昔の話2
アルフレトの奴は、意外と手が早いらしい。
貴族学校という、社会規範と貴族風習の濃縮地帯を卒業した彼を待っていたのは、彼好みの女性が待つ王都の街並みであったという。
「で、昨夜の相手は誰だったんだ?」
「王都旧市街のパン屋で働いている看板娘だ。かわいいことで有名で結構ちやほやされてたらしいが、なんと俺が初めてだったらしいぞ?」
「……あ、そう」
貞操観念という帝国語を教えてやった方がいいのだろうか。
そう思わなくはないが、しかし貴族学校在学中からそういう噂に縁があった男に言っても労力の無駄となるのは間違いない。
「カロルは身持ちが固いな」
「アルフレトが軽すぎるんだ。何人目だいったい」
「10から先は数えてない」
「……」
だがこういう人間ほど、案外幸せを掴みやすいようである。
それはアルフレトがパン屋の看板娘に手を出した翌年のこと。
彼は領地に戻って、今更ながら領地経営について父から学んでいた。
私と言えば、産業省の一官吏として政務に努めていた。王族という立場が邪魔しているためなかなかうまくは言っていないが、されとて他に行くところはない。
王宮という手もあるが、しかし王宮には兄、つまり次期国王となるフランツがいる。彼の事はどうも苦手なのだ。
先の事を考えていない楽天家と言うべきだろうか。一目惚れした侍女を一日中眺めている様を見た時は流石に吐きそうになった。
それなりに政治経済については学んでいるだろうが、今もって中央省庁等で政務実習を受けていないところを見るとどれほどの実力があるかわからないものだ。
だが王位継承順は彼に優先度があるのだから、私はせいぜい尚書職を戴いて兄の補佐をすることになるのだろう。後継者争いなど、してる暇などない。
……こんなんだから、アルフレトから「身持ちが固すぎる」と言われるのだろう。この歳になって明確な婚約者の存在の名が挙がっていないのも、それはそれで問題なのだ。
一応、宮内省から候補者名簿は来ているが、私自身に結婚する気がない。
そんなことに思いを馳せていたある日。
アルフレトが王都にやってきた。やはりと言うべきか、彼はアポなしで私のいる産業省参事官室に来た。
「来るなら来ると言え。一応お前も公爵家嫡男で……」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃないぞ!!」
珍しく……もなく、彼は慌てていた。
しかし、アルフレトだからまだいいものの、こうも簡単に王族の言葉を遮るとはなかなかの勇者ではないだろうか。と常々思う。
「何があったんだ? 手を出した女を孕ませでもしたのか?」
「それは今までにも何度かあった……」
誰かちょうどいい形の棍棒を持っていないだろうか? なに、安心してほしい。官憲にはバレないよう証拠は隠滅してみせる。好みではないが、賄賂を使っても良い。だから誰か棍棒を私に貸してくれないか。
「子供が出来たとしても父の力と金で解決できる。今までもそうしてきたし、今回もそうするつもりだったんだ……」
この際ナイフでもいい。至急に調達したまえ。このクズが逃げる前に。
「た、ただ……相手が、相手がピウスツキ公爵家の長女だったんだ……! これじゃあ金も力も通用しないよ! だから、カロルの力でなんとかしてくれ!」
……。
ここで「ざまあみろ」と思ってしまうのは私の心が穢れているからなのだろうか? 同情の余地がない。
しかしアルフレトがここまで私に頼るのは、貴族学校で及第点を取った時以来だ。友人としては、まぁ話くらいは聞いてやろう。
「ピウスツキ公爵の長女というと……オティリア殿か。ピウスツキ公爵家の晩餐会で何度か会ったことがあるよ。綺麗なソルフェリーノの目が印象的だったな」
「そう、そうだ……確かに私と一夜を過ごした彼女の目もそんな色をしていた……。頬を染めて、私の首に腕を回した時、よく見えたよ……」
「生々しい情景描写はいい」
問題は彼女の父親、そして彼の父親がどう思っているかだ。
まぁ、公爵家同士の婚姻とあればなにも問題はないだろう。ピウスツキ公爵家がどこの家ともめ事を起こした、などというのは聞いていない。古くからある家でもあるし、公爵が「可」と言えば何も問題はない。
「……オティリアは私と結婚したがっているが、父親はそうではないようだ。どうも、他に候補者がいたらしくてな。俺の親父も、同じこと言ってる……」
「なるほど、これが略奪愛という奴か」
「…………おいカロル、この状況を愉しんでないか?」
「いかんか?」
と、冗談はさておこう。
アルフレトの愚行のせいで、2つの公爵家が仲違いを起こすのは王国にとって不利益にしかならない。どちらも力を持っているだけに、唯じゃ収まらないだろうしな。
ここは王族として、そして友人として助けてやろうではないか。
「おい、アルフレト」
「……なんだ? いい方法思いついたか?」
「そうだな。でもその前に聞いておきたいことがある」
「な、なんだ?」
「お前、結婚したら浮気しないと誓えるか?」
「結婚する前提なのか!?」
当たり前だ。これで結婚しなかったら余計事態がややこしくなるだろう。
「誓え、な?」
「……わ、わかった。誓おう。私はオティリアを生涯の伴侶として迎え、彼女に私の愛の全てを捧げよう」
ふむ。
女心というものはわかないが、これを言われたら女性というのはときめくものなのだろうか。私が結婚することがあれば、これをそのまま言ってみようか。
「まぁ、よろしい。ではさっそく行こうか」
「は? どこにだ?」
「決まってる、ピウスツキ公爵家の本邸だ。幸い、公爵殿もオリティア殿も王都にいると聞いているからな」
「え、ちょ、ちょっと待て!」
「誓いは守れよ、アルフレト!」
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その後アルフレトとオティリアは、王位継承権第二位である私、カロル・シレジアの仲介によって婚約するに至る。
アルフレトの実家、オティリアの実家。
双方共に王族の知己を得たばかりか、婚約の仲介までされたということで、この婚約を無碍にできなかったということだ。
王族と言う身分も、たまには役に立つ。
そしてさらに数ヶ月の後、アルフレトとオティリアの間には息子が生まれ……さらにさらに、オティリアは身籠ったそうだ。
…………アルフレトは結婚してからも、自重はしないらしい。




