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25.幕が上がる

神坂家に戻り、リビングで透子はスマートフォンのデータを見せた。

リビングは千尋の希望でこたつがおいてある。


「ちっちゃい絵が、たくさんあるねえ。あ、だいふくと小町もいるぅ」

「なぉん」


だいふくと小町が寄ってきて覗きこむ。透子はデータをスライドさせて、桜にそっくりな、写真を見せて、自分の疑念を吐き出した。


「勘違いかもしれないけれど、なんだか色んな符号が一致しちゃって」

「白井が鬼で、田中さんたちを襲ったかも、か。……画像データ貰っていいか」


千尋は透子のスマートフォンを操作して自分のパソコンに画像データを転送した。

千尋が画像編集ソフトを起動して三枚の画像を重ねる。


「戦前の写真は画質も荒くて重ならない。だけど白石さくら、と白井桜は結構一致する」

「どう思う?」

「……ありえない話じゃないと思う。白井は帰国子女で小学校の頃は日本にいた、って言っていた。その割には小学生の頃の友達がいるわけじゃないし。悠仁さんがもしも鬼なら、翻訳家って言うのはいい仕事だよな。表に出なくていいし」


悠仁は冗談で百年かけて色々な資料を集めたと言っていたが、あれすら本当の事だったらどうしようか。

千尋は全部憶測だけどな、とノートパソコンを閉じる。


「千瑛にも、データを送って伝えておこう」

千瑛は今日、仕事の都合だとかで留守にしている。明後日の文化祭本番には戻ってくると言っていた。

「……もしも、本当に桜ちゃんがそう、だったとしたら、どうなるの?」

「……それは俺にはよくわからないけれど」


ひょっとして、桜は捉えられたり殺されたりするんだろうか……と透子は今更ながら震えた。なにかとんでもないことを言いつけてしまったような罪悪感がある。


「死人が出るところだったんだ。白井が鬼なら仕方ない。もし鬼じゃないとしたら疑いが晴れるのはいいことだろ?」

「うん」


透子はそうだねと同意する。

だいふくが透子の肩に飛び乗って、ごろごろと喉を鳴らしながら意見した。


「桜! いい匂いしたけど、おなかが空いた匂いはしなかったよ」

「だいふく……じゃあ、桜ちゃんは鬼じゃないって事?」


だいふくはううん? と首を傾げた。

そこはよくわからないようだ。


「ま、いいや。こういうのは専門家に任せようぜ。千瑛には連絡したし……調べてくれるだろ? きっと」


頷いたとき、透子のスマートフォンになにやら着信があった。

すみれからだ。


『あ、透子? 今通話してて大丈夫かな?』

「うん! 大丈夫。どうしたの?」

『実は明後日の土曜日、またそっちに行くんだけど、神坂さんのおうちにご挨拶に行こうかなと思って。皆さんいらっしゃる?』


透子は嬉しい、と言いかけてはた、と気づいた。


「すみれちゃん、ごめん。その日は実は文化祭で……」


朝から夕方までずっと校内にいるのだ、と告げるとすみれは電波の向こうで、ふうん、と面白そうに笑った。


『透子が主役やるんだ? ちょうどいいや、それ、観に行くね?』

「えっ? 来なくていいよ!」

『写真をとってあげるってば!』


すみれを説得するが、従姉は面白がっているらしい。結局開演時間まで全部白状してしまい、すみれが、英語劇を観に来ることになってしまった。

千尋が「透子って誘導尋問に弱いよなあ」と妙な関心をしている。


「……千尋くん。やっぱりドロシー役、代わってほしい」

「ヤだよ。もう衣装直し間に合わないし。実は俺、ライオン役気に入ってるもん」

「なんでも相談しろって、言ったのに……嘘つき……」

「ばかめ。相談には乗るが、解決してやるとは言っていない」


外面が完璧な千尋くんは仲良くなると結構つれない、という事を透子は身をもって感じつつ、あああと倒れた。


星護高校の文化祭は毎年、十一月の最終土曜日に開催される。

飲食の提供は禁止されているので、クラスで何か出し物をするのだが、お化け屋敷や手芸展示などの出店系と、音楽や演劇の披露を行うクラスと半々だった。

透子たちのクラス、二年一組はくじ運がいいのか悪いのか、体育館のステージを使う、最後の組だ。透子は舞台袖から観客席を見渡して、へなへなと崩れ落ちた。


「も。終わったらだめでしょうか……口から心臓が出そうで……」

「大丈夫だって。最後のクラスって結構、みんな疲れて聞いてないから、ね?」

「……陽菜、それってあんまりだろ!」


学級委員が口を尖らせる。


「あ、ごめん。透子があんまりがちがちになっているから、つい……」


観客席には一般の客も少なくない数いるみたいだ。

透子は観客席に目をはしらせて、後方の席にすみれがいるのを見つけた。

本当に来てくれるとは、思わなかった。

……意を決して、立ちがる。千瑛がくれた水晶の数珠をお守り代わりに久々に、手首に装着する。がくがくと足が震えて生まれたての鹿のようになった透子をライオン役の千尋が慌てて支えた。


「平常心、平常心……。台詞飛んだら俺が代わりに喋ってやるから」

「……千尋くん、お願い」


後ろで陽菜が笑っている。

「頑張って、透子! 一生懸命台本を覚えていたじゃない。大丈夫、出来るよ」

「うん……」

準備オーケー? と進行係の確認が来て。


――幕が開いた。

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