表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
307/337

307話

 盤面を深く覗き込んだまま微動だにしないシシー。時間だけが過ぎていく。


「……」


 もう喋る気力もないか。それでいい。その姿を憮然とした態度でドゥ・ファンは見つめる。一分チェスなどならまだしも、時間は充分過ぎるほどにある。じっくり考え、その中で最善手だと思うものを指していくだけ。


 チェスは楽しく遊ぶべきものだ。楽しいから遊ぶ。こいつはチェスというものを見ていない。たまたま、楽しいという感情を得るための媒介がチェスなだけ。つまり、本気になれていない。


「……リザインしろ。そして——」


「随分と喋るね。それは余裕のなさか?」


 体勢は変えないまま、シシーが言葉を挟む。表情は見えないが、どこか恐ろしさを秘めているような。そんな声色。


 この状況。そんな余裕はないはずなのに。ドゥ・ファンが眉を顰める。


「……なに?」


「あなたが俺より強いのは明白だ。それこそ千回に一回というのは本当だろう。俺だってそれくらいはわかる。世界最強の女性だ。現実的じゃあない」


 そこでようやくシシーは顔を上げる。それはやはり笑みを浮かべていて。盤面の傾きとは真逆なようで。奥深くに闇が潜んでいる。


 胸騒ぎがする。なんだ? なにか見落としている? もう一度駒に目を落とすドゥ・ファンだが、わからない。なにか抜けている?


「……お前はなにを言っている?」


 強がり……にしては奇妙だ。そもそももしなにかあるなら、タイミングもおかしいだろう。言う必要もない。あとは淡々と手を進めていくのみ。なのに。なぜ……?


 耐えられない、とでも言うように、自身の体を抱きながらガタガタと小刻みに震えるシシー。内側にある『なにか』を抑えるのに必死で。もう少し。もう少しだ。もう少しで——


「それじゃあヒントだ。『兵は詭道なり』という言葉があるだろう? 戦いは力のぶつかり合いだけじゃない。騙し打ちが有効ってことさ。勝負は始まる前に九割決まっている」


 孫子の兵法第一章『計篇』より。中国、ということで少しだけわかりやすめに。これで届くだろう。


「……騙し打ち? 負け惜しみか? 実際にお前はこうして——」


 と言ったところでドゥ・ファンは止まる。




 心臓が、強く跳ねる。




 ……待て、騙し打ち、ということはすでに手は打たれている、ということ。すでにそれは『発動している』ということ。だが、こうしてチェスの勝負は始まっていて。しかも変則的なルール。騙すもなにも——


 ふと、ここまで流れを思い出す。ロビーにいたコイツ。グウェンドリンによるルール説明。手番を決めるやり取り。それらが走馬灯のように、雑音を交えて記憶から漏れ出す。




《確認したいこともあったし》


《参加賞は用意してあります》


《検討しますけど、その裁量はこっちで考えます》


《コンピューターで検討した程度だ》


《好きなほうを選べ。あいつとグルになっていると思われてもかなわん》




 もしそうならば。矛盾は、ない。いや、そうであるならば。コイツのこの余裕にも納得がいく。ドゥ・ファンの体が震える。


「……まさか」


 まさか。コイツは。そんな、バカな。


 目を大きく見開き、シシーはタネを明かす。


「気づいたか。そうだ。俺にとっての参加賞。それは『フィッシャーランダムというルール』だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