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大陸英雄戦記  作者: 悪一
オストマルク帝国
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外務大臣として

 1月5日。


 オストマルク帝国外務大臣レオポルド・ヨアヒム・フォン・クーデンホーフ侯爵。貴族特有の鎖付き鼻眼鏡を装着した白髪の老人。顎には結構な量の白髭を蓄えており、見た目だけで言えば有能な老人然としている。そんな男が、今俺の目の前にいる。見かけ倒しと言う可能性もあるが相手は大臣、油断してはいけない。


 ここは帝国外務省大臣執務室、の隣にある応接室。知り合いの伯爵令嬢に頼んで、この場を用意してもらった。ここが今の俺の戦場、使える武器は言葉だけ。剣や弓を使わないんだったら俺にも勝機はある。


「……在オストマルク帝国シレジア王国大使館附武官補佐官のユゼフ・ワレサ大尉です。此度はこのような場を設けていただき、感謝に堪えません」

「噂はかねがね聞いているよ大尉」

「恐縮です」


 どんな噂か気になるね。碌な噂じゃないことは確かだろうけど。


「立ち話もなんだ。掛けたまえ」


 大臣閣下に促されふっかふかのソファに座る。このソファで寝たいなぁなどと言ってる余裕はない。あぁ、これいくらするんだろう……。


「で、噂の大尉が私に何の用かな?」


 大臣は前座も何もなく、いきなり本題に入った。口調と表情を見るに「忙しいからサッサとしろ」と言ったところかな。ま、俺もお偉いさんとの世間話は苦手だから別にいいけどさ。


「私はシレジアの外交官として、閣下にある『提案』を持参してきました」

「『提案』か。それはどんなものかな?」


 その言葉とは裏腹に、大臣はさして興味を抱いていない表情をしていた。どうせその提案はアレのことなんだろ、と高を括っている、と思う。


「はい。現在、東方の隣国の国内問題により、シレジア王国は危機に直面しています。そして私が持参した『提案』は、有事に際してとても有効なものであるでしょう」

「ふむ。それはつまり、我が国との同盟ということかな?」


 外務大臣はシレジア=オストマルク同盟の成立を目指していたと聞く。だから俺が、シレジアの王女派の外交官が大臣に直接会いたいなどと言い出したら、この同盟について話し合いをしたいと取られても仕方ない。


「違います」


 でも、残念ながらオストマルクとの同盟は時期尚早というのが俺の持論でね。この時期にシレジアがオストマルクに泣きつけば、確実に足下を見られる。旧シレジア領の永久放棄を要求して来るかもしれないし、もしかしたら衛星国化によって同盟成立を成し遂げようとするかもしれない。


「今ここで、私が同盟の提案をしたところで貴国には何の益をももたらしません。彼の国に戦争を吹っかけられる危険性が高まるだけです。私の言う『提案』は、我がシレジアのみならず、オストマルク帝国にとっても有益(・・)となるものなのです」

「……では、貴官は私に何を『提案』するというのかね?」


 大臣は少し前のめりになった。「有益」という言葉に、どうやら興味を持ってくれたらしい。ここからが本番だ。


「……東大陸帝国に対する『非難声明(・・・・)』です」


 非難声明。

 文字通り、国家が国家に対して公然の場で非難する声明のことである。軍事的な衝突は行わないものの、いわゆる「喧嘩を売る行為」である。ただ宣戦布告ではないため、実際の喧嘩になるかは当事国次第だ。


「非難声明、か。それをして、我が国に何の益があると言うのだね?」


 非難声明を発表すれば、両国間の仲は基本的に悪くなる。まぁ元々オストマルクと東大陸帝国は仲悪いけど、反シレジア同盟という枠組みによって一定の関係にあった。それを非難声明でぶっ壊そうと言うのだ。普通なら、デメリットしかない提案だろう。


