48話
あの方は気高く美しい。
艶のある黒髪、通った鼻筋、細く白い首、その他パーツひとつひとつが、そしてその所作も美しい。友人も多く、勉強もでき、スポーツもできる優等生。非の打ち所がないとはこのこと。
だけどなぜだろう、もしあの方を動物に例えるなら、白鳥や孔雀などではなく、鷹や鷲、隼といった猛禽類が真っ先に思いつく。あんなにも可憐なのに。あんなにも端麗なのに。自分の目が、脳がおかしいのだろうか? だがしかし、猛禽類もその気高く豪胆な佇まいは、目を惹くものがある。それならば良し。
私、ウルスラ・アウアースバルトにとって、ひとつ学年が上の『あの方』は、目で追うだけの存在であった。声をかけるなんてそんな。でも誰が声をかけても、名前を知っていてくれていて、気さくに返してくれるというのは有名な話だ。記憶力もすごい。さらにあの方の生態が埋まっていく。
ならば勇気を出して声をかけてみたい。朝、いいことがあったら、例えば、アラームの前に起きられたら。割った卵に黄身が二つ入っていたら。沸かしたお湯の量が、飲みたいコーヒーの量にちょうどよかったら。そんなちょっとしたことで気分が上がったら、声をかけてみようと思う。
だが現実は非情で、いつも三、四度目のアラームで起き、割れた殻が入り、お湯の量が多すぎて少し薄いコーヒーになる。決心さえもさせてくれない神様のせいにする。私が意気地無しなのは、神様のせいであって、私のせいではない。
きっと、私が歩けるようになった年齢に、あの方は走っていただろうし、「パパ、ママ」が言えるようになった頃には、きっと割り算とかできていたのだろう。同じスタートラインですらなかった。たくさん食べても太らないだろうし、卵を割れば黄身が四個くらい入っているだろうし、歩けばモーゼの十戒みたいに人が割れる。
ずっと見てきたからわかるが、最近、よりあの方は美しくなったという確信がある。化粧品や食べ物? それともヨガや芸術鑑賞? わからないが、絶対になにかあったはず。唇のツヤも、流した目の艶やかさも、さらに心を惹きつける。誰も気づいていないのだろうか。いや、そんなわけはない。でも、誰も気づかないでいてほしい。
「ウルスラ」
あの方の声で再生される。頑張って近づいた時に、耳を極限まで特化させ、会話から聞こえる言葉を分解し、その四文字を脳裏に焼き付けた。だから間違いない。
「ウルスラ」
耳が焼けるように熱くなる。耳元で囁いて、息を吹きかけて、舌を這わせて、軽く噛んで。そうすれば私に刻み込まれる、私だけのあの方の証。私のDNAがあの方の歯から舌へ、食道へ、そして全身を駆け巡る。それだけで満足できる。本当に? 本当に? 私はそれだけで満足する?
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