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「よしっ。この魔道具はバズが好きにしていい」
「えっ?」
獣人が持っていた魔道具だけど、まぁバズが嬉しそうだからいいか。
「実際に魔道具を分解した事は?」
「えっと、ないです。分解する知識はあると自信ありげに言いましたが、本で知った知識だけです」
「それなら、これを使って実際に分解したらいい」
「えっ?」
「実際に分解をしてみたら、勉強だけではわからなかった事も学べるだろう。バズにとって、凄くいい経験になると思うぞ」
「いいんですか? プロに任せれば、この魔道具が何をする物かわかるのに。この魔道具の役目がわかれば、敵の動きもわかるんでしょう?」
「いいの、いいの。そんなのは、あいつ等を締め上げればわかる事だから。だから、これはバズの知識を深めるために使ってくれ」
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑うバズの頭を少し乱暴に撫でるガルガ。そんな二人を見ていると、頬がぴくぴくする。
「んっ?」
その不思議な感覚は、特に嫌な感じはしない。それどころか、気分が良い。
「魔道具はバズに任せて、こいつ等をどうやって運ぶかが問題だな」
「運ぶ? どこに?」
ガルガが我を見て笑う。
「アグーの下に、こいつ等を連れて行かないと駄目だろう?」
あれ? ガルガの今の言葉に、起きている獣人が反応した? あと、眠っているはずの獣人二人も。
ガルガも気付いたのか、反応した獣人に近づく。そして、拳で殴った。
「ぐえっ」
「うっ」
「ひっ」
熊の獣人が、恐ろし気にガルガを見る。
「何を怖がっているんだ? お前たちはもっと酷い事をしてきたんだろう?」
首を横に振る熊獣人。ガルガは少し不思議そうな表情をすると、熊獣人に近づく。
「お前はこいつ等の中でどういう役割だったんだ?」
「俺は荷物を運ぶ役目だ」
「それだけか?」
頷く熊獣人。
「何をどこに運んだ?」
ガルガの言葉に、さっと青くなる熊獣人。それを見て、ニヤッとガルガが笑う。
「全て吐け。とっとと吐け」
首を横に何度も振る熊獣人。
「ん~? 吐かせるためには、どうすればいいかな?」
ガルガがバズを見る。
「腕でも引き千切るか?」
「ひぃ……」
我の言葉に悲鳴をあげる熊獣人。まだ何もしていないのに。
あれ? ガルガが呆れた様子で我を見ている?
「なんだ?」
「最初は『折る』からだろう」
折る?
「そういうものか?」
頷くガルガに、バズは苦笑する。熊獣人は、我々から距離を取ろうともがいている。
「だが我は力加減が苦手だからな。折るつもりが、吹っ飛ぶかもしれない」
「「あぁ」」
「やめ、やめてくれ。話す! 全て話す!」
ガルガとバズが納得した様子を見せると、熊獣人が叫ぶ。
「全て話すのか?」
ガルガが聞くと、何度も頷く熊獣人。
「良かったです。さすがに目の前で腕が吹っ飛ぶのはちょっとあれなので」
「残念だ」
バズと我の言葉を聞きガルガが笑う。
「名前は?」
「クルビズ。熊獣人と犬獣人のハーフだ」
「「ハーフ?」」
ガルガとバズが首を傾げる。
「どうしたんだ?」
ハーフの何が気になるんだ?
熊獣人クルビズが目を大きくし、我を見る。
あれ? ガルガたちの態度が正しいのか? だが、ハーフなだけだろう?
「獣人は同じ種でパートナーを組む事が当然なんだ」
「なぜ? 違う種とパートナーを組んだらなにか問題が起こるのか?」
そんな事は聞いた事がない。それに当然とは? ガルガの説明ではよくわからない。だいたいハーフなど、探せば何人でも見つかるはずだ。特にこの森では。
「問題はないが、種によって習慣が違うだろう? だからだと思う」
「習慣? そんなのは、生き方や過ごした場所で変わるものだろう? 人間だって住む場所で習慣が違うのだから」
「まぁ、そうなんだが」
「あの、種としてのプライドだと思います。自分の一族に、異なる種の血が混ざるのを嫌うのだと思います」
種のプライド?
