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331話

 なにも見なくとも。調べなくとも。それは頭の中で寸分違わず再現できる。何度も。何度も。並べたから。その輝きは。何カラットの宝石よりも、自分には眩い。


 パチン、と指を弾いてメリッサは破顔する。


「ポール・モーフィーか、いいね。彼の棋譜は全て美しい。彼は最善手よりも美しさを重視していた、気がする」


 棋譜を並べてみると、きっとそうなんだろう、という彼の思惑が見えてくる。数学者が方程式に美しさを見るように。廃墟の写真家がそこに幻想を見るように。そこから香ってくるなにかが心を震わせる。


 一九世紀のアメリカの伝説的チェスプレーヤー、ポール・モーフィー。非常に短い期間でしか活躍はしていないが、主要なヨーロッパのプレーヤーを悉く打ち負かした当時の世界一。


 その彼の、いや、世界で最も有名な棋譜のひとつ。それが『オペラ・ゲーム』。ここにはチェスの全てが詰まっている、と評する者も多く、語り継がれる名勝負。それは一八五八年のこと。


 パリのオペラ座にて、カール公爵とイソアード公爵の二名が相談をしながら、というエキシビションマッチ。もう現在ではあまり使われることのない、フィリドールディフェンスなど、時代を感じる対局でもある。


「気が合うな。俺もだ」


 ◆ビショップa6。迷いを断ち切ったシシーが駒を進める。先が読めない。だから面白い。数手先までは感覚で読める。だが、その先となると靄がかかったように自信がなくなる。あのシュ・シーウェンを相手にした時とはまた違う、底の見えなさ。




 これが。ギリシャの『毒蜂』。ディリティリオーリ・メリッサ。




「ギフトビーネ。キミも心に『蛇』を飼っているのかな?」


 行儀良く座っていることに飽きたのか、メリッサは片足をイスに乗せ始めた。このほうが本来の自分を出せる。気がする。

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