腕まで掴んで誘ってんのに、高1の男子がカニって。
「タダ、」とヒロちゃんが言う。「ちょっとユキと海入って来て」
「オレ!?」タダもちょっとビックリしている。
うなずいたヒロちゃんが言った。「オレはユズとカニ捕まえる」
ヒロちゃんがユキちゃんから離れ、私のパーカーの袖を掴んで引っ張り、私たちは少し離れた岩場へ向かった。
ヒロちゃんが私を呼んで、私を連れて来てくれた。
ユキちゃんがいるのに。ユキちゃんが誘っていたのに。しかもそのユキちゃんをタダに押し付けて。
今、岩場に二人きり。
…どうしよう…すごく嬉しい!カニは微妙だけど、すごく嬉しい。どうしようどうしよう、顔がニヤける顔が…
「ユズ…どうしよう…」
真面目な顔のヒロちゃんが思いつめたように言った。
「…どうしたの?」
「ユズ…どうしよう…ユキがちゃんと見れん」
「…」は?
「なんか…すげえ恥ずかしくて、もう腕とか触られたら、さっき…おお~~ってなってマズかったマジやばい」
「…」
「どうしよう。意識し過ぎてオレ挙動不審になる」
「…」
…それでか!
それで私を急にこんな所へ連れてきたか…カニとか…高校生なのに…むかし小学校の裏の小さな川でザリガニ釣った事も思い出してほっこりしかけてた私に…
最低!
ヒロちゃん最低!もうっ!…すごいドキドキしたのに、やっぱりヒロちゃん私の事をって思ったのに!巨大過ぎるぬか喜び。
「やっぱしょっぱな海はまずかったわ」とヒロちゃんが言う。「まだ普通のデートもした事なかったのに、いきなり海はヤベぇよな…」
知らねえよ!と心の底から突っ込みを入れたいが声には出せない。
「アレは下着と一緒だよな?」と照れたヒロちゃん。「ちょっと動いたら腹も見えてたし」
もっとド派手な水着のお姉さん達いたじゃん。背中や腰脇もひものビキニを着た、あんたも好きな巨乳のお姉さんだっていたじゃん!
くそっ!私の気も知らないで。
…いや、知ってて、もうあれから私が好きとか言わないからほとぼり冷めたと思ってんじゃないのこの人。
ジャッ!とパーカーのジッパーを下ろす私。こうなったらもう私もパーカーを脱ぐ!そしてできるだけ胸を張ってやる。が、ヒロちゃんは残して来たタダとユキちゃんを気にしてそっちをチラチラ見ているのだ。
むなしい。
むなし過ぎる。
「気になるなら早く行っておいでよ」痛む心とは裏腹にプライドをかき集めてヒロちゃんに言った。「タダと二人きりにしてさ、ユキちゃんが他の女の子みたいにタダを好きになったらマズいんじないの?」
「いや、それらならそれで別に」
「は?何言ってんの?ヒロちゃんの事好きって言って来た子なんでしょ?」
「うん、まあ…でも…言っても友達っていうかな?女子だけど気が合うからよく喋って、でもそういう好きとかとは違うなって感じでいたから、海行こう!って元気よく言われて、まあユキとならおもしれえかなって思って、でもやっぱ水着姿見たら急に意識してきたオレ。今までエロい目で見た事とかなかったんだけど、その分急に来た」
あ~~なんかタダが言ってたよね。『二人きりで水着とか興奮して来てマズい事になったらいけないから絶対オレにも来いって』って。でも結局、私たちが一緒でも意識して来てんじゃん…
バカか!
しかもなぜそれを2回も振った私に言う。デリカシーないんか?
…あ~~でもこれがヒロちゃんだよね、こういう開けっぴろげな所もいいなって思って来たわけだし。…ていうかさ、私の水着姿にはなんにも思わないのか?どんな人をどんなエロい目で見てたんだ?私じゃやっぱ全然ダメなのか!ジッパー下げたのに…脱ぎかけたパーカーのジッパーを上げる。
「あ!ユズも可愛い。似合ってるわ、その姉ちゃんの水着」
取って付けたな。
あ~~~…
私の頭の中からヒロちゃんへの想いが全部、すううっと抜けてポ~~ンと飛んで遊泳区域よりもっと遠くの海にポチャ~~ンと落ちて沈んでいけばいいのに。
「ねえ、ヒロちゃん。ユキちゃんタダと海の中行っちゃうかもよ?ほんとにいいの?」
何とか望みをかけてカマをかけるように言ってみる。
「や~~…なんつうか、オレとタダがいたら、普通、女子だったらタダと行きてえだろ。それだったら逆に安心するっつか…」
「はあ!?」
…と、大きな声出したから驚いたヒロちゃんがちょっと身を引いた。
「私!私だってヒロちゃんの事好きだって言ったじゃん!私だってあの時本気で告ったんだよ!ユキちゃんだってヒロちゃんと一緒に来たいと思ってここに来てんのに!」
なぜ私はユキちゃんの味方をし始めた…もう…
さっさとタダに取られてしまえ!もう知らんからな。
「でもタダは」とヒロちゃんが私の目を見ながら言う。
何だよ?タダは何だよ?と睨んだらこう続けた。「ユズをずっと好きだもんな」
「はあ!?」
また私の大きい声にヒロちゃんがビクッとする。
「何言い出してんのヒロちゃん」
「ユズ全然気付かねえの?」
「何言ってんの?…タダが言ったの?」
「言ってはねえけど」
「言ってないんじゃん!」っとにもう!
「ユズ見る時はいつも優しい顔してんのわかんねえの?やたらモテんのに他の女子とはあんま話さなくてもユズとは普通に喋んだろ」
「それは私がヒロちゃんの近くにいたからでしょ?」
タッ、タッ、タッ、と砂をかける音がした。ユキちゃんが走って来たのだ。
「私も!」と、おへその見え隠れするユキちゃんが言う。「私もカニ見つけたい!」
ヒロちゃんが、おおっ、って顔をして、私もズキン、と胸が痛い。笑顔が引きつりそうだ。ユキちゃんの後ろの方を見ると、タダがぽつんと休憩所に腰をおろしている。
どうしよう…私は邪魔だ、なんて言ってここから離れたらいい?
「私!」と二人に言った声が力み過ぎてるのが自分でもわかる。「私、なんか喉乾いてきたから戻る!」
「あ~~」とヒロちゃん。「じゃあオレも行く」
バカじゃん!!
さっきは嬉しかったけど、ユキちゃんを意識して私にそう言っているのがわかった今は全然!嬉しくない。逆に凄く腹立つ。
「あの、でもね」とユキちゃんが言いにくそうに言った。「タダ君がユズちゃんに帰ってくるように言ってって」
タダのいる方をもう一度見ると手まねきしていた。




