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「これで、よし」
ガルガが、我が作ったマジックバッグに荷物を入れ、満足そうに頷く。
「それにしても、このバッグは本当に凄いな。旅と言えば大荷物なのに、このバッグに全て入ってしまうなんて」
我の記憶の中にあったマジックバッグという大量の荷物を入れる事が出来るバッグ。この世界にはないという事なので作ってみたが、ずいぶんと喜んでくれたようだ。
「はい。これがルクスの分だ」
ガルガが、背負うタイプのマジックバッグを目の前に差し出す。それを受け取り、目の高さまで持ち上げ観察する。
「どうしたんだ? 何か問題でもあるのか?」
「いや、問題はない」
この世界にあるバッグに、我が空間魔法を付与しマジックバッグに変えた物だ。その時に、初めてバッグという物に触れたが弱弱しく感じる。少し力を加えたら、破れそうだ。
「ガルガ、これ」
ガルガが我が持ち上げたバッグを不思議そうに見る。
「どうした?」
「すぐに破れそうなんだが」
「いや、バッグ自体に強化魔法が掛かっているから、そんな簡単には破れないぞ」
強化魔法? あぁ、確かにうっすらと魔法は掛かっているが、この魔法では弱いだろう。でも、強化魔法か。我がこのバッグに強化魔法を掛けて強くするか? うん、それがいいな。
「強化」
「えっ?」
手に持っていたバッグの周りがうっすらと光ると消える。
「今……何をしたんだ?」
「掛かっていた強化魔法が弱かったから、我が掛け直した」
「あぁ、そうか。……悪い。俺のも頼む」
ガルガが自分のバッグを我の前に出す。それを受け取り、強化魔法を掛ける。
「ありがとう」
ガルガは少し考えると、ナイフを出してバッグに突き刺した。
「凄い。ナイフの刃が折れた」
「当然だろう? 我が強化した物なんだから」
ガルガが呆れた表情で我を見る。
「なんだ?」
「いや、ドラゴンってやっぱり規格外だと思ってな」
規格外?
「当然だろう? ドラゴンなんだから」
「まぁ、そうなんだけど」
ガルガが複雑な表情をしている。困っているというか、呆れているというか……また考えすぎているのだろう。
「行かないのか?」
出発する前にリーガスの墓に行き、森全体に結界を張る事になっている。核にするのはリーガスの墓。彼女が守った森だから、彼女の墓を核にする事にした。
ガルガは最初、墓を核にする事に反対した。どうして反対するのか聞けば、死者を冒涜する事になるとか。意味がわからず聞けば「墓は神聖な物だから、穢したらダメだ」と。核にする事が、どうして穢す事になるのかわからない。だってリーガスだったら「任せろ」と言って、笑うはずだから。ガルガにそう言うと、少し困った顔をしたあと「わかった」と言った。
「行ってくる」
周りに集まってきていた獣人たちに声をかけ、出発する。
「「「「「いってらっしゃい」」」」」
沢山の獣人たちからの声に、ガルガがしたように手を振る。
これはバイバイらしい。
「おかえりを、お待ちしています」
傍にいるアグーの言葉に頷くと、崖の上の墓に向かって歩き出す。少し歩くと、ちょっとだけ振り返る。まだ、我に向かって手を振っている獣人たち。その姿に、不思議な気持ちになる。
「どうした?」
我を見て首を傾げるガルガ。
「いや、なんとも不思議な……気分だ」
我が何を感じているのか、よくわからない。ただ、悪くない。
「んっ?」
我の返答に眉間に皺を寄せるガルガ。
「いい気分という事だ」
なんとなく違うような気もするが、今はこれでいい。
「そうか」
ガルガの隣を歩く。彼に合わせて歩いているが、遅い。やっぱり飛ぶ方が楽だな。
「飛ばないぞ」
どうしてバレたんだ? 謎だ。
「わかっている」
墓の前に出ると、最初の時とは違う気持ちになる。
自分の胸の部分に手を置く。何だろう? 我の知らない気持ち?
「痛いのか?」
痛い?
「いや、痛くはない」
痛くはないが……まぁ、いいか。リーガスの墓に手を当て、魔力を籠める。墓が微かに光り出すと、森を覆うように結界を張る。最後に墓と我を繋げる。これでどんなに離れた場所に我が行っても、魔力を送り続ける事が出来る。
「もう、終わり?」
墓から手を放すと、ガルガが驚いた表情をする。
「あぁ」
崖の上から森を見渡す。遠くにまで広がった結界の魔力を感じる。そして、その結界に弾かれた存在にも気づいた。
「まだ、森にいたみたいだな」
「どうした?」
「獣人たちを害そうとする者が、まだ森の中にいたみたいだ」
獣人たちが見回りをしていたが、隠れていたのかな?
