4 ラボトロームの魔法使い
ラボトロームの王宮はまあまあ広大である。
王族の寝室と、ダイヤモンドに宛がわれた客室は距離があるので、アラン王子はダイヤモンドの客室にほど近い別の客室に運び込まれた。
「アラン王子、氷嚢をお持ちしました」
従者が言い、ベッドに寝かされたアラン王子がぷいっと顔を背けて言った。
「やだっ。それブタの膀胱じゃないか。知ってるんだぞ」
従者たちがおろおろする中、グーナーと呼ばれた従者が容赦なくアラン王子の額に氷嚢を当てる。
「ギャア――ッ」
「氷だって貴重なんですし、ブタの膀胱だからなんだって仰るんですか」
「ペタペタするッペタペタするッこれッ」
「人間の皮膚に近いんだそうですよブタの内臓。そこに持ってきて袋状なんです、うってつけですよ、大人しく氷の入ったブタの膀胱で頭をお冷やしあそばしてください」
「だって膀胱じゃないか」
「砂漠の民はラクダの胃袋を水筒にするんです。形的にも理に適ってますよ。膀胱だって形が丁度いいんですからいいでしょう。婚約者の姫君が自分のイメージと違ったからって熱出してるんだから、大人しく頭を冷やして下さいブタの膀胱で」
「うう――ッ僕の美しく淑やかなダイヤモンド姫があんな感じだなんてぇ――ッ騙されたッひどいッ」
「ハイハイ」
「ノリがダルいとか、今まで言われたことなかった」
「ハイハイ」
「なあ、僕、ダルい?」
王子に訊かれてグーナーは一瞬息を呑んでから言った。
「あの、私は一応従者なので」
「だよな」
「いいえ」
「実質的に肯定じゃないかそれぇ――ッ!」
他の従者たちの間に、誰だアレを従者にした奴という空気が立ち上ったのを打ち壊すように、両開きの扉が真ん中から開いた。
「よ――う! いるかフラれ王子――!」
入ってきたのは王室付の魔法使いの衣装である、黒いフード付きのマントを着た男だ。 高位のものであることを示し、マントは足首まである最も長いものだ。
マントには、黒と銀の糸でびっしりと刺繍がしてあり、黒く塗られた、小指の爪ほどの小さな鏡がずらりと縁にぶら下がっている。自分の背丈ほどもある杖を持っている。
心から楽しそうに笑っているのは、鉄色の髪を後ろに流して額にルビーのはまった銀のサークレットをしている美男子だった。その顔には、いい気味だと書いてあるように、従者たちには見えた。
アラン王子は男を見て唸るように言う。
「スマート・ゴルディオン……! お前、父上の元で働いている時間だろう……! なにをしに来た……! やたら僕に絡んでくるし……!」
アラン王子のベッドに腰を掛けて、スマートは笑いを堪えようとしている顔で言う。
「私スマート・ゴルディオンめは、高潔にして親愛なるアラン王子殿下のおフラれ顔を拝謁しに恭しくも参上致しました。ブフ」
アラン王子はグーナーの手から氷嚢を取ると、スマートの顔めがけて投げたが、スマートはその氷嚢を杖で叩いてグーナーの手に戻した。
アラン王子はそれを見て嘆息する。
「ああ……! 僕のまわりには僕の不幸を楽しむものしかいないのか……!」
「いやこれで、神妙にされても面倒だろう。俺は面白がってるだけだけど」
「大臣が山中まで迎えに行った、高名な魔法使い殿に娯楽を提供できてよかったよ。どうせ第六王子の僕にはその程度の働きしかできないさ……」
ブツクサ言うアラン王子の額に、グーナーは氷嚢を押しつける。熱が吸われて心地よかった。
「まあそう言うなって。王族の中じゃお前が一番面白ぇよ。山から下りたはいいが、やっぱ王宮は俺にとって退屈でいけねぇや」
「フン。兄上たちには到底適いっこない。せいぜい、他の王家に婿に出てつながりを作る役割しか期待されていないのも知っているさ。それでもダイヤモンド姫は綺麗だし、上品で優しくて、彼女とだったらいいなと思っていたのに、あんな……!」
「どんな?」
「下品な言い方で悪口を言われたし、ほんとうは人間より動物がいいんだと」
「ほう」
「マジでノリがダルいって言われた」
「ああ!」
スマートは納得! と膝を打った。
「うう――ッ。お前まで!」
「や、お前、人に好かれようとするとマジでノリがダルくはなる。普通にしてりゃぁいいのに」
「そうですよ」
グーナーも言った。
他の従者たちも頷く。
「普通にしていて嫌われたらどうすればいいのかわからないよ」
弱々しい呟きに、スマートは笑う。
「ま、言ってもな。そのうち、そのへんのやり方も自分で見つけるさお前は。んで何? そのお姫様は動物がお好きなん? 一緒にいたトードリアの王子はなんなん?」
「魔法をかけられて、獣だったんだそうだ。今は魔法が解けたけど」
それを聞いて、スマートの顔から笑みが消えた。
「古代魔法か。トードリアならタロットワーク一族かな? に、したって珍しいな。リオ・アースなら使えるのか? 聞いたことねぇなあ……誰だ? 人数いるからなあそこは……。しばらく山に引きこもってたしな……痕跡みてみるかな。なあアラン王子、そのトードリアの王子呼んでくれねぇか。俺が会いに行くんでもいいけど」
「もう呼んだよ」
「なんで?」
「だって、姫がかわいそうだろ。従者もいなくてひとりぼっちで」
一瞬、誰も話さなかった。
アラン王子が言う。
「……なんだ? 変なことを言ったか?」
スマートが笑った。
「いいや。変じゃないさ」
本書は、集英社Webコバルトに掲載された同タイトル作品の、著者本人による改訂版です。
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