24.写真
翌日、学校は朝から特別授業だった。
文化祭を三日後に控え、丸一日英語劇のリハーサルを行うのだ。
「ええーっ! 白井桜休みなの?」
登校してホームルームが終わり、いざ練習をはじめようとした時に、学級員が頭を抱えた。透子たち、一組の演目は「オズの魔法使い」。
高校生の英語劇としては好まれる演目だ。
帰国子女の桜は、ドロシー役、つまりは主役なのだが彼女が登校していないという。
「……白井さん、どうしたの?」
透子の脳裏に、またむくむくと疑いがもたげる。
「なんかね、風邪ひいたって連絡があったらしいよ。金曜日までに回復するのかな」
陽菜がため息をついた。
「風邪……そうか。なんとか回復するといいね」
透子が深刻な顔で頷くと、英語教諭の柴田が近づいてきて、慰めてくれた。
「深刻にならなくても大丈夫よ、芦屋さん。あなた、台詞は完璧に覚えているんだし。あ、でも衣装がね……髪の毛は白井さんと同じくらい長いから似合うと思うけど」
「……衣装?」
透子はぱちくりと目を瞬いた。
柴田は長そでセーターの腕を組んで、うんうん、と透子を眺めた。
「十センチは身長が違うみたいだから、衣装は大丈夫かしら?」
「……えっ? はっ? どういう意味?」
戸惑う透子に、陽菜が笑った。
「白井が来れないのなら、代役は透子しかいないじゃん。三日しかないし、透子以外に台詞を覚えている人間いないし」
「そんな! 無理だよ! 私セリフは覚えているけど、演技なんかできないッ!」
あわてふためく透子を、「あーきーらーめーてー!」と、千尋の親衛隊の三人が引っ張っていく。
「白井がドロシーするより、芦屋さんの方が許せるわ」
「回復して戻ってきても、お前の出番は無いって、突き放してやる。くっくっ」
親衛隊は、完全に私怨に走った悪役と化している。
ライオン役の千尋に助けを求めると、千尋は「あはは」と笑って胸を叩いた。
「『勇気が必要―!』 頑張ろうぜ、透子」
透子は青くなって、「無理! 絶対無理だから!」と半泣きで叫び――
もちろん、英語劇のリハーサルは散々だった。
「あんなに棒読みらしい棒読み、初めて見た」
放課後の図書室で、陽菜はけらけらと笑っている。
図書委員にじろりと睨まれて、慌てて口に手をあてる。透子は穴があったら入りたい気分で友人を見た。
「本当に人前で喋るのが苦手なの! 千尋くんの度胸をわけてほしい……」
「あいつの場合はいつも演技しているようなもんだもんね。イイ子の千尋ちゃん」
さらっと重いせりふに透子は顔をあげた。陽菜は人の悪い表情を浮かべた。
「でしょ?」
「……無理をしているなって感じはするね」
陽菜と千尋の付き合いは長い、幼馴染として思う所はあるのだろう。
「それより、何を探したいんだっけ?」
「うん、図書室の倉庫にある、昔のアルバムがみたくて」
一組の図書委員は桜なのだが、休みなので副委員だという陽菜についてきてもらったのだ。倉庫でアルバムを再度探し、透子は自分の母親のアルバム……ではなく、戦前のものだというアルバムをそっと広げた。
先日の記憶をたどりながら、ページを捲る。
「……あった」
透子は目当ての写真をみつけて、なぞる。
女の子は、服装と髪型をのぞけば、桜と瓜二つに見える。
隣の男性も驚くほど、悠仁に似ている。最終頁に写真の注釈文がまとめて記載されているのをみつけて、該当箇所に視線を走らせる。
『相馬家の嫡男悠仁氏、長女櫻子氏』
名字が、違う。
……だが、悠仁は同じ名前で、桜の名前は酷似している。
一族だから似た名前をつけるのは当たり前なのだろうか、それとも、敢えて変えていないままなのか。
ひょっとしたら、白井兄妹は鬼で……桜が校内で事件を起こした、と言うような。そんなことがあるんだろうか?
透子は悩みながら、写真をスマートフォンで撮影した。どう思うか、せめて千尋にきいてみたい。
「吾妻さん、芦屋さん。そろそろ閉館よ? 勉強熱心なのはいいけれど、早く帰ってね」
担任の柴田の声に、透子は顔をあげた。図書委員の顧問だという柴田は腕いっぱいに抱えきれないほどの本を持っている。
「うわっ先生、手伝いましょうか? 重そう!」
「ありがとう――って、きゃあっ!」
陽菜が本を持とうとした瞬間、柴田はバランスを崩して、しりもちをついた。
「痛いッ!」
転倒したときに思い切り腕を打ち付けたらしい。
柴田は右手を押さえて、涙目になっている。
「先生、大丈夫ですか?」
「ちょっと強く打っちゃったみたい」
陽菜が慌てて柴田に駆け寄る。陽菜が一緒に保健室に行くというので、透子は図書室の施錠と、散らばった資料を柴田の代わりに請け負った。
全ての資料を棚に保管し終えて……それから、もう一度アルバムを見る。
戦前のアルバムの隣に、戦後すぐに作成されたアルバムもみつけて……、数年分を手に取る。女生徒の顔を一頁ずつ確認しながら三冊目で、指を止める。
さすがに戦後になると、写真も鮮明になる。
「……桜ちゃんと、同じ顔だ」
名字は白井、ではない。写真の下には「白石さくら」と名前がある。
透子は、無言で「白井さくら」の写真を撮影すると、アルバムを……棚に戻した。
41.
