266話
「ないな。両親が揃っていて、家があって、なんてのは家庭サンプルのひとつだからな。朝、エスプレッソを飲むかカフェラテかで、どっちが上も下もないだろう。そういうことだ」
比べるものではない、というのがシーウェンの持論。ちなみにエスプレッソ派。南イタリアのクレマの厚い、トロトロなものが好み。
ふぅ、と深く息を吐いたヴァージニーは、そのまま後ろに倒れ込む。見知らぬ天井。なんだか自分がちっぽけに感じる。
「……強いね」
いや、私が弱いのだろうか。わからないけど、こんな時にする表情もわからない。とりあえず無。
同じように見上げながらシーウェンはポツリとこぼす。
「『船を運ぶのは水だが、転覆させるのもまた水』」
「?」
よくわからないが、突然のことにヴァージニーは困惑する。船? まぁたしかに、今はボートとかで寝っ転がって空を見上げてそうな体勢だけど。
それはシーウェンにとって、座右の銘ともなっている言葉。母国にいるときは繰り返し観た。
「『酔拳2』という、ジャッキー・チェンの映画でな。父親が息子に酔拳の使用を禁じるシーンで、戒めのために扇子に書いた言葉の意味だ。手にしたものは、良い方向にも悪い方向にも働くということ。両親がいてもいなくても、その先は自分の気持ち次第だ」
工業用アルコールで火を吹いたり、実際のムエタイ選手をラスボスに起用したりと、破茶滅茶だがそれこそがジャッキー、という名作中の名作。何度も観て、酒を飲んで怒られた。
ジャッキー・チェン。そういえばディスレクシアのことを調べた時に、彼も同様の障害を持っていたことをヴァージニーは思い出した。小さい時から読み書きする機会があまりなく、そのぶんアクションに磨きをかけたと。
「つまりは、生かすか殺すかは自分次第ってこと……」
あとはトム・クルーズとかも。読んでもらって覚えるとか。会話が中心。だからそのぶん、コミュニケーションなどが得意なのだそう。短所ではなく、個性と結びつける。
「そういうことだ。今、そっちがどういう状況を嘆いているのかはわからないが、全てはヴァージニーの捉え方でどうにでも変わる」
なんでこんな道徳的なことを、と舌打ちしつつも、あまり親しい友人の多くないシーウェンはちょっとだけ嬉しい。こっちに来てから、自分以外がこの部屋に初めて入った。
先ほどまであった迷い。そういったものが吹っ切れ、ヴァージニーはするりと喉から相談事が放たれる。
「……私さ、ちょっと障害を持った妹がいてさ」
「別に聞いてないぞ」
なんだかさらに続きそうな展開に待ったをかけるシーウェン。ここから先は有料にしようか。というか買い物とか行きたいのに。




