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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
335/496

荒れ狂うエーゲ海

 ――大陸暦638年9月18日12時30分。グライコス地方東部戦域、ハルマンリ。


 元々オストマルク帝国の領地だったこの都市は、現在キリス中央軍タグマ1万4000の兵に占領されている。中央軍はオストマルク帝国軍1万5000と対峙している状況だが、中央軍がハルマンリに陣を敷いて以来一度も大規模な戦火を交えていない。

 その状況を作り出した理由はハルマンリ周辺の地形にある。都市の南北には山脈があり、なだらかな渓谷の中には河川が流れ軍の行軍を妨げている。それは攻めにくく守りやすいという典型的な要塞地形である。

 故に帝国軍は攻めあぐね、地の利を得ている中央軍は迂闊に前に出れないでいた。


 それは逆に言えば、準備期間が与えられたということに他ならない。中央軍も帝国軍も重厚な陣地を構築する一方で周囲の地形や敵情を把握せんと動いていた。その過程で小規模な騎兵隊が偶発的・散発的に戦っている。

 しかしその状況はいつまでも続かない。両軍とも、本国政府の「政治的要求」に晒され続けているからである。

 

 キリス中央軍東部戦域軍団の指揮するは、キリス第二帝国皇帝バシレイオスⅣ世の甥であるティベリウス・アナトリコン少将と、ティベリウスの忠実なる臣下であるエル・テルメ中将である。


 彼らは都市にあった教会を仮司令部として、他の参謀たちを交えて作戦会議を行っていた。


「それで? 叡智宮ハギア・ソフィアの奴らはなんて言っている?」


 ティベリウスがそう問うと、参謀の1人が答える。


「再三にわたって『侵略者共を駆逐せよ』と書簡を送ってきています」

「書簡だけか?」

「はい。増援は何も……」


 参謀の言葉に、ティベリウスは舌打ちをする。いや表現を正確にすれば、キリス第二帝国政府のあからさまな嫌がらせと戦争政策の怠慢さに舌打ちしていた。


 ティベリウスの出兵は、バシレイオスⅣ世との政争に敗れたという経緯がある故に戦局が有利になれば功績を横取りし、不利になれば全力で責任転嫁して、あわよくばティベリウスを名誉ある戦死に追い込もうとしているのである。


「こうしている間にも侵略者共は戦力を拡充している。打開策はないものか」

「敵も重厚な防御陣を敷いていますから、難しいかと」

「全く、奴らは穴に引き籠るしか能がないのか。優美たる会戦こそ武人の誉れだろうに」

「詮無きことを言うな。それに穴倉に閉じこもっているのは我々も同じだ」


 参謀たちは侃々諤々の議論を交わす。

 その議論の脇で、ティベリウスは後悔していた。地の利を得たことに昂揚したせいか、かえって部隊の機動性を失わせてしまったことに、である。


 機動力で以て優勢な敵部隊を叩くことを信条としている彼にとって、この戦線膠着は忍耐を要するものだった。


 その時である。仮司令部に急報が入った。


「テルメ中将、大変です!」

「何事か?」


 慌てた様子の伝令に、テルメ中将は努めて冷静に振る舞った。しかし続く伝令の言葉には、テルメは多少の動揺を覚えたに違いない。


「て、敵が攻勢に出ました!」


 この時期に敵が攻勢に出るなんて。テルメが真っ先に考えたのはそれだった。こちらが重厚な防御陣を敷いていることは敵も承知のはず。敵の前衛戦力は中央軍と同数であり、それでは単なる自殺行為に過ぎないではないかと。

 しかし可能性がないわけでない。あちらの将軍の忍耐力がなかったせいかもしれない。テルメはそう考えると、瞬時に状況を考察する。


「それで、敵はどこから攻勢に出た? 街道か? それともタルキス村あたりか?」


 もし自分が敵で、どうしても攻勢に出るしかない状況になったらその地点を選ぶだろう。そう考えての事だったが、伝令は激しく首を横に振る。そして慌ただしく、しどろもどろに答えた。


