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いま一度、君に出逢って  作者: 日ノ宮九条
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宝暦543年12月30日【エルフィエラ】ノアール


明日。僕は処刑される。

でも、僕は……。


ーーー全てを、知ったから。


ーーーあの日。

ユーリスが僕の元へやってきた、四日前のあの日。

僕は、全ての真実を知った。

彼女ーーー僕の元婚約者、クローディアの日記によって。



********************



「……本……?いや……日記……?」

「はい。……この日記が、誰のものなのか。あなたならこの『色』で、お分かりでしょう」


ユーリスのその言葉に、僕は心臓が騒ぎ出すのを感じた。


ーーー青。

海のような、青。

その色が最も似合う人間は、一人しか知らない。


「クロー……ディア」


僕の、元婚約者の女。

ーーー僕が、処刑(・・)を命じた女。


「な……んで、今更。こんな、ものっ!!僕には必要ない!!あの女の、ことなどっ……!!」


ーーーあの女は、エリシュカを手酷くいじめていたのだ。

今の僕に、エリシュカへの愛情はないとしても、あんな高慢ちきな女を愛することなどあり得ない。

父親である公爵の地位を利用して身分の低かったエリシュカの命まで狙った女など、今のエリシュカの同類のようなものだ。


「クローディアは最低な女だった!僕の妃の地位が欲しくて、エリシュカを貶めようとしたな!そのことはあの女の友人だった令嬢たちが証言しているんだ。間違えなどあるはずがない!」

