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大陸英雄戦記  作者: 悪一
戦争をなくすための戦争
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18回目

 サラ・マリノフスカが実質率いる近衛師団第3騎兵連隊は、シレジア王国最強の騎兵部隊である。


 元はエミリア・シレジアの護衛部隊ではあるのだが、サラが同連隊に着任したことをきっかけに練度の向上が図られ、数々の戦場を往来し、数多の敵に勝利を挙げてきた。

 女性で、かつ容姿もよく、そして戦場でも美しさを放つ(と言われている)彼女の活躍が、後世小説や映画、ドラマの格好の材料となるのはごく自然の話である。


 しかしそんなサラの活躍には、ユゼフ・ワレサという知恵袋があってこそであるということは、サラと、サラの友人以外の人間が知ることはなかった。




 大陸暦639年10月18日。


 18回目の通商破壊を目的とし陣地を立った第3騎兵連隊の精鋭たちは、いつものように敵陣を迂回し、いつものように敵の補給路上で待ち伏せをしていた。


 そしていつもと同じように索敵を行い、18回目の獲物を見つけたのはサラが手早く昼食を済ませたあとのことである。


「敵の規模は?」

「馬匹は50以上、護衛と思しき騎兵の姿も確認しています。位置はここです」


 第3騎兵連隊においてサラと共に出撃する機会の多く彼女の副官としてコキ使われることの多いコヴァルスキ准尉は、地図を広げて索敵班の報告を書き記す。


 17回も同じことをやっているだけあって、部隊に緊張感はなく、そして準備はこなれたものだ。

 ただ一人の例外を除いて。


「護衛は増えていますが馬匹の数に比して少ないです。我らが連隊の敵とはなりません。すぐに総攻撃の準備をさせます」

「……」

「マリノフスカ中佐?」


 コヴァルスキは総攻撃の準備を進言する。それはいつも通り、それこそ朝顔を洗うのと同じような日常と化した作業なのだが、なぜかサラは号令を発せず、腕を組んで考えている。


 ハッキリ言って、コヴァルスキにとって彼女がここまで深く考えるなどあり得ないと思っていた。というより、彼女の考える姿が「似合わない」とまで考えていた。サラは、考えるより先に筋肉が動く人間だからだ。


「……ユゼフがね」


 そしてサラがそう切り出した瞬間、「あぁ、なんだ。考えてたのではなく思い出してたのか」とコヴァルスキは納得する。

 それもそうだ。サラ・マリノフスカという美少女は頭脳以外は魅力に欠けるユゼフ・ワレサというよくわからない男にゾッコンなのだから。彼女のことをよく知らない新人の連隊員からは「彼女は悪い男に騙されているのでは」と不安がられるほどに。


 まぁその点に関してコヴァルスキは「文章の前半は間違ってない」とだけ返すのが最早お決まりとなっている。


 しかしサラがユゼフの名を口にするときは、大抵惚気ではなく真面目な話であることを、コヴァルスキも長い経験から知っている。そしてまた大抵、碌でもないことである。


「17回も補給路を襲撃させられて何も対策してないわけない、って言ってたのよ。あいつらには対策をするだけの兵力も物資もあるのだから、何かしらのことをしてもおかしくないって」

「……それはそうですが、しかし17回も成功させてるのですよ? 対策に効果がないか、あるいはしていないかのどちらかでは?」

「楽観的に考えるんじゃないわよ、コヴァ」


 お前が言うか、とはさすがにコヴァルスキは言えない。


「相手は強大な帝国軍、慎重であるに越したことはないわ」

「……中佐からそんな言葉が聞ける日が来るとは」

「私が考えなしの脳筋だって言いたいの?」


 ムッとするサラに、コヴァは肩を竦めて答えた。言わずもがな、というやつだ。


「ったく、私だってたまには考えるわよ。いつまでもユゼフに頼りっぱなしじゃ格好がつかないし」

「左様ですか。しかし、どうするのですか? 敵におかしな点はないですし、慎重に行動するにしても目の前の餌を放置する意味もないでしょう?」

「…………うーん」


 サラは再び腕を組み、天を仰いで熟考した。

 彼女がここまでして突撃に慎重になるなんて、もしかしたら槍が降るかもしれないとコヴァルスキはサラ以上に真剣に考えていた。


 そしてサラが考え抜いた末に発した言葉は、連隊員なら誰もが一度は耳にしたことがあり、且つ、最も信用できるものだった。


「私の〝勘〟が正しければ、あれはただの補給部隊じゃないと思うわ」

「勘、ですか」

「えぇ。女の勘よ」


 コヴァルスキは深く溜め息を吐く。なるほど、サラ・マリノフスカという女が言う「女の勘」ほど説得力のある言葉はない。


 彼女の勘がどういうものなのかを、コヴァルスキを含めて一部の隊員が考えたことがある。


 経験に裏打ちされた勘であるという説は早々に「それはない」と断じられた。なにせ彼女の勘は従軍間もないころの春戦争のときから始まっている。


 となると「女の勘」はなんであるか。洞察力や知識、ずば抜けた視力、実は予知能力者など、様々な要因や論理が説かれたが、どれもが100%納得するものでもなかった。そして最終的に最も支持を集めた説が、


『惚れた男の浮気を見逃さないために鍛えられた勘が戦場にでも役立っているのでは?』


 という、ある隊員の冗談であった。


「――って、聞いてるのコヴァ?」


 そんなどうでもいいことを思い出していたら、どうやら重要な話を聞き逃していたらしい。サラがコヴァルスキの頭を叩いた。


「申し訳ありません、中佐。少し考え事を」

「ったく……。もう一度言うわよ。出撃は見合わせる。暫くここで待機して索敵を継続。もっと広い範囲というか、索敵地域を変えて別働隊がいないか確認するわ」

「罠、というわけですか?」

「どっちかって言うと、さっき見つかった部隊のほうが罠だと思うけどね。あと、一応本陣に連絡――ていいうか、ユゼフに連絡と相談をしときたいわね」

「いっそ、こっちに来させますか?」

「足手まといのような気がするし、あっちもそれはそれで忙しそうだし……、ま、提案だけはしときましょうか」

「わかりました。索敵部隊を編成して、伝令も向かわせます」

「頼むわね」


 こうして、18回目の襲撃はこの日は行われなかった。


 これが本当に正しい判断であったかは誰も知らなかったが、第3騎兵連隊の殆どの人間は「女の勘が間違うわけない」と知っていたという。

大陸英雄戦記がついに70,000ポイントの大台を突破しました!


ありがとう、ありがとう……!

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