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18.事件

透子が夏休みに陽菜の家業の和菓子屋「あづま庵」でバイトをしたのは、そもそもが元々働く予定だった大学生がドタキャンをしたからだ。ところが、彼女は実はドタキャンをしたのではなく、行方不明になっていたことがわかった。

忽然といなくなって二か月後、ふらりと彼女は戻ってきたというのだが……。


「彼女、まだずっとぼんやりしているんだって」


それだけではなく、星護高校の生徒も二人……行方不明になっているというのだ。

三年生と一年生が一人ずつ。どちらも女子生徒だが、互いに面識がないので一緒に家出したとは考えにくい。


「他の高校にも行方不明の子がいるっていうし……絶対、変質者だよねえ」


少女ばかりが行方不明になるというのは確かに恐ろしい話だ。


「髪が長い子ばっかり狙われるらしいから、芦屋さんも気をつけた方がいいよ」


先ほど千尋と桜の接近に怒っていた女生徒が話に割り込んできた。


「そうそう。髪の毛フェチなのかな、犯人」


肩のあたりまで切ってしまうのもいいかもしれない、と透子が真剣考えていると会話に気づいた千尋が大丈夫だって、と笑った。


「透子せっかく伸ばしているのにもったいないじゃん。俺、送り迎えちゃんとするし、危なくないよ」

「あ、ありがとう」


じゃあ行こうぜと千尋が桜と透子を促す。

周囲が千尋の台詞にざわついたのだが本人は全く気付いていない。

陽菜があきれた。


「あいつの、あの無自覚王子様ムーブ、なんとかならないのかねえ」

「……ちょっと今、すごくときめいてしまった」


 陽菜が、だよね!と笑う。

千尋のファンたちが嫉妬の視線が痛いのでそそくさと透子も彼らのあとへ従った。


「千尋くん、私のこと弾除けにつかってない?」

「……そ、そんなことないって!」


小声で抗議すると、千尋は否定したが、間があったのがちょっと納得いかない。

星護高校から白井邸へお邪魔し、白井悠仁の英語の指導を受け終えるとあたりはすっかり暗くなっていた。


「皆、帰ったけど、神坂くんたちは山の上だし僕が送るよ。少し待っていて。神社に、お邪魔しても大丈夫?」


車のキーを持ち出した悠仁は珍しく洋装だった。


「えっと、従兄に聞いてみます。迎えに来るかもしれないし」


千尋が千瑛に電話する間、透子はリビングに悠仁と二人で残された。


「本当に沢山の本があるんですね。外国語ばっかり。しかも……古い本ばかり」


リビングの書籍を眺めながら透子は感心した。ちょっとした図書館の一角と言っても良さそうな書棚はわかりやすく分類がされている。翻訳家がどんな仕事なのか具体的にはわからないが、たくさん資料が必要なものなのだろう。


「半分は趣味の書籍。欧州の歴史資料が好きだし、長年集めているんだ」


悠仁は学術書の翻訳を主に仕事にしているらしい。


「長年……! どれくらいの期間あれば、これだけ集められるものなんですか?」

「うーん、百年くらい? 戦時下とか焼けないようにするのが大変だったよ」

「ひゃく……それくらい昔の書籍もあるってことですね」


悠仁の冗談を透子は笑って受け流す。

悠仁はそうそう、と機嫌よく笑った。


「外国の文献だけじゃなくて、日本の古文書もあるんだ……。芦屋さんは留学とか興味ないの? 千尋くんはすごく興味があるみたいだけど」

「私にはとても無理です! ――それに大学へも進学するか決めてないんです。出来たらどこかに就職したいなあと思うんですけど……」


透子の両親がいないことを悠仁は桜から聞いて知っていたらしい。

悠仁は納得しだように、ああ、と頷いた。


「神坂の本家さんだったら、いい就職先を紹介してくれそうだよね。そうじゃなくても、お金持ちなんだから頼ればいいのに、一族なんでしょう?」


透子はぶんぶんと首を振った。


「私は遠縁なだけで、本家の方とも面識がないんです」


会ったのは星護神社の三人を除けばどうもいけ好かない和樹だけだった。

悠仁は不思議そうに透子を見た。


「本家の人間と、会ったことがない?」

「はい」

「わざわざ遠縁の子を神坂家が呼び寄せるくらいだから、てっきり、そういう関係者なのかと思っていたんだけどなあ。……あやかし退治がらみの」


にっこりと微笑まれて透子は戸惑った。


「まさか! ……あの、実は……ちょっと見えたりはするんですけど……」

「へえ、そうなの! すごいね。……あ、ひょっとしてこの家にも何かいたりする?」


悠仁は背後を気にするように見た。


「日本に戻ってくるときに購入して改装したんだけど、元は古い家だから、元の持ち主がいたりしたら、怖いなあって」

「お兄様、何を聞いてらっしゃるの、ご迷惑よ」


二人の話を聞いていたらしい桜が部屋に入るなり、困ったように眉根を寄せて兄を見た。


「ああ、ごめん。つい。……怪異の話を聞くのが好きなんだ」

「透子さん、ごめんなさいね。その能力、いつもは隠していらっしゃるんでしょう? 兄は面白がりなの……。透子さんがこの屋敷で何かを見たら、困るくせに、怖がりなのに火遊びをしたがるの」

