226話
「……現世界チャンピオンだ。だが本物かはわからん……」
フロアの先のレストラン。そこで賭けの代償を支払わされるダヴィド。まだ精神的には立ち直れていない。だが、誰の目にも明らかな完敗。チェスで食べていく、という当初の目的は崩れたが、諦めのつく結果。それでも胃がもたれて本人はドリンクのみ。
中二階にあったバーよりも本格的なバーカウンター。軽食もやっているため、別室にキッチンが存在する。食事の質でも有名な場所。未成年を見逃しさえしなければ、ただの良質なカジノ。テーブルもいくつかあり、花も活けられていて趣がある。
「本人だ。あの雰囲気。それに近いものを感じた」
実際に対峙したシシーの証言のみ。だが本人は確信。でなければあの読みと。プレッシャーは説明できない。奢り、ということでシャンパンをいただく。『星』とも評されるシャンパンの泡。グラスも冷えていて美味しい。じっくりと味わう。
そんな静けさを打ち破るように、今回の主役であるサーシャが、黒い素焼きの器に盛られた牛肉を頬張りながら会話に参加する。
「そんなことさー。どうでもよくない? 今日は僕の勝利なんだから。それを表彰してよ」
不満気に咀嚼する。味自体は非常によろしい。
惨敗したダヴィドだが、終わったらノーサイド。素直に褒め称える。が、激しい動悸。
「……あぁ、おめでとう」
しばらくは肉は食べられなさそう。
次の料理を注文しながらサーシャは今更ながら感想戦。お互いに理解していることではあるが、今一度口にしてみる。
「おじさんも強かったけどさ。敗因は僕という人間を決めつけてしまったこと。なんでも指すよ、僕は」
トリッキーな指し筋を予想しすぎたことと、中盤から唐突にギアを入れ替えたサクリファイスに対応できなかった。仕掛けるタイミングを見極められなかった。
思い返すと……あまり思い返したくはないが、対局中。ダヴィドには答えが出ないものがひとつある。
「しかし、納得いかないのは……いや、負け惜しみではあるが……まるで別人かのような指し方や雰囲気。あれは……なんだ?」
明らかに今までとは違う指し方。単純に美しい定跡。それでいて、過去のような曲芸的強さ。混ざり合っていて付け入る隙がなかった。
サーシャにだけできる戦術。それを種明かしする。
「僕はね。妹と一緒に戦っているからね。今日はそっちのほうが上手くいく、と感じたからそっちで。たまたまだよ」
自身の中に持ち合わせる二つの頭脳。相手次第で変化可能。というのは対局前に思いついて。その思いつきでやったら勝てた。今後もやってみよう。