「くだらないな」
「「「……」」」
我の言葉に、無言になる三人。
「そうですか?」
「あぁ」
「ドラゴンはどうなんだ?」
ドラゴン?
ガルガを見ると、興味深げに我を見ている。
「どうかな?」
我が覚えているドラゴンは……。
「種の違いを気にした者はいなかったような気がするな」
「ルクスさんは、種の違いが気になりませんか?」
我か?
「好きになった者がいないからなんとも言えないが、種は気にしないと思うな。そんな些細な事を気にするのは面倒だ」
「些細な事? ドラゴンから見ればそうなのか」
ガルガが不思議そうに我を見る。クルビズは、泣きそうな表情で顔を伏せた。
「どうした?」
「両親は愛し合っていたんです。でも種が異なったから、居場所を失ってしまって。俺も皆から……。だから」
チラッと倒れている獣人たちを見る。
「利用されているとわかっていたけど、彼らの傍は息が出来た」
「そうだったのか」
ガルガがクルビズの肩を叩く。
「出会う相手が悪かったな。とっとと森に来たら居場所はあったのに」
我の言葉に、ガルガもバズもクルビズも驚いた表情をする。
「なぜだ?」
「アグーにはドラゴンの血が混ざっている。かなり薄まってはいるが、かつてこの世界にいたドラゴンの子孫だ。つまり混ざっていると言えるんだろう?」
「彼にドラゴンの血?」
「あぁ、それにリーガスは訳ありの獣人を良く集めていた。ハーフにクオーター、どの種が不明の子供たちなんかをな。アグーの傍には、種の混ざった者が多くいたぞ。気付かなかったか?」
ガルガを見ると驚いていた。
気付いていなかったのか。
「犬耳に首には鱗とか、羽と尻尾がある子供とか」
我の言葉に首を傾げ考え込むガルガ。
「駄目だ。あの時はルクスの対応で精いっぱいだったからな」
我の?
「ガルガに何かした覚えはないが」
「いや。存在自体が、俺の常識を覆していたから」
ガルガの言葉に、バズとクルビズが頷く。クルビズは、少し落ち着いたようだ。泣き顔だが、少しだけ安堵した表情になっている。
「話が逸れたな。クルビズ。何をどこに運んだのか、教えてくれるか?」
「はい。森にそんな方たちがいる事を知りませんでした。彼らの居場所を奪いたくないです。だから、知っている事は全て話します」
クルビズの言葉に、バズが嬉しそうに笑う。ガルガも小さく笑うと頷いた。
「洞窟に、彼らの仲間が持って来た魔道具を置いています」
「洞窟はどの辺りですか?」
バズの質問に、洞窟とは反対側を指す。
「ここからすぐ近くの洞窟です。そこに仲間が持って来た荷物の半分があります。残りの半分は、別の場所です。俺は別の場所については知りません。俺のような訳ありが、荷物を持って行きました」
クルビズが指した方を見る。洞窟という事は、岩場か崖があるはずだな。
あぁ、見つけた。ここからだと歩いて三分ぐらいか?
「見張りがいるな」
クルビズが我の言葉に目を見開く。
「はい。見張り役は三人いて、順番に洞窟を見張っていま――」
「この裏切り者が!」
クルビズの言葉を遮った獣人に視線を向ける。ガルガに倒されたのに、威勢がいいな。まぁ、紐で縛られているので地面に転がっているが。
「くそっ。この紐を外せ!」
いや、無理だろう。
「うるさい」
ガルガが獣人の背を足で踏む。
「くそっ。やっぱりお前なんて使うんじゃなかった。ハーフなど生きる――」
獣人がさっと顔を右に避ける。そのすぐ傍の我の足が通る。
「があぁあ」
「えっ?」
叫んでいた獣人の隣にいた獣人の頭が吹っ飛ぶ。
やはり加減は難しい。だが、いろいろと知っていそうな獣人に当たらなくて良かった。他の者が死んだとしても問題ないだろう。
仲間の血で染まった獣人が、首から上が亡くなった死体を見て顔を青くする。
「ルクス」
ガルガを見るとバズの目を手で隠していた。
「ガルガさん、大丈夫です」
「でも血が苦手だと言っていただろう? 慣れたとは言っていたが、気分は悪いだろう」
そうだ。バズは慣れたと言っていたが、血が苦手だった。
首から血が溢れている死体を見る。
「失敗したな」
バズには悪い事をしてしまった。
「今は、何も感じません」
ガルガの手を目の上から移動させ笑うバズ。
「感じない?」
バズの言葉にガルガが不審そうな表情をする。
「はい。怪我をして慣れたと言いましたが、実は父に、戦場に連れて行かれた事があるんです。その時から、何も感じなくなって。だから慣れたんだと思います」
血が苦手な子供を戦場に? 我でもそれがおかしいと思うのだが、バズの父親は狂っているのか?