「さ、サロニカです!」

「……なんだと!?」


 サロニカ。

 グライコス地方中部最大都市。ハルマンリからは馬車で2日の距離にある場所にして、エル・テルメ中将の本来の任地だった。


「サロニカに居残る、グレコ少将より早馬です! これを!」


 そう言って、手を震わせながら伝令は懐に携えていた手紙をテルメに見せた。その脇から、ティベリウスが手紙を覗き見る。

 内容は、至極単純だった。


『現在サロニカは敵の攻撃下にあり。敵兵力は2万。至急来援を請う』


 その手紙の内容に、テルメ中将は違和感を覚えた。

 確かにサロニカを守備するのは1万の兵力であり、敵兵力2万に対しては数的に不利である。しかしその一方でサロニカは要塞都市でもある。包囲軍の魔術攻撃の弾道を念入りに計算して防御施設を作り上げた星形要塞であり、グライコス地方最大の港湾施設もある。キリス海軍がエーゲ海に居る限り、港から得られる補給によって無敵の要塞と化すはずだった。

 そのため2倍の戦力に包囲されたからと言って「至急来援を請う」と慌ただしく伝令を出すという状況にはならないのである。

 グレコ少将が余程無能ではない限りサロニカは無敵の要塞都市である。少なくとも数ヶ月は粘れるはずだと。


 その答えは手紙には書かれていなかった。余程慌てていたのかが窺い知れる。

 そしてテルメとティベリウスが答えを知ったのはその直後、2人目の伝令が仮司令部にやってきたときだ。

 やってきたのはテルメではなくティベリウスの部隊に所属する伝令兵で、こちらも慌てた様子だった。


「殿下、大変でございます!」

「どうした? サロニカが攻撃を受けていることは今聞いたが?」

「いえ、違います!」

「ではなんだ?」


 ティベリウスの問いに、伝令兵は顔を青くしながら答える。


「イズミル海軍基地より連絡。南海方面艦隊が半壊、クレタが敵の手に落ちたとのことです!」


 伝令の言葉に、ティベリウスとテルメは全てを理解した。


 去る9月11日。

 オストマルク・ティレニア連合軍はクレタを占領。キリス第二帝国海軍南海方面艦隊を半壊させ、艦隊をイズミルに押し込める一方でエーゲ海全域で通商破壊戦を実施したのである。


「既にエーゲ海において多数の船舶が敵艦隊に拿捕乃至撃沈されており、グライコス地方各戦域への補給路が寸断されております!!」


 伝令は危機を声高に叫ぶが、それは言われるまでもない事である。ティベリウスにとって重要なのはそこではなかった。


 エーゲ海の制海権を喪ったというのは、補給路を喪ったことと同義である。東部戦域はまだいい。陸路で補給を受けられる位置にあるのだから。しかし中部のサロニカや、西部のアクロポリスはそうではない。


 特にアクロポリスでは悲鳴を上げていた。

 この時はまだティベリウスの下には情報が届けられていなかったが、西部戦域ではオストマルク帝国陸軍が国境を越えていた。またクレタを占領したオストマルク帝国海軍も、グライコス地方南部ドーリス半島にて上陸作戦を実行、制圧した。


 神聖ティレニア教皇国が確保した海軍優勢に物を言わせて、オストマルク帝国海軍は西部戦域各所で魔術攻撃を実施する。特にアクロポリスは重点的に攻撃して、士気と防御機構を削っていたのである。


 南からは海軍と上陸部隊が、北からはどの部隊が?西部戦域を突き進む。

 アクロポリスはまさに風前の灯であった。


 即ちオストマルク帝国軍は東部戦域における不利を、制海権奪取によって一気に覆したのである。

 そしてクレタを制圧し各所への補給が滞りだしたところを見極めて東部戦域以外で攻勢作戦を開始、グライコス地方を全て奪おうと動いた。


「なんということだ……」


 ようやく見えてきた陰惨な現実を前に、参謀の誰かがそう呟いた。補給を失った軍隊に勝ち目はないことなど、彼らはわかりきっていた。




 グライコス地方南部最大都市アクロポリスをオストマルク帝国軍が陥落させたのは、9月24日のことであった。

そう言えば前話が334話だったのにネタにするのを忘れてました。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんでや阪神関係ないやろ!!
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