懐かしの上司
ヨギヘス中将に連れられ、そして紹介された人は確かに俺の知っている人だった。でも会うのは久しぶりで、かなり老けている印象があった。
でも恩人であることは違いない。サラやラデックに紹介したらどうなるか楽しみだ――と思ったのだが、
「と言うわけでサラ、ラデック。新しい上司はこの人になったよ」
「……誰?」
「正直でよろしい」
サラは完全に忘れていた。
ラデックの方は「どっかで見たような……」という反応を示しつつ敬礼しているあたりまだ常識的対応。
「まぁ、忘れていたとしても仕方ないなマリノフスカ少佐。何せ会ったのは6年以上前だ」
「6年……? なんかあったっけ?」
「あったよ。尤も、君たちにとっては私の存在よりももっと大きな事件があったようだけどね」
いや、サラの場合6年前に何が起きたのかを忘れていそうだ。
6年前……いや、そろそろ7年前になる。大陸暦632年の年初に起きた戦争、俺たちがまだ士官学校の1年生だったときの戦争、そして俺たちの初陣。
それが、シレジア=カールスバート戦争だ。
そしてその戦争で、俺たちはエミリア殿下に、その後マヤさんに出会ったのだ。サラにとっては、いや俺にとっても、そちらの方が重要だ。だから忘れていても仕方ない。と言うか俺も忘れかけてたし。
「改めて自己紹介しよう。私の名はザモヴィーニ・タルノフスキ。王国軍准将、ヨギヘス中将指揮の師団の参謀長を努めている」
「タルノフスキ……タルノフスキ……どっかで聞いたことあるような……」
ダメだ、サラさんが完全に忘れてらっしゃる。隣のラデックを見ろ、完全に思い出した顔してるだろ!
「あ、思い出したわ!」
やれやれ、やっとか。
「タルノフスキって、ユゼフが罠張って退学させたハゲのことね!」
「……えっ?」
おいサラ、ドヤ顔で何を言ってるんだなんでそれを今思い出した!? 確かにそれあったけど、サラと俺の出会いの思い出だけど、なんでそれを今当事者のお兄さんに言ってるのかな! 確実に俺殺されるよ!?
そして暫く、タルノフスキ准将の疑いの目線は晴れなかった。
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「……まぁ、そういう事情なら弟に非があるな。昔から問題のある奴だったから懲罰的措置として士官学校に入れたと父は言っていたが、まさかそんなことがあって退学とはね」
数分の事情説明と言う名の弁明で、タルノフスキ閣下から赦しを得られた。生きた心地がしない。忘れかけていたが、この人の父親は法務尚書タルノフスキ伯爵である。今の内戦と言う特殊事情がなければ、変な事言ったら政治的に殺されていただろう。
ザモヴィーニ・タルノフスキ准将は、シレジア=カールスバート戦争の時に徴兵された俺やサラ、ラデックを率いた人であり、エミリア殿下護衛部隊の指揮を執った人。
当時の階級は中尉。
シレジア=カールスバート戦争や春戦争などで武勲を挙げ、内戦直前の人事異動で准将に昇進。先述のように、ヨギヘス師団の参謀長に就任している。
……と言うことを、サラに耳打ちして教えてあげた。
「なんで覚えてるのよ、そんな昔の話」
「サラだってハゲのこと覚えてたじゃん」
「それは……だってユゼフのことだし」
いや俺の思い出したくない冷や汗かいた話は忘れてくれた方がいいのだが。
でもエミリア殿下と会った時の話、と言うとすぐに記憶を繋げてギリギリ思い出してくれたようである。よかったよかった。
「こういう形で君達と再会できたのは少し残念だが……でもあえて言おう。久しぶりだな、ワレサくん、マリノフスカくん。そしてノヴァクくん」
「こちらこそ、会えて光栄です。タルノフスキ〝閣下〟」
俺やラデック、少し遅れてサラが挨拶すると、准将は少し笑みを浮かべた。
気心の知れた、と言うわけではないけれど、でも双方共に事情と顔をよく知っている。自分で言うのもなんだが、まさに理想的。
「ワレサくんとノヴァクくんはヨギヘス師団の参謀に迎え入れることになった。マリノフスカくんは引き続き近衛師団第3騎兵連隊所属だ。……それと、もうひとつ辞令がある」
「辞令、ですか?」
はて、今言ったこと以外に何かあったっけ?
所属は暫定的な措置だけど決まったし、結構妥当だと思うのだが。だから、タルノフスキ准将が放った言葉は少し予想外だった。
「まずは……そうだな、やはり君からだろう。ユゼフ・ワレサくん」
「は、はい!」
「ユゼフ・ワレサ。貴官は、オストマルク帝国とキリス第二帝国との戦争において、同盟国をよく補佐し、助言し、時に最前線に立ってシレジア王国軍らしく勇猛に戦った。そのことを評し、貴官をシレジア王国軍中佐に昇進させる。おめでとう、ワレサ中佐」
「……はい?」
「何を不思議がっているんだ、君は。まぁこのご時世に昇進しても嬉しくないだろうがね」
いや、辞令というから別の任務を言い渡されるのかと思ったのだけど、まさか昇進とは思わなくて。
んでそれ以上に「シレジア王国軍らしく勇猛に戦った」って、どっちかと言うとサラに対する評価じゃない? 俺はどちらかと言うと「王国軍らしくもなく卑怯に戦った」と評する方がいいよ?