「……それでも。あなたがそう思っていたのだとしても。この日記を読んでみてはくださいませんか、陛下……」

「な……に……?」


ーーーなぜ。

なぜ、そんな顔で。

なぜ、そんな仰願するように。

わけのわからない気持ちを抱えたまま、僕は差し出された日記へ、手を伸ばした。


「……宝暦、533年……」


宝暦533年4月3日、晴れ。

私に、年下の婚約者ができた。

御歳四歳にならせられる、この国の皇太子様。

私より、三つ年下のその方はとても可愛らしい方でした。

綺麗な白銀の髪に、翡翠の瞳。

まるで御伽噺に出てくる王子様のよう。

どうやら私はあなたに一目惚れしてしまったようです。

クローディアはあなたのような素敵な方と婚約できて、幸せです。


宝暦533年4月4日、晴れ。

私の婚約者、ノアール様はとても優しい方。

私に、王城の庭でお花でできた冠を作ってくださいました。

それをちょっぴり拗ねたようにお渡しくださった姿は、とっても可愛らしく、カッコ良かったです。

ぶっきらぼうな物言いも、多分気恥ずかしさを隠すためなんでしょうね。

私はそんなノアール様が大好きです。


「……宝暦533年12月10日……」


宝暦533年12月10日、雪。

今日はノアール様のお誕生日です。

私の誕生日は1月ですから、少しの間ですが、私とノアール様の歳の差は2歳。ちょっぴり近づいたようで、嬉しいです。

お城のパーティーはとっても豪華で、いろいろな方とおしゃべりできて楽しかったです。

伯爵家のご子息の方とお話しさせていただいていた時、ノアール様が突然、怒った顔をされて私の元へいらっしゃいました。

そうして私をバルコニーへ連れ出され、私に、小さな月の形のネックレスをくださいました。

今日はノアール様のお誕生日なのに、私がプレゼントをもらってしまいました。

でもとても嬉しかったです。有難うございます、ノアール様。一生大事にしますね。


「宝暦、534年……」


宝暦534年1月17日、雪。

今日は私の誕生日です。

ノアール様とまた歳が離れてしまって、少し残念。

でも、ノアール様は私に、今度は星の形のネックレスをくださいました。

ノアール様のお誕生日の時にくださったものと重ねてつけるものだそうです。

そのネックレスをくださった時、ノアール様は「お前は僕の妃になるんだ。だから、僕のために、ずっと今日みたいに着飾って綺麗でいるんだぞ」とおっしゃいました。

照れたノアール様はとても可愛らしくて、今までの贈り物の中で一番嬉しかったです。

私、ノアール様のお嫁さんになるために頑張りますから、ずっとそばに置いてくださいね、ノアール様。


宝暦534年1月18日、晴れ。

今日は王宮で、ノアール様とランチをしました。

寒いので、ピクニックはできませんでしたが、室内温室はたくさんのお花が咲いていて、とても綺麗でした。

私の手作り料理、失敗してしまったのに、不味いとおっしゃいながらも全部食べてくださいましたね。

私、すっごく嬉しかったです。

優しくて、とっても素敵な、私の婚約者。

これからも、クローディアと遊んでください。


宝暦534年1月19日、雨。

今日、私のお母様が事故で亡くなられました。

突然のことで呆然としていた私の側に、ノアール様は何も言わずにずっと居てくれました。

ノアール様。本当に、優しい方。あなたはやはり、王にふさわしい方。


「っ……宝暦、539年……」


宝暦539年5月9日、曇り。

近頃、ノアール様は男爵令嬢のエリシュカ様を寵愛されているようです。

宰相様や王弟殿下はそのことでノアール様を御諌めなさっていると聞きます。

……もしも。ノアール様が望まれるのならば。私は身を引きましょう。

もちろん、嫉妬の感情がないわけではありません。

だけれど。

ノアール様が、エリシュカ様が一番とおっしゃるのならば。

私は、ノアール様の笑顔が一番大好きですから。

ノアール様が幸せなら、私も幸せです。


「……宝暦540年……」


宝暦540年3月15日、雨。

ノアール様は相変わらず、エリシュカ様と仲がよろしいご様子。……残念ながら、私はノアール様に嫌われてしまっているようです。

私は、それでもいい。ノアール様にどう思われようと、私はあの方を愛しています。ただ、そばで見守っているだけでもいいのです。

けれど、ノアール様は最近、エリシュカ様にたくさんの高価な贈り物をして、宰相様たちに叱られていらっしゃいます。

宰相様たちも、必死なのでしょう。

ノアール様は優しく、王にふさわしいお方。

宰相様たちが一番、あの方が王になられることを待ち望んでいらっしゃるのですから。

私も、もちろん。

ノアール様が王になられるのを、心から楽しみにしております。

たとえ、あの方のお側で、それを支えることができないとしても。

だから、ちょっとだけでも、宰相様たちの言葉にも耳を貸して差し上げてくださいね。

クローディアは、ノアール様が幸せでいてくださるだけで、十分です。

最近、国王陛下が御倒れになられたそうです。

ノアール様も、お体には気をつけてくださいね。


「……宝暦……」


宝暦540年6月5日、曇り。

一昨日国王陛下がお亡くなりになりました。

そして、昨日の戴冠式の前日パーティーで、私はノアール様たちから断罪されました。

どうやら、私はエリシュカ様を殺害しようとした罪に問われているようです。

私のお友達は皆、私がやったとおっしゃいました。

私は、断固としてやっておりません。……けれど、私を見るノアール様の瞳で分かりました。

……私は、この方から必要とされていない。

この方が自ら、幸せを手になさるには、私は邪魔な存在なのだと。

私は断じて罪など犯しておりません。

だからこそ。

私は祈りましょう。

……あの方に、ノアール様へ罪の報いがかかりませんように。

ノアール様が、無実の私を罰することで、神の裁きを受けませんように。

私が無実であることを、ノアール様にわかってもらえないことは少し悲しいですが、それでも私はノアール様のことが、大好きだから。


「……っ……!」


宝暦540年6月7日、雨。

今日は、私の人生、最期の日です。

もしも、この日記を見つけられた方は、決してノアール様に見られぬよう、焼いてください。くれぐれも、宜しくお願い致します。


……ノアール様。

私は、あなたを愛しています。

今でも、これからも、ずっと。

あなたが、もはや私を愛していないとしても。

あなたと過ごした日々は、私にとって、何にも変えがたい、大切な宝物でした。

あなたは、私に、たくさんの幸福をくださいました。

私は、ノアール様のぶっきらぼうなお顔も、照れたような笑顔も、何もかも大好きです。

だから、ノアール様は、誰よりも、世界で一番、幸せになってください。

エリシュカ様と一緒に、これからもずっとずっと笑っていてください。

さようなら、ノアール様。

私の大好きな、私の王子様。

もしも、生まれ変わることができるのならば。

もしも、来世というものが存在しているのならば。

私は、もう一度あなたと出会いたいです。

愛されなくてもいい。

あなたの側に居られるだけで、私は幸せです。

再び、私はあなたの側で生きたい。


私は、この世界に生まれて。

あなたと出会って。

クローディアは、最高に幸せな人生でした。


「……あ、あ」


ーーーノアール様!


「な、んで。こん、な……」


ーーーノアール様、笑ってください。


「う、あ……」


ーーーノアール様。クローディアはあなたが大好きです。


「う、ぁああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」


なぜ、気がつかなかったのか。


「うっ、ああっ、クロー、ディアっ!!」


こんなににも、愛されていたというのに。


「ぼ、くは」


間違えていたのは、僕だったのだ。

こんなににも、愛してくれた人を。


「クローディア……っ!僕はっ……なんて、ことを……っ」


ーーーああ。

なぜ、気がつかなかったのだろう。

僕が欲しかったものは、すぐ近くにあったというのに。


「ぼく、は。愛されて、いたのか……っ」


僕は、何一つ気がついてはいなかった。

クローディアの深い愛にも。

ユーリスたちが僕を必死に諌めてくれたことにも。

僕が、望まれて王になったことも。


「……い」


それなのに、僕は。

勝手に勘違いして。

道を踏み間違えて。

誰の言葉にも耳を貸さないまま。


「……めん……いっ……」


僕は、取り返しのつかないことをした。

きっと、この罪は、償えない。

ああ、僕は、なんて愚かだったんだろう。


「……ごめん、なさいっ……!!」


ーーーその日。

僕は生まれて初めて。

声を上げて泣いた。


青い、世界で最もクローディアが似合った「青」の日記を、胸に抱いて。


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