「いいじゃないか、神坂の家に興味があるんだよ。人に見えないものが見えるなんて、なんか特別な感じがするでしょう。あやかしとか、実に日本っぽくない?」


ロマンだよねえと悠仁が顎に手をあててうっとりとすると、桜も両頬を華奢な掌で挟んで、ぽっと朱に染めた。


「神坂の家には、私もすごーく興味がありますわ! だってそのうち私も神坂の人間になるかもしれないし」

「はっはっは、いくら桜が千尋くんを慕っていても、それは無理じゃないかなあ。だっていまだにSNSのアカウントだって教えてもらってないだろう。私は三日に一度は連絡を取っているけどね」


兄の指摘に、桜はきぃいいっと兄を睨んだ。

そうだったのか、と意外な思いで桜を見て、仲のいい二人のやりとりに笑ってしまう。

兄妹仲が良くて羨ましい。



「別に、隠しているわけじゃないんです。私、ちょっとだけ人と違う力があって」


透子は千瑛のくれた数珠を外した。外で何か妙なものを見ないでいいように、と彼がくれた力封じだ。

桜が興味深そうに透子の手首を見ている。見せてほしいというので、手渡す。


「千瑛さんがくれた御守りで、普段は何も見えないようにしているんです。……外すと、いろんなものが視えてしまったりして怖くて」

「御守り! 私、そう言ったものを初めてみるわ」


透子は言いながら、リビングを見渡した。

桜は興味深げに透子から受け取った数珠に視線を落として、綺麗ねと褒めた。

首をめぐらして、目についたものに小さく声をあげる。


「あっ――」

「な、何か見えましたの?」


桜の焦った声に、悠仁がちらりと桜を見る。

透子は首を振った。


「ううん! あの古い写真って、親戚の方? ひょっとして桜ちゃんのこの前着ていた置物と一緒なのかなあって」


透子はちょっとした発見に心を躍らせて、指をさす。

リビングの書棚の一角に古い写真があって、軍服を着た青年とその妹らしき女の子が映っている。青年の顔は軍帽の影でよく見えないが、椅子に座った女の子はパッチリとした目元がいかにも桜の血縁者といった風情だった。


