276話
それを手に取り、ララはキャップを開けたり閉めたり。端をつまんで揺らしてみたり。ハハ、ふにゃふにゃしてる。
「……うーん、ギブアップ。教えて」
が、売ると。売る? 売るの? 今? 私が彼女に? 私物プレゼント、ってSNSで募ってみる? 違うだろうな。なので早めに諦める。
ということで役割交代。ドゥ・ファンが売る側へ。
「早いな。まぁいい、ララ。キミの名前のスペルが知りたい。ここに書いてくれ。今日という日の思い出にしたい」
そう伝えると、またもポケットから小さなメモ帳を取り出す。まっさらなページ。
サインは書き慣れている。フルネームはあまりないけど。快くララは引き受ける。
「いいよ……あっ、書くものがない」
これでは書けない。なにか……血。血? 血で書くのもなぁ。
「じゃあこれを」
そして先のペンを手渡すドゥ・ファン。流れるように行き渡る。
今の状況。右手にはペン。カウンターにはメモ帳。サインを欲しがっている人。
「あー、なるほど……」
たしかにこの、ただのペンの価値、そして重要性、必要性が増したことにララは蕩けた脳でもわかった。むしろ感嘆する。と同時に、書いてほしいとお願いしている側が売ってくるというのも妙な話だな、と冷静にツッコむ。
映画でやっていたものと同じこと。正確には、ドラッグの売人がこれをやったわけだけど。ウォール街の狼はこうやって部下に教育していく。そして全編を通してレオナルド・ディカプリオの演技の幅の広さに圧倒されたことをドゥ・ファンは思い出した。
「今、私はキミに『名前を書く』という必要性を作り出した。買わないと、という気持ちにさせた。こういうことだ」
そしてこれを恋愛に応用すると。ヒントだけは出した。あとは適当にやってくれ。もう一杯モンローマティーニを注文。今度はステアで。
今にも眠りそうな状態で脳をフル回転させるララ。唸りながら首を回すこと四回転。結論が出た。
「つまりは私に会わないと、という必要性を作り出せってこと?」
最初からそう言ってほしかった。頼んでいないけどマティーニが出されたので飲んでみる。美味しい。
「……会いたいならそうするべきかもな。その先は任せる」
文句を言う気力すらなくなる。この人物はなんなのだろう。決してドゥ・ファンの気持ちはプラスに傾くことはないが、それでも居心地が悪いものでは決してない。なんなんだ、よくわからない。とりあえず注文を入れておく。
必要性、必要性、と何度もララは口に出して体に染み込ませる。相手の顔を思い出す。酒の力も相まって心臓の鼓動も速い。静めるように深呼吸。
「……やってみる」
なんだか、シラフの時より緊張してきた。携帯を取り出し、メッセージを書き込む。送信する前に何度も確認。桜色の唇を動かす。そしてもう一度深く息を吸い込み、吐きながら送信。