「そうか。どうなった?」
「森の外に弾かれた。大丈夫、うまくいった」
結界に弾かれた者をどう処理するかで、ガルガと意見がわかれた。我は殺そうと思ったが、ガルガは反対。獣人を害そうとする者を助けるのかと思ったが、違った。ガルガは森に手を出した奴の末路、つまり「見せしめ」が必要だと主張したのだ。詳しく聞いて、ガルガは甘いだけではないのだとわかった。
「という事は、弾かれた奴らの魔力を奪えたのか?」
「あぁ、根こそぎ奪い結界に注いだ。あと呪いの方も問題ない。奴らは、数年は魔力を貯められないだろう」
ガルガの考えた「見せしめ」は、魔力を奪う事。冒険者も騎士も、魔力がなければ使い物にならない。しかも数年は魔力が溜まらないようにして欲しいとも言われた時は、彼の残虐性に少し驚いた。まぁ、彼の考えに我は大賛成だったので、喜々として結界に付与したが。
「よしっ。これで、森に手を出す者は減るはずだ」
この「見せしめ」については、メディート国だけでなく他の国でも「森の罰」として広まっていく予定だ。ガルガがメディート国にいる仲間に手紙を送り、魔王の正体とそう呼ばれるようになった経緯。そして森に手を出せば罰を受けると知らせたからだ。
「いなくなるとは言わないんだな」
魔力がなければ、日常生活も不便になる。魔力とはそれほど重要な物だ。そんな大切な物を奪われると知っているのに、まだ手を出す者がいるとガルガは考えるんだな。
「メディート国の王と上層部の頭の中は腐っているからな」
「ふっ、腐っているか」
「あぁ、『森の罰』という忠告も我々をバカにしていると憤慨するだろう。それに、魔力が奪われるのは王や上層部ではなく、奴らに命令を受けた者たちだ」
その部分については少し思う事があるのか、ガルガの表情が歪む。
「あの国は、変わらないと」
ぼそっと呟くガルガの表情は暗い。きっと変わる時には、そうとうな痛みを伴うのだろう。
「うまくいくといいな」
「あぁ」
崖を下り、最初の目的地ラクアス国に向かう。獣人の王が治める国で、メディート国と隣接しているため武力に力を入れているそうだ。
なぜ最初に向かう場所をラクアス国にしたのか。それは、リーガスの育った国だからだ。彼女がいた時から数百年。いろいろな事は変わっているだろうが、最初に行くなら彼女のゆかりの場所にしたかった。
「何もなければ九日後にはラクアス国だ」
ガルガが地図を見て教えてくれるが、首を傾げる。
「そんなに掛かるのか?」
歩きとはいえ、そんなに日にちが掛かるだろうか?
「あぁ、俺たちがいた場所はほぼドラゴンの森の中心部分。そこからどの国に行くにも一週間以上は掛かる」
「そうか」
「言っておくが、俺に合わせての日程だからな」
「んっ?」
「ガルガに合わせると食事も休憩もなしだろう?」
「んっ? あっ、ガルガには休憩と食事、あと睡眠が必要なんだったな」
すっかり忘れていた。旅に出る前に、ガルガが教えてくれたのに。
「人間も獣人もいろいろやる事があって大変だよな」
「ははっ。食事に休憩、睡眠をそういう風にとらえるのはルクスだけだよ」
そうだろうか? まぁこの世界にドラゴンは我だけだから、そうかもしれないな。
「でもいいよな。睡眠や休憩を取らなくてもいい体なんて」
「食事は羨ましくないのか?」
「それは、ない。うまい物は、俺にとって必要な物だからな」
「うまい物か」
いつか、食べた者を「うまい」と思う日が来るのだろうか?
「どっちだ?」
道が二手に分かれているが、右か左か?
「どっちに行ってもラクアス国には行けるけど、どっちがいい?」
ガルガを見る。なぜか楽しそうに我を見ている。
「どっちでもいいのか?」
「あぁ、一方は険しい道だかラクアス国に早く着ける。もう一方は安全にラクアス国に着けるが時間は掛かる。どっちがいい?」
「近道だな。どっちだ?」
「さぁ?」
これは、教える気はないな。
ん~、まぁ時間が掛かってもラクアス国には行けるし、気軽に選ぶか。
「左」
「なら左に行こう」
ガルガが左の道に進む。
「何をさせたいんだ?」
ガルガの行動の意味がわからない。
「難しく考えるなって。ただ、先に進む道をルクスの運に任せただけだから」
我の運か。
「それで? 我が選んだ左は近道か? 遠回りか?」
「遠回りだな」
我の運は、あまりよくないようだ。遠回りか、残念。
「はぁ、ルクス。この辺りで一度休憩を入れよう」
汗をぬぐうガルガが我を見る。歩き始めて三時間ぐらいか? ガルガはずいぶんと疲れているな。
「わかった」
近くの岩に腰を下ろすガルガ。我も近くの岩に座る。
「本当に疲れないんだな」
ガルガが我を見る。それに首を傾げる。
「嘘だと思っていたのか?」
「いや、ルクスが嘘を吐くとは思っていない。ただ、不思議だと思って」
不思議?
「ルクスに言われるまで、どんなに動いても疲れない存在がいるなんて想像した事もなかったから。なんとなく、不思議な感じがするんだ」
「そうか」
ガルガの感覚はよくわからないが、人間や獣人と違うから不思議に思うのかもな。
「ところで休憩はまだ続けるのか?」
「ルクス。休憩を始めて、まだ五分にもなっていない。さすがに、この短時間では休めない」
「わかった」
ガルガの体は軟弱だな。




