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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
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へレス海峡

1/2

 艦隊戦力の増強によって起死回生を望むキリス第二帝国にとって、この作戦の成否は国家の存亡にかかわることだ、と表現しても過言ではない。

 故に彼らは情報共有を密とし、伝書鳩や軍令馬、連絡船を駆使して緻密な準備を始めた。


 10月中旬における南大陸艦隊の陽動に始まったこの作戦は、初期段階において成功したと言える。


「我々の陽動に、教皇海軍は引っ掛かったようです。封鎖艦隊戦力を抽出し南下した模様」

「わかった。南大陸艦隊には予定通り艦隊決戦を避け、封鎖艦隊を牽制し続けてほしいものだな」


 10月20日。

 ミクラガルドの作戦司令部において開かれた定例作戦会議は、キリスにとって良い報告の連続だった。


 グライコス地方をほぼ失いかけたとはいえ、今作戦における主要地点、ミクラガルド、イズミル沖、クレタ島は全て近隣ということもあって情報収集は滞りなく進んでいる。


 しかしその最後、気になる報告が司令部にもたらされた。


「カバラに潜伏させていた工作員より報告。カバラに停泊していたオストマルク艦隊が出撃した模様です」

「カバラの……?」


 中央軍タグマ将校らが気になったのは、カバラという単語である。


 オストマルク艦隊主力は、クレタ島を拠点としてエーゲ海で通商破壊戦や対地攻撃を行っている。ティレニア教皇海軍もクレタ島を拠点としているため「カバラにいた艦隊」が何者なのか、その正体を掴み得ずにいたのである。


 十数秒の間を置いた後、ある将校がその存在を思い出した。


「そう言えば、鹵獲された艦によって新編された艦隊があるという報告が数日前にあったな?」

「あぁ……確か『グライコス艦隊』でしたか」

「それだ。カバラ停泊の艦隊とは、それではないか? もし奴らがイズミルに向かっているとなると、脅威だぞ?」

「しかし同時に、新編された艦隊でもあります。時機から考えて、恐らく乗組員の半分以上は新兵同然でしょう。それに報告によれば、数はそんなに多くないそうではないか」


 いくつかの不安の声があがった作戦会議であったが、結局のところ「憂慮すべきだが脅威とはならず」という結末に落ち着く。

 イズミル駐留艦隊はおろか黒海艦隊に、数的にも質的にも劣る艦隊となれば、そう思うのも道理だった。




---




 10月25日。


 オストマルク帝国軍とキリス第二帝国中央軍は、へレス海峡を挟んで睨み合いをしているらしい。

 制海権を握っている帝国軍だが、中央軍は同地域最大都市「ダーダネルス」を確保。これをどうにかするためには、どうしても敵前上陸をしなくてはならない。

 それでは損害が大きくなる、そう帝国軍は判断して戦線は膠着した、ということである。


「ということはへレス海峡には突入できそうもない、ってことかな?」

「いえ、ダーダネルスからの攻撃が届かないベルハルミまでは進むことはできます」

「じゃあ、この艦隊でダーダネルスへ攻撃することは無理そうですね」


 へレス海峡出口イムロズ島に停泊するのは、鹵獲艦で編成されたオストマルク艦隊、通称「グライコス艦隊」旗艦「オルランⅣ世」の甲板上で、フィーネさんと事実確認。


 陸の戦況は相変わらず帝国軍有利。しかしキリス本国となると、地の利のある中央軍有利。

 結果、ミクラガルドを前にして足踏みしている。


 グライコス艦隊の指揮を執るのは、かつてオストマルク戦列艦「ブレンハイム」の艦長を勤め、クレタ沖海戦の武勲によって昇進を果たしたライザー准将である。


 なんだか、マテウス少将の顔よりよく見ているなこの人の顔。気のせいかな。


「我々の目的はここでイズミル封鎖艦隊の支援だ。それに魔術支援攻撃をするのは、この艦の乗組員にはちと難易度が高すぎる」


 ライザー准将は、俺らに語りかけつつ艦全体を見やる。


「なんだか、前より動きが鈍いわね。何をして良いのかわからなくて右往左往している奴もいるし」


 サラが、ライザー准将前にしても臆することなくそう評した。


 まぁ事実として、乗組員の動きは悪いのだ。

 かつての武勲艦、ブレンハイムに比べればそれは一目瞭然。その光景を前に、ライザー准将も頭を抱えながら溜め息を吐いている。


「なんなら、サラが訓練の指揮とれば?」


 特に深い意味はないけど。

 戦列艦の扱い方なぞ心得ていない人物が訓練指揮なんて、と事情を知らぬものからすれば鼻で笑われるだろうけど、でもサラなら、サラならなんとかしてくれる。


「私でいいの?」

「サラに鍛えられた俺が言うんだから間違いない」

「あんたはまだひよっこでしょ。士官学校の時みたいに、また剣術の居残り授業やる?」

「木剣で殴られるのはもう勘弁」


 俺はトラウマを思い出し、その場でしゃがみこむ。

 トラウマは、体中に埋め込まれたいるのだ。構えが変だの、女々しいだの、なんとなく腹が立つだの。ジャ○アンかお前は。


「船は私の専門じゃないし、今回は遠慮しとくわ」

「……そうかぁ」


 まぁ、仕方ないか。




 こうして、動きの悪い乗組員に一抹の不安を抱いている中、さらなる凶報がフィーネさんよりもたらされたのは、10月27日のことだった。

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