「それは慣れたというより……いや、そうか。まぁでも、気持ちのいい光景ではないからな」
「悪いバズ」
「大丈夫です、本当に。でも腕ではなく首が飛びましたね。あれ? 彼には凄く怖かったみたいですね」
ぶるぶる震えている獣人に視線を向けるバズ。ガルガも獣人の状態に気付いたのか、少し困った表情をした。
「そういえば、静かになったな。たったあれだけの事で」
我を見て溜め息を吐くガルガ。彼からしたら「あれだけの事」ではないんだろうな。
でも苛立ったんだ。仕方ないだろう?
ただ原因の獣人は生かしておいた方がいいとわかったから、隣でニヤ付いていた獣人にしたんだ。我にしては、考えた方だと思うんだけどな。
「ルクス? どうして自慢げなんだ?」
ありえないという表情をするガルガ。
「うるさい原因を仕留めたかったが、必要そうだから別の者で我慢したんだ。凄いだろ?」
「「……」」
どうしてまた二人とも黙るんだ? それに、こんな感じの空気が少しずつ増えていないか?
「はぁ、まぁいい。おい。森に何を持ち込んだ?」
ガルガの質問にさっと顔を反らす獣人。そんな獣人の前に、我はゆっくりと近づく。
「待て。この森には、凄い力が眠っているんだ。それを手にすれば、この世界を手に出来ると言われている。欲しくないか? 欲しいだろう? そのためには、この森を守っている獣人が邪魔なんだ。だから、そいつらを殺そうとしているだけなんだ。こっち側に付けば、この世界で何もかも手にする事が出来るぞ。俺が、ガード侯爵にお前たちを紹介する、その力をあの人のために使えば、俺よりもっといい地位を用意してくれるかもしれない。どうだ? 地位も金も手に入れられるチャンスだ」
「いらないな」
「僕もいらないです」
「欲しくなれば、我は自分でやる」
「えっ?」
あまりにきっぱりと断られた事が理解出来ないのか、ポカンとした表情をする獣人。クルビズは我を見て、なぜか納得した様子で頷いた。
「なぜだ? この世界――」
「だからいらないって」
呆れた様子で話すガルガ。獣人がバズに視線を向けるが、彼も肩を竦めるだけだった。
呆然とする獣人。
「何を、森に持ち込んだ?」
ガルガが獣人に近づき聞く。そっと視線をガルガに向けた獣人は、気持ちの悪い笑みを見せた。
「俺たちだけじゃない。この森を手に入れたいのは、俺たちだけじゃ。多くの者がこの森を手に入れようとしている。いずれ森を守る獣人たちだけでは手に負えないぞ。いいのか?」
「あぁそれは、大丈夫だ。今森に住んでいる裏切り者たちを処理すれば、あとは我が張った結界が弾く」
「ははっ。どうしてこの森に、それほど肩入れをする? ドラゴンが見たいからか? そんな、いるかいないかもわからない存在のために? 馬鹿げていると思わないか?」
獣人が陰鬱な表情で呟く。我らが、獣人の言葉に乗って来ない事を理解したようだ。
「僕たちは、ドラゴンを実際に目にしています。だから、馬鹿げているとは思いません」
「はっ? ドラゴン?」
「はい、そうです。ドラゴンが実際に目の前にいますので」
バズの視線が我に向く。その視線の先を見た獣人は笑う。
「あはは、彼女のどこがドラゴンなんだ? 騙されているようだな」
「いや、ルクスはドラゴンだ。そこで白目をむいて倒れている者も、本当の姿を見たのでそうなった」
ガルガが我を見るので「仕方ないと」溜め息を吐く。簡単に姿は戻るが、何度もやるとなると面倒くさい。