「よくわかりましたわね! あの着物は、昭和の戦前のものなんです」

「あの女の子、桜ちゃんと同じ顔をしているのね、すごく可愛い」

「ありがとう、透子さん」


戦前の写真だというなら、もう百年近く前の写真だろう。

ふふ、と桜は嬉しそうに微笑んだ。


「あ、それと……大丈夫だと思います。このお屋敷に、なにか妙な感じのものはいません! ちょっと綺麗すぎるくらいに何もいません!」


どんなおうちでも……たとえばあづま庵にだって、何かしら仏壇の側とか亡くなった人の思念が残っていたりするものだ。

しかしこの洋館にはなんの気配もない。不自然なくらい一層されている。

リフォーム後は兄妹以外は誰も住んでいなかったからか、何も感じなかった。


「何も見えない?」

「はい、悠仁さん」

「よかった、これで安心して暮らせるよ」


白井兄妹が同じ動きで胸を押さえるので、透子は笑ってしまった。

役に立たない能力なのだが、白井兄妹の安心に役立ったのならばよかった。


「透子! 千瑛がタクシーで戻って来いって。……悠仁さんすいません、俺と透子はタクシーで失礼します」

「残念、私が送って行こうと思ったんだけど。今度千瑛さんにも挨拶させてよ」


はい、と頭を下げて二人は白井の家を出た。





タクシーの中で座ると、なぜか少し眠くなってしまう。目をこすりながら千尋に話しかけた。


「英語劇、うまくいくといいね」

「結構むずかしいよなあ。人前で喋るの緊張する……」

「千尋くんが?」


野球部でも、授業でも人前でハキハキと喋る千尋の言葉とは思えない。


「そんなことない。すげーびびってる。……『僕は臆病なんだ! 勇気なんかこれっぽっちもありはしない』って感じかなあ」


ライオンの台詞を英語で言って、千尋は肩を竦めた。

千尋の発音はなかなかきれいだ。桜や悠仁の訓練のおかげかもしれない。


「千尋くんは留学してみたいの? 悠仁さんと色々話をしているって」

「この街にいるとどうしても俺は神坂の、って目で見られるからな。どっか行きたいって気持ちはあるけど……」

「けど?」

「留学費用めっちゃ高い。それとやっぱり外国で一人暮らしするとか怖い……」


弱音を吐露した千尋に、透子はふきだした。


「別に今のは冗談じゃないし、笑う所じゃないからな! これ。本音だから。それに小町もいない国で暮らせる気がしない……寂しい」


ぼやいた顔が真剣なのでますます透子は笑ってしまった。

タクシーは神社の石段までで降りて、三百段はあろうかと言う階段は徒歩で昇る。

約三か月前は、毎日上り下りをするなんて、絶対無理だと思ったのに慣れるものだなあと思いながら昇る。

とりとめのない会話を交わしながら神社にたどり着く、と。

千尋が急に足を止めた。


「おかえり、千尋遅かったじゃないか」

「……和樹? おまえ、こんなところで何して……」


千尋の腹違いの兄、和樹は石段の上で背の高いアオキの樹木に背中を預けて腕を組んでいた。黒いタートルネックをラフに着て、異母弟をみると微笑んだ。


「透子ちゃんもこんばんは」

「……こっ、こんばんは」


微笑みかけられたけれど、和樹のどこか翳のある目線は笑っていない。


「いつから夜中にデートする仲になったんだ? 教えてくれたらよかったのに」

「……単に学校帰りだよ。和樹は何しに来たんだよ。暇なのか? さっさと帰れよ。親父のとこに挨拶なら、先週行っただろ」


千尋は、父親と仲がよくない。

母親とも上手くいっていない。

だから千瑛と星護神社で暮らしているのだが、その条件として月に一度は面会代わりに父親に報告を兼ねて食事しているらしい。


「そう邪険にするなよ。たった二人の兄弟じゃないか。秘密はよくないって」

「何が兄弟だよ、気持ち悪い、ふざけた事をいうな」


透子がハラハラとしながら二人を見守っていると、和樹の足元になにか小さな影が見えた。和樹は訝し気に視線を走らせる。視線の先に、白い猫がいて、嬉しそうにこちらを見ているので透子はさっと蒼褪めた。だいふく! 


「ちひ」


生まれたての式神が、ちひろ、とおこ、お帰り、と人間の言葉で喋ろうとしているのに気付いて、千尋もあっと息を呑む。


「ちひ……」


透子は思わず声をあげた。


「だいふくちゃーんっ! にゃあにゃあにゃあ!」


和樹がいきなり叫びだした透子にびくっと怯える。だいふくは透子たちとした約束――人前ではにゃあ、と鳴く―――をすんでのところで思い出したらしく人語を封印して千尋に飛びついた。


「かっ、かわいいなあ。だいふくは、うふふー」


冷や汗が背筋を伝うのを感じながら透子は目を泳がせながら呟いた。


「……何言っているんだ。こいつ……」


和樹が、何か気味が悪いものを見る目で透子を見た。

内心、失礼な! と思いながらも、確かに不自然だろう。


「だいふく、おいで」


大福を抱きかかえて、少し気持ちを落ち着けたらしい千尋が改めて何しに来たんだよ、と尋ねると、和樹は肩を竦めた。


「千瑛さんに仕事の話だよ。見えないお前には本当はまったく関係ないけどさ……」


千尋が睨むと、和樹はやけに嬉しそうに弟に近づいて髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。


「やめろよ」

「嫌がるなって、仲良くしようぜ……おまえにも関係ありそうな話だからな、一緒に話そうと待っていたんだ」

「関係ある?」


押さえつけるように手を置かれた手を払いながら千尋は和樹に尋ねた。


「そ。……それから透子ちゃんにも、関係あるかなあ」


いきなり水を向けられて透子は戸惑った。


「私にですか?」

「そ。おまえたちの高校の行方不明の件……警察が匙をなげたみたいだな」

「警察が?」


和樹はせせら笑いをすぅ、と収めた。


「事件性はありません、ってさ。……すくなくとも人間の仕業じゃない、って。俺たちの出番、って言ったらわかるだろ?」


透子と千尋は思わず顔を見合わせた。





仕方なく、和樹を連れてただいまと玄関をあけると、千尋の手の中でぶるぶると震えていただいふくは佳乃の胸に飛び込んだ。

どうやら和樹の事がすこしばかり怖かったらしい。

千瑛は和樹の姿を認めると、鼻にしわを寄せた。


「神社には来ない約束なんじゃなかったのか、和樹」

「生憎と、頭が悪いもので。覚えてないな」


千瑛は諦めたように首を振った。


「リビングに行こう。千尋と透子ちゃんも話をしておこうかな。身近で起こっていることだから」

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