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29話

「僕はね、チェスには三種類の戦い方があると思ってる。『攻め』のチェス、『守り』のチェス。あとひとつは『潜伏』のチェス」


 ベルリンのトレプトウ=ケーペニック区にある喫茶店にて、二人の男女がチェスを興じている。カップルというにはあまりに年が離れすぎており、孫というにはあまりにも空気が殺伐としすぎている。アンティークをモチーフとした家具を取り揃えた人気のカフェ。ソファー、イス、テーブル、シャンデリアなど、店主がこだわり抜いたインテリアが売りの人気店だ。


 ポーンをe4に置きながら、男性は諭すように語り出す。何の変哲もない一手ではあるが、この男の『変哲もない』は、変哲がある気がする。寒くなってきた時期だというのに、Tシャツに短パン、申し訳程度に羽織った安物の紺色のジャケット。色々と胡散臭い。


 そんな警戒をしながら、相手のシシー・リーフェンシュタールは初手ポーンe5。あまりにも変哲のない、お互いの一手。ちなみに、別に悪いことは何もしていないのだが、生徒や教師に見つかるとややこしいことになりそうなので、少し変装している。眼鏡も帽子もララの部屋にあるのを適当に借りている。


「潜伏? ひっそりとチェックを狙う、ってことか?」


 対局の形式はブリッツ。手は止めずに定跡をしっかり辿ること。奇をてらって無視しようとする人もいるが、何百年という歳月の研究で、無駄を極限まで削り取って削ぎ取って削ぎ落としていった形こそが『定跡』となる。他のボードゲームでも、この定跡を研究しているか、反射で指せるようになっているかで勝率は大きく変わる。どんな天才でも、一度にひとつの駒を動かすことしかできない。才能よりも努力こそが上へと繋がっている。


 強くなりたいシシーと、強い者を育てたいマスターの間で取り決めたこと、それは『定跡』をしっかりと指せているか、ということを確認しながら、数をこなすこと。ただし、喋ったり、食べたり、飲んだりしながら、なにをしている状態でも指せるようになることだ。ジャンルは違うが、かつてピアニストのリストは、弟子に『他のことをやりながら練習しなさい』と教えたという。脊髄でピアノが弾けるようになることが、彼の教えだった。


「さすがに察しがいいね。日本の将棋にも『詰めろ逃れの詰めろ』という言葉があるんだけど、自身へのチェック消しつつ、同時にチェックをかけるような一手だね。言うまでもないだろうけど」


「それが簡単にできたら苦労しないっての」


 会話しながらもお互いに高速で手を進めていく。


 喫茶店でチェスをやるだけならそれほど珍しくないが、チェスクロックを叩きながらやっているのは中々珍しいらしく、ちょくちょく他の客やウェイターが見ている。だが、どれほどの人間がレベルの高い対局に気付けるのだろうか。イタリアンゲームというオープニングに始まり、ジオッコピアノ、四手目からのジェロームギャンビットと、派生してオープニングが目まぐるしく変わる。高速でチェックメイトまで持っていく激しい流れだ。それを全て反射で行う。

続きが気になった方は、もしよければ、ブックマークとコメントをしていただけると、作者は喜んで小躍りします(しない時もあります)。

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