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14.白井家

「なるほど、私が変質者に見えた、って事かあ」


北欧風の黒いソファに座って優雅に座った和服姿の青年は、湯呑を口に運びながらにこやかに微笑んだ。

救急車がおおげさなら、家はすぐ近くにあるから涼んでいきなさいと通されたのは古風な洋館だった。

大正時代のドラマに出てきそうな煉瓦塀の奥に瀟洒な洋館があって、洋館の中はつい最近建てたのか、というくらい美しくリノベーションが施されている。

吐しゃ物を洗い流してシャワーや洋服まで借り、洋館のリビングで透子と千尋は並んでソファに腰かける。


「……申し訳ありませんでした」

「本当にご迷惑をかけて……」


千尋と遠子は青年の真向かいに座って恐縮した。


二人ともジーンズにTシャツ姿になっている。透子が汚してしまったので、青年の家にあった新しい服を借りてしまったのだ。


「仕方ないと思うの! 昼間から和服姿で和傘をさした大人がフラフラしていたら、変質者かも、って疑っちゃいますわ」


部屋のドアがガチャっと開いて、顔を出したのは白井桜だった。

お盆にあづま庵のイチゴ大福が乗っていて桜は透子と千尋の目の前に並べた。

透子を助けてくれた青年は白井悠仁といい、なんと桜の兄なのだと言う。

桜も家での普段着は和服なのよ、と可愛らしく笑って着物の袖を千尋に向けて、ひらひらと翻してみせた。

大島紬という着物だとかで「高価だな」と千尋は感心していたが透子にはよくわからない。桜は「汚れても洗いやすいんですの」と笑っていた。

華奢で、なで肩の桜は和装がよく似あう。

その兄も妹と同じように和服を優雅に着こなしていた。


「芦屋さんだっけ。気分はよくなったかな?」

「ありがとうございます、もう大丈夫です」

「じゃあ、あづま庵さんのイチゴ大福食べるかい? 君はあづま庵さんの店員さんだから、知っていると思うけれど」

「いつもご利用、ありがとうございます!」


透子は青年に頭を下げた。

そして、なんと。白井悠仁は透子のバイト先の和菓子屋「あづま庵」によく来ていた和服の青年と同一人物だった。

どおりでどこかで見たと思ったはずだ。


「あの……せっかく勧めていただいても、まだ頂けそうになくて」


透子は胃のあたりを押さえた。透子は軽く熱中症になりかけていたのかもしれない。

悠仁は千尋に水を向けた。


「じゃあ、君……千尋くん、食べるかい?」

「はい」


にこにこと微笑まれて、恐縮しきった千尋が頂きますと頭を下げた。


「あはは、そんなに恐縮しないで。包んであげるから持ち帰るといいよ」

「本当にすいません……何から何まで……」


千尋は項垂れた。

白井兄妹は帰国子女だから――日本文化を大事にしたいから家では着物姿なんだよ、と教えてくれた。生活様式は日本よりも慣れ親しんだ国のものが使いやすいから、と北欧風らしい。素敵なお家だなあ、とついつい透子は観察してしまう。

ご両親は仕事の関係で外国にいるらしく、二人とお手伝いさん! がいるのだそうだ。


「神坂さんのおうちの方が家に来てくれるなんて光栄だなあ」


悠仁が朗らかに笑い、千尋の表情がほんのすこし沈んだ。


「だけど君たちの家は高校を挟んで反対側だろう? なんでここまで来たの?」


もっともな事を言われて透子はええーと、っと考え込む。

なんて説明していいかがわからない。

千尋が唇を噛んでそれから言った。


「……ちょっと学校で、嫌な事があって。逃げたんです……芦屋さんが追いかけてきてくれて……ごめんな」


透子はブンブンと首を振った。


「ううん! 全然。勝手に追いかけたのに吐いちゃって。た、体力がなくて……ごめん」


謝りあう二人に、桜がむぅ、と口を曲げた。


「なにやら二人だけの世界観があって気に入りませんわ!」


悠仁は桜をちらりと見ながら苦笑した。


「色々あるみたいだね。——私は噂の神坂千尋くんに会えてよかったよ」

「噂の?」


千尋が首をかしげ、悠仁は顎に指をあてて、千尋を観察した。


「妹の将来の伴侶なんだろ? 兄の悠仁です、どうぞ末永くよろしく」

「……はっ……! 誤解ですッ! ただの同級生ですッ!」


思わず立ち上がった千尋に、桜が「きゃっ」と照れた。


「そんなに照れなくてもいいんですよ、千尋くん。我が家に挨拶にきてくださって嬉しいわ」

「語弊がある!! ちがう、照れてない!」


千尋の様子に、悠仁はけらけらと笑っている。


「あはは。伴侶への道はどうやら険しいな、桜。神坂君、ごめんな。妙な妹で。妙な妹だけど仲良くしてやってね。それと、……何があったかよくわからないけど、元気を出してね」


悠仁は妹の奇行を面白がっているらしい、。

服まで借りてしまってと恐縮した二人に、悠仁はいいから、とタクシーまで呼んでくれた。


「白井も悪かったな、急にお邪魔して」

「お気になさらないで。私の和服姿を千尋くんに見てもらえてすごく幸せよ」

「すごく似合っているな。驚いた」


千尋はなんの衒いもなく褒めた。そういうところがモテる原因なんじゃないかなと透子はちらりと思ったが指摘はしない。

千尋からの賛辞ににこ、とはにかむ桜はたいそう可愛くて、透子は思わず自分の姿と比べてしまった。

借りた服なので比べて落ち込むのも失礼な話だが、ジーンズにTシャツでどこかボロっとした自分が恥ずかしい。


「白井のお兄さんは、何の仕事しているんだ? 外国語の本ばっかり」

「悠仁は翻訳者なんです。外国暮らしが長かったから」

「へえ、すごいな」


千尋は羨望の眼差しで壁一面に備え付けられた本棚と、ちょうど「タクシーが来たよ」と微笑む悠仁を眺めた。


「制服は洗濯して、桜に持たせるよ」

「いえ、引き取りに伺います」

「そう? じゃあ連絡先教えてよ。こちらから連絡をするから」


と、二人はあっという間に連絡先を交換してしまった。


そういえば、透子はまだ千尋のSNSのアカウントを知らない。

一緒に暮らしているから不要と言えば不要なのだが、教えてもらっていないことに気付いて、なぜだか非常にショックである。

ショックを受けている透子の隣で、桜もワナワナと震えている。


「……お、おかしいわ? 一年半、どれだけ頼んでも私にはアカウントを教えてくれなかったのに……悠仁兄さまには……出会ったその日に教えるの? なぜ……?ほわい?」


透子はちょっとだけ、桜の事が好きになった


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