……まぁいいや、給料増えるし。貰えたらの話だけど。
「本来なら、勲章の1個か2個は貰えるだろうけど……軍務省が今敵の制圧下にあってその手続きができないから我慢してほしい。昇進についても、名目上は臨時総司令官殿の野戦昇進と言う形を取っているしな」
「いえ、大丈夫です」
勲章増えると胸にぶら下げる手間がかかるじゃないか、とか贅沢に言ってみる。勲章を売ると結構な金額になるとか年金が増額されるとか色々あるけど、准将の言う通りこのご時世じゃその恩恵は受けられそうもないな。
……恩恵を受けられるために戦うってのもありかもしれないけれど。いやそれはどこの紅茶提督だと言う話でもあるか。
それに俺はあの人程チートすることはできないろうし。
「次に、サラ・マリノフスカくん」
「はい」
いつも通り、惚れ惚れする凛としたサラの声。この辺がやっぱり、あぁサラも軍人なんだなぁ、と思い出すところである。
サラに対しても、俺とほぼ同じ理由で昇進が言い渡された。サラ・マリノフスカ中佐の誕生だ。
「恐らく追って君に報せがあると思うが、連隊長のミーゼル大佐が准将に昇進して、別の部隊に異動することになった。それに伴ってシミグウィ副連隊長を大佐に昇進、連隊長にさせることになる」
「と言うと……」
「あぁ。マリノフスカ中佐、君が第3騎兵連隊の副連隊長だ」
どうも、サラは順調に出世しているようだ。士官学校卒業以来、俺とサラって傍から見ると出世競争してるかのように昇進速度が同じだ。
「では最後に、ラスドワフ・ノヴァク。貴官は叛乱時において監禁状態にあったエミリア王女殿下救出作戦に多大な貢献をし、また多くの者を叛乱者の魔の手より救った。そのことを評して、貴官を王国軍少佐に任ずる」
「ハッ、感謝いたします。今後も王国に忠誠を誓い、祖国の為に職務に精励したいと存じます」
なにその模範回答。ずるいぞラデック、なんかお前だけ優秀っぽいじゃないか。階級下なのに!
まぁ、それはさておき全員が昇進と言うことかな。ラデックが昇進したと言うことは、たぶんマヤさんも普通に昇進しただろう。彼女の武勲の大きさを見ると、飛び級でもいい気がするが。
しかしそうなると、如何に内戦で緊急事態とは言え昇進・異動ばかりだな。臨時総司令官の野戦昇進と配置転換は、かなり大がかりと言うことか。
「タルノフスキ閣下。もしかして今回の昇進、士官が足りないと言う事情もありますか……?」
「……相変わらず君は鋭いな」
正解らしい。
曰く、大貴族が大公派にすり寄った結果、その子弟も一緒に大公派に与した。そして、大貴族の子弟には王国軍士官の座についていた物も多く、一部は将官となっていた。つまり、王国軍士官であった多くの人間が王国軍から離反したということ。
その結果起きたのが、士官の不足である。
対応策として、士官昇任試験を受けていない下士官を士官に昇進させたり、既にいる士官を昇進させて適性を考えてあっちこっちに異動させているのだそう。そしてそういう努力をしてもまだ足りない。
「挙句の果てに、軍務の経験がないが大学や地方政治において要職にあった人間の志願を募り、その者を士官に任じていることも起きているんだ」
「うわぁ……」
思わず声に出してしまった。
本物の素人が指揮する部隊が出来上がったと言うことだ。
「一応、そう言った人間にはベテランの上官や下士官を付けているし、訓練もさせている。最悪、陣形を維持できるよう後ろから兵を並べられることが出来れば士官としては合格だ」
「悪夢ですねそれ……」
新兵だらけの士官か。いやはや、どうなることやら……。士気とかが一番不安だな。そういう人を纏められる巨大な権威が必要かもしれない。となると殿下の力だが、今彼女は……。
いや、今はそのことをどうこう考えるのはよそう。
それに前世でも、素人だった人間が軍に志願して軍事的才能を見せつける例もあったんだし。……逆もいっぱいあったけどさ。
「あぁそれと、これも言っておこう。君たちが昇進したのは確かに君たち自身の能力によってだ。だから誇っていいさ」
「……はい」
でもこのことを聞かされたら、素直に喜べないよ。
素人で士官学校出てないけど超有能な指揮官と言えばアメリカのジョシュア・チェンバレンだと思います(




