335話
不意に背後からそれに応える少女。ユリアーネ・クロイツァー。こちらも同じく従業員。
「シシー・リーフェンシュタールさん。私達の学院の上級生の方です」
それでいてどこか裏のある。でも逆らえない。名前を呼ばれるだけでも緊張する。よくアニーさんは素のままでいられるな、と感心までしてしまう。
自分だったら、緊張してコーヒーをたくさん飲んでしまいそう。見つめられたら、きっと固まって脳も正常に働かないだろうから。
「あんたが自慢げに語ってもね……」
この子も随分と心酔してるな、とカッチャは諦めた。こういう感じの、年下から崇められるような人物。カリスマ性。大丈夫か? と眉間に皺が寄る。
トレンチをぎゅっと握りしめながら、ユリアーネは頷く。
「アニーさんとは特に親しいようですよ。少し嫉妬しちゃいますね」
少し。少しだけ。あの方だから許せるだけ。でも、あまり誘惑はしないでほしい。大丈夫、だとは思うけど。もし。もし誘惑されても。
戻ってきてくれる、と信じているけれども。
「また家まで追いかけてきてほしい?」
その心を透かして読んだのか、ニヤけながらカッチャが見下ろす。『また』とは、以前にアニーが暴走してストーキングまがいのことをした過去があるから。あれはあれで面倒かつ面白かった。またなってほしいとも思わないけど。
絶対に楽しんでる、という確信をユリアーネは持ちつつ、完全には否定しない。
「……まぁ、適度に」
どこかに行ってしまうくらいなら。抉られるくらいに内側に入り込んできてほしい、気もする。ここにいるとどんどん自分が暴かれる。そそくさと仕事に戻った。
その後ろ姿を見つめながら、カッチャはポロッとこぼす。
「はー、仲が良くて羨ましい限りだわ」
「俺としてはあなたとも仲良くしたいね」
「うわっ!」
突然、吐息がかかりそうなほど近い背後から、艶のある声がカッチャの耳に届く。ゾワっと鳥肌が立ち、反射的に振り返った。




