121話
俯いたシシーの瞳には、飲みかけのジルフィアのビールジョッキが映る。
「……もう、賭けチェスは辞めようと思っていたからね。ちょうどいい機会だ。バラしてくれたほうが気が楽になる」
ほんの少しの感情のブレ。表の柔和な笑みと、裏の鉄仮面を両方剥ぎ取り、素になったただの高校生。寂しさや悲しさ、それでいて安らぎ。一瞬で全て写り込む。
その初めて見せる優等生の弱さを、ジルフィアは真剣に相談に乗り出す。
「それはまたどうして。スリルが欲しくて始めたんじゃないの?」
もはや自分が色々と嗅ぎ回っていたことを隠すつもりもない。昔からの親友のように、顔を覗き込む。
シシーのほうも、全て知っている体で話を進める。
「そんなところ。だが、もう潮時だ。オレより強いヤツなんていくらでもいるし、強くなろうという気もない。適当に指すくらいがちょうどいい。疲れた」
もうどうでもいい。なんで目の前の彼女が詳しいのかとか、こんなところに呼ばれたのかとか、もうどうでもいいこと。チェスで老人に惨敗し、見事に伸びた鼻をへし折られた。それだけ。それだけでこんなにも世界がどうでもよくなるとは、と新たな発見。
無理して笑うシシーに対し、予定を崩されたジルフィアは表情を消した。
「……つまらないね」
「そう?」
相手の期待を裏切ってしまったようだが、気にせずシシーはイスの背もたれに深く座り、緊張を崩す。
「つまらないつまらないつまらない。もっと不遜に。もっと傲慢に。もっと驕傲に。あなたは美しくあらねばならない。それがシシー・リーフェンシュタールでしょう。違う?」
髪を振り乱すジルフィア。この目の前にいるのは誰だ? 本来であれば、ギラついた目つきのまま、今日のメインにまですでに話が行っているはず。なんという寄り道。無駄な会話。
すっかり骨抜きになったシシーは、気圧されることもなくはにかむ。
「違う、みたいだ。すまない。オレはこういう人間だった。すまない」
相手の失望を感じ取り、それが自分にも流れてくる。弱い、弱すぎる。卵のように脆弱な殻とスカスカな中身。自分には栄養になるようなところはなにもない。
なにも頼まないのも悪いと、シシーがファスブラウゼを注文する。酒を飲む気にはならない。
届くまでのその間、ひと言も発さなかったジルフィアだが、唐突にカバンから荷物を取り出した。
「チェスをしましょう。道具はあります」
同意は取らず、勝手に推し進める。確定事項。そのために来たわけで。なんだか自分がバカみたいになってきていた。もしこれでダメなら、もうこの人に興味が湧くことはないだろう。ボードと駒を広げる。




