外交官として
東大陸帝国の帝位継承規則改訂の情報は、時を経ずして在オストマルク帝国シレジア大使館にももたらされた。
これに対して大きな反応をしたのは、意外にもスターンバック准将だった。
「バカな! あ、ありえんことだ!」
王女派かもしれない俺が目の前にいるというのに、准将は驚きを隠そうともしていない。
とりあえず、俺は平静を装ってみる。
「閣下、いかがなさいましたか?」
「いかがもタコもあるか! こんなこと、帝国の奴らは何も……」
ははーん?
どうやら准将閣下も独自に東大陸帝国の動向を掴んでいたわけね。でも何も聞いてない、となると大公派はイヴァンⅦ世ではなくてセルゲイ派貴族と繋がってるってことになる。やれやれ。焦って自白するなんて准将もまだまだですな。
にしても大公はセルゲイ派か。本当に何企んでるんだろうか。イヴァンⅦ世派ならまだわかる。なんてったって次期皇帝は赤子になるんだし。まぁ今はそんなことはどうでもいい。問題は、今何をすべきかだろう。
「閣下、どうされますか?」
「どうされるも何も、何をしろと言うのだ」
准将は椅子に脱力しながら座ると、背もたれにめいいっぱいもたれかかり天井を見た。情けないったらありゃしないね。
「これで東大陸帝国が我が国に対して軍事行動を取る可能性が高まりました。その上で、我々が何をすべきなのか。御指示を」
いっそのこと今すぐシレジアに戻ってエミリア殿下の下に行きたい。だが俺が行ったところで何もできない。たかだか大尉じゃできることなんて少ないし、ここはエミリア殿下、いや高等参事官殿を信じるしかないのだ。
「……とりあえず、今回の事態についての情報収集に専念せよ」
情報収集ね。今更やったところで手遅れだと思うが。情報収集ってのは事が起きる前にやってこそ意味がある。すでに時が動いてしまってから情報収集をしても遅い。それはただの歴史の勉強だ。
俺が集めるべき情報は、帝国軍の人事と規模。あとは、オストマルク帝国の出方だな。
「わかりました。では、早速市街に出て、情報収集に専念したいと思いますので、外出の許可を」
「……あぁ、許可する」
スターンバック准将はそれを言うと、ついに何も言わなくなった。死んでるわけではない。口は動いていたから、何か恨み節でも言っているのだろう。小さすぎて何言ってるかわからんけどさ。
さて、今はなりふりは構ってられない。素人追跡者なんて振り落す勢いでこの都市を駆けずるしかない。とりあえず、リンツ伯爵の屋敷に突撃するか。
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結論から言うと、リンツ伯爵には会えなかった。
いつもの追跡者は居なかった。シレジア大使館内はてんやわんやだったし、そんな余裕もなかったのだろう。だから俺は真っ直ぐ伯爵の屋敷に向かったのだ。
だが伯爵は屋敷におらず、外務省にいるとのことだった。それを聞いた俺は外務省に行こうとしたが、屋敷の人に止められた。「いくら外交官で知己のある人物と言えども、約束なしで高級官僚に会えるほどオストマルク帝国は甘くない」と、屋敷の奥からヌッと現れたフィーネさんに言われた。フィーネさんがニンジャめいてる。実際怖い。
「想像はつきますが、何の用でしょうか?」
「フィーネさんの想像通りです」
「わかりました。ここではなんですので、上がってください」
伯爵の屋敷は、それなりの大きさだった。少将昇進祝賀会の時の別邸よりは小さかったけど、あっちはパーティー会場も兼ねてるからな。こっちは住む用、と言ったところだろう。
応接室らしき部屋に通された俺は、運ばれてきた紅茶に目もくれず本題に入った。俺は緑茶派だしね。
「……フィーネ伯爵令嬢。私は今回の事態に対し、貴女の協力を得たい」
「それは、シレジアの外交官としての正式な要請ですか?」
「無論です」
「わかりました。貴方に協力してくれと言われれば、私は協力するに吝かではないありません。ただし、内容によります」
彼女は微笑みながら紅茶を飲む。伯爵令嬢らしく、優雅に。
「外務大臣クーデンホーフ侯爵閣下にお会いしたい。そのための協力を得たい」
「……ほう」
大臣にして侯爵という高貴な人物に会うためには、近しい者の紹介を得るのが普通だ。エミリア王女みたいに向こうからやって来るなんてことの方が変なのだ。まぁ、今回も異常と言えば異常か。農民出身の俺が伯爵令嬢と2人きりなんだから。
「……祖父、いえ大臣閣下にお会いになってどうするおつもりですか? 援軍の要請でもするつもりですか?」
「いえ、そこまではできません」
「では、何をするつもりです?」
フィーネさんは、そのキツめの眼差しを俺に送ってくる。もしこの視線が金属だったら俺はとっくに死んでるだろう。それぐらい、この視線は鋭い。だからこそ、ここで失敗するわけにはいかない。
「オストマルク帝国に、ある『提案』を」
「『提案』?」
フィーネさんの眉が少しだけ動いた。興味を持ってくれたようだ。
「えぇ。有益な『提案』です。これを蹴るのは勿体ない」
「どんな内容か、気になりますね」
「この場で言っても良いですが……できればクーデンホーフ侯爵閣下に直接説明させて頂きたい」
これはあくまでも餌。その餌を、フィーネさんに横取りさせるわけにはいかない。フィーネさんが俺の「提案」を外務大臣に伝えてしまっては意味がないのだ。
「もし私が『教えなければ協力を拒否する』と言ったら?」
「そうなれば、私は潔くこの場から去り、正式な外交経路から大臣謁見を申しでるつもりです。その場合、私の『提案』は外部に露呈する場合がございます」
今ここで協力すれば、大公派の妨害もなく外交ができる。「提案」がどんなものかわからないが、オストマルクにとって有益なもの。でも外部に漏れたら、間違いなく妨害される。それは大公派貴族によるものか、それとも某国のものなのかはわからないが。
「……なるほど」
フィーネさんは小さな声でそう呟き、目を閉じた。微動だにせず、思考を巡らせている。そんな感じの雰囲気を醸し出してる。
数十秒後、フィーネさんはゆっくりと目を開いた。
「わかりました。ワレサ大尉に協力します」
その言葉を聞いた瞬間、俺は心の中で盛大にガッツポーズをしたと思う。平静を装うのが大変だった。
「……協力、感謝に堪えません」
まずは第一関門、クリアだ。
「大陸英雄戦記設定集」作りました。
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まだ書いてる途中。随時更新します。基本的には最新話基準です。