「この非難声明は、別に今すぐに出してほしいだとか、開戦直後に発表してほしい、などと言うつもりはありません」

「つまり、開戦後しばらくしてから発表することに意味があると。貴官はそう言うのだね?」

「少し違います。正確に言うのであれば『開戦後暫くして、戦いの趨勢がシレジア王国側に傾いた時』に声明を発表してほしいのです」

「……何?」


 いつだったか、フィーネさんに「大言壮語」だと言われたことを思い出した。

 勝てるとは思わない。単独では無理だ。でも、負けない戦いならいくらでもやりようがある。そして東大陸帝国の攻勢が限界に達した時、この非難声明を出してほしいのだ。


「この非難声明を出すことによって、ある事態が生じます。反シレジア同盟の事実上の解体です」


 反シレジア同盟は、シレジアという共通の敵に対して周辺国が一時的に握手を交わした同盟だ。問題は、シレジアが事実上無力化された現在、そしてシレジアが滅亡する近い将来に、この同盟がどうなるかという不安が、参加国のみならずその周辺国にまで広がっている。


「反シレジア同盟が恒久的な同盟となって、大陸東部にある4つの国家がその下に統合されるのではないか。そう危惧する国家は多いです。例えば、キリス第二帝国や西大陸帝国などです」


 東大陸帝国とオストマルク帝国とリヴォニア貴族連合、おまけにカールスバート共和国。これらの国がシレジア王国の経済力を吸収した上で連合を組めばどうなるか。経済力、軍事力、人口、すべての面において他の国を圧倒することになる。例えその他の国が同盟を組んでこれに対抗したとしても、この大連合には太刀打ちできない。

 無論、この大連合には弊害が多い。だから今そんな悪夢みたいな同盟は結ばれていないのだが。


「オストマルク帝国にとって最良の未来とはなんでしょうか。シレジアを見捨て、東大陸帝国やリヴォニアと大連合を組み、大陸制覇を達成することでしょうか?」


 答えは「(ナイン)」である。

 この大連合はあくまで、詳しい事情を知らない他国が危惧している非実在同盟でしかない。実際結ぼうとするなら、各国それぞれにある国内問題やわだかまりを何らかの形で解決しなければならない。元々仲のいい国ではない反シレジア同盟が、そこまで我慢できるかと言えば疑問が残る。そもそもわだかまりがあるから「国境」なんてものが存在するのだから。


「私が考えるに、オストマルクにとって最良の未来とは、シレジアやキリス第二帝国、西大陸帝国と協力し東大陸帝国に対抗することだと思います」


 わだかまりのある国同士が無理矢理同盟を組んでくっつけば、いずれ同盟内で不和が生じる。仮に大陸を制覇しても、同盟内で覇権争いが勃発するだけだ。なら、東大陸帝国というわかりやすい共通の敵に対して、複数の国による一時的な同盟を組んだ方が何かとやりやすいだろう。

 オストマルク帝国が東大陸帝国に対して非難声明を出せば、キリス第二帝国や西大陸帝国は「反シレジア同盟は解体される」と思うはずだ。そうすれば、彼らの方からオストマルクに接近してくる可能性が高まる。反東大陸同盟を結んでしまおう、ってね。

 シレジア王国にとっても当然メリットはある。負けが込んできた東大陸帝国が、この非難声明を見たらどう思うか。オストマルク帝国がこの戦争に介入して、さらなる敗北を積み重ねるのではないかと思うはずだ。大貴族に恩を売りたいイヴァンⅦ世にとっては、これは致命的だ。傷口が広がる前に戦線を縮小するか、それか戦争を適当なところで手打ちにしたいと考えるだろう。


「貴官の『提案』には聞くべき点がある。だが非難声明を出すのはあくまでシレジア王国が優勢になることが大前提だ。その点は大丈夫かね?」

「大丈夫です。私の友人は、とても優秀なので」


 たぶん俺がいなくても勝てる。何の為に士官学校で戦術の勉強教えたと思ってる。あれ毎回授業の内容考えるの面倒だったんだぞ! 教師がいかに大変な職業かわかったよ。前世現世の先生、お疲れ様でした。私は教師には絶対になりません。


「ふっ……そうか。なら、我々はその時まで高みの見物と行こうか」

「見物料は、払ってくれますか?」


 俺は、半分冗談でそう聞いてみた。大臣は半秒沈黙した後、口を開く。


「その演劇が素晴らしいものであれば、払うのは吝かではない」

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