その日、千瑛に頼んで透子は白井家に車で連れて行ってもらった。
表向きは、学校のプリントを届けるためで、実際は……、桜の様子を伺うためだ。
千瑛にいつ写真の事を打ち明けよかと悩んでいるうちに白井邸に到着してベルを鳴らすと、白井悠仁ではなく、お手伝いの女性が「はい、どなたですか?」と出てきた。
「あ、あの。桜さんと同じ高校の者なんですが、桜さんはご在宅ですか?」
年配のお手伝いさんは申し訳なさそうな顔をした。
「桜さんのお友達! 悠仁さんと一緒にいま、関西の方にお出かけしていらっしゃるんです。どうもご親戚にご不幸があったみたいで」
透子は、そうでしたか、とため息をついた。
「いつ戻られるんでしょうか?」
「ううん、どうでしょうかねえ。しばらくとしか聞いていないんですが」
透子はプリントだけ渡して、帰宅することにした。
車に乗り込んで、隣にいる千瑛に打ち明けようと思ったけれど、なんとなく、口をつぐむ。……もし、違ったら?
鬼だと、犯罪者だと疑うなんて取り返しがつかない、すごく失礼な話だ。
桜はいろいろと透子にもよくしてくれたのに。
「はやく白井さんも学校に来れるといいね」
「そうですね」
透子は助手席で曖昧に頷いた。
だけど。鬼に手傷を負わせた翌日から来ない桜を疑っても仕方ないのではないだろうか。
それに、写真……戦前にこの星護高校にいた「相馬櫻子」と「白石くら」が白井桜と同一人物のように思えてならない。
どうしても、疑いが晴れない。
翌日、やはり桜は登校せず、担任の教師から「家庭の都合で一週間程度やすむ」ということが告げられた。
文化祭の最終リハーサルをしながらも、透子はどうも上の空でドロシーの台詞をよんでしまう。緊張をしなかったせいで、かえって棒読みながらもうまく話すことが出来たのだが。
「ちょっと休憩にしようか!」
学級委員が告げて、透子もステージを降りた。
女生徒たちに手招きをされて何事かと思っていると、ドロシーの衣装を手渡された。
「わあ! 可愛い。もう出来たんだ?」
「サイズ直しだけだったからねー芦屋さん腰が細くて助かったよ」
衣装係に着付けてもらって鏡の前に立つと、稽古用のジャージとはあたりまえだが全く違って華やかになる。透子はどちらかと言えば和風の顔立ちなのでばっちり似合う、と言うわけではない。
目がぱっちりとした桜の方が似合っただろう。
「桜ちゃん、この衣装気に入っていたのにね。残念だろうな」
「透子も似合っているって。ほい、お茶」
「千尋くん」
どこかで買ってきたのかペットボトルを差し出してくれる。衣装係の女子生徒にもお茶を渡すと彼女は顔をほころばせた。
「神坂君、優しいー!」
「だろ? って金主は俺じゃなくて柴田先生。お礼言ってあげて」
そつなくフォローするところがさすがだ。女生徒が柴田のところに行くと、千尋は透この横に並んだ。
「……昨日からずっとなんか悩んでいるけど、代役、しんどい?」
「えっ、そんな事じゃないよ。それに……ほかに出来る人いないし、頑張る」
千尋はにやりと笑った。
「俺も実は全員の台詞覚えているから、ドロシーやろうか? うけるだろうし、ひょっとしたら衣装が透子より似合うかもしれないじゃん。透子その代わりライオンやってよ」
透子は想像してちょっとふきだした。
千尋はかっこいいけれど、きりっとした顔立ちだから女装は似合いそうにない。
「いい、頑張る……そもそも千尋くん、衣装が入んないよ」
千尋は頬を緩めた。
「やっと笑った」
透子が見上げると、ライオンの飾りをつけたどこか滑稽な姿で千尋は笑った。
「何か不安があったら言ってよ。俺ら親戚だし。相談乗る」
うん、と透子が頷いたところで休憩が終わった。
後半のリハーサルが終わったら、今日は放下になる。透子は覚悟を決めた。
「千尋くん、リハーサルが終わったら、見てもらいたい写真があるの」




