154話
意識はしていなかったが、たしかに、『意識できていない』というあたり、優先順位が低くなってしまっているのは、シシーも同感だった。
「それは……あるかもな。別に下に見ているとか、絶対に勝てるとか、そんな思い上がりをしているわけではない。だが、今ひとつしっくりとこない」
勝ち上がれば強いヤツと戦える。探しに行かなくても戦える。求めていたもののはずなのに。なぜ?
一抹の不安を抱えつつ、マスターは懇願するしかできない。
「頼むよ、僕の全財産がかかってるからね。負けたりしないでよ」
まぁ、本番になれば期待に応えてくれるだろう。なんだかんだで信頼できる。メールも文句言いつつも全部返してくれるし。
言葉にも表情にも出さずに、シシーはムッとする。
「そっちが勝手に賭けただけだ、知ったことではない。公園でもなんでも住め。場所はあとで送ってくれ」
そう語気荒く伝えると、用件も済んだし帰宅の準備。猫を放し、席を立つ。名残惜しいが、蜂と猫。相性が本当なら悪い。
「じゃあな。約束通り、代金は払っておいてくれ」
そしてさらに、店員から箱に入ったケーキを受け取り、シシーは最後まで肩に乗った黒猫を撫でる。
マスターの頭に疑問符が浮かぶ。
「なに、それ?」
コーヒー代、だったはず。なにか追加されてますけど? と、動揺を隠せない。
店員に感謝しつつ、シシーは支払い担当に背を向けた。
「土産だ。帰宅を待ってくれている人がいるんでな」
そう伝え、カランカラン、とドアチャイムを鳴らして去る。
行き場をなくした猫達は、思い思いの場所へ散っていく。ベッドやタワー。お気に入りがそれぞれにはある。
「……それにしても」
テーブルの上の盤に目を向けたマスターは、勝敗の決した駒を見て対局を振り返る。キングズギャンビット。まさかゴリゴリに肉弾戦。ビーネちゃんには一番ない戦術だと思っていた。まずは守りで場を整える、そして息を殺して隙を見つける、という戦法がメインのはず。
「……手を抜いたつもりはないけど、面を食らったね」
後手後手にまわり、一枚ずつ盾を割られ、ルークでディスカバードチェック。まるであの魔女と勝負しているようだった。記憶から消そうとしていたのに。
とはいえ、防御など考えない攻め一辺倒の戦術。わずかなミスで一気に形勢が傾くため、安定はしない。もう一度やればわからない。が、彼女なりに勝つ方法をひとつひとつ試そうと、普段は指さない型を選んだんだろう。創意工夫。喜ばしい。が。
「……案外早かったな……」
もう少しは無敗でいきたかった。が、それ以上に彼女の成長が突き抜けている。残念ながら、コンラート君では歯が立たない可能性が高い。ゆえに、もしかしたら気が緩んでいたのかも。油断は大敵。だが、彼女は本番にそんなことはないだろう。
「ま、強くなってくれるのは助かるけどね」
全財産。さらにシシーに持たせた裏の賭け金一〇万ユーロ。勝てばいい、勝てば。とりあえず、またチェスの研究をし直すか。すでに僕は強いから、ここから強くなるのは大変だ。ねぇ、猫君?
——ンニャーオ




