表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
333/496

ブレンハイム

 オストマルク艦隊による決死の突入によってキリス艦隊を前後に分断、命令系統を混乱せしめることに成功し、ティレニア艦隊の統率された艦隊運動から引き起こされる無慈悲な背面攻撃を実施した。


 統制を失ったキリス艦隊後衛17隻は脆く、統制されたティレニア艦隊36隻の敵ではなかった。

 またキリス艦隊からの集中攻撃を受けたはずのオストマルク艦4隻も、態勢を立て直して戦列に復帰。ティレニア艦隊と連携してキリス艦隊後衛を猛撃する。


 特筆すべきは、この時点で「浮いている事が奇蹟」と称されるほどに被害を負ったオストマルク二等戦列艦「ブレンハイム」の活躍がある。


 戦列艦「ブレンハイム」の艦長ライザー大佐による巧みな操艦技術と勇敢なる水兵の覇気によって、「ブレンハイム」はキリス二等戦列艦「オルハンⅣ世」を相手に同航戦を演じる。

 両艦に多数の死傷者を出した後に「ブレンハイム」が「オルハンⅣ世」の左舷に強行接舷。

 シレジア王国から派遣されたサラ・マリノフスカ少佐に指揮されたオストマルク海兵隊が「オルハンⅣ世」に対して移乗攻撃を実施して「オルハンⅣ世」の鹵獲と、艦長以下数百名の捕虜を獲得したのである。


 このように、戦局を優位に進めていたオストマルク・ティレニア連合艦隊であったが、14時20分になって風向きが逆転する。

 つまり連合艦隊が逆風に立たされ、翻ってキリス艦隊が風の利を得たのである。


 態勢を立て直しつつあったテオドラキス海軍大将指揮のキリス前衛艦隊は風上の利を生かし、ティレニア艦隊に対して反転突撃を下令、後衛艦隊の救出を試みる。

 神聖ティレニア教皇国教皇海軍ベルミリオ海軍大将は「逆風の中キリス艦隊と交戦することはリスクが大きく、余計な損失を増やすことになる」としてそれ以上の交戦を断念。キリス前衛艦隊との短時間の交戦した後に、オストマルク艦隊や鹵獲艦と共に南に針路を取って海域から離脱を始める。


 数的不利に陥っていたキリス艦隊も追撃することなく、14時40分に戦いの幕は閉じた。


 神聖ティレニア教皇国教皇海軍第2艦隊の損害は、二等戦列艦1隻大破。巡防艦3隻沈没、2隻大破。兵員2万2000人中、3200名が戦死乃至戦傷。

 対するキリス第二帝国南海方面艦隊の損害は、一等戦列艦3隻沈没。二等戦列艦3隻沈没、2隻大破(後に自沈)、1隻鹵獲。巡防艦7隻沈没、4隻大破。兵員2万7500名中、1万2300名が戦死乃至戦傷または捕虜となった。


 クレタ沖海戦の勝者の名はどちらにあったのかは論ずるべくもない。

 しかし、この海戦最大の勲功者とも言えるオストマルク艦隊の被害は甚大だった。


 オストマルク艦隊は敵艦隊に突入した無人の巡防艦2隻は沈没。他4隻の二等戦列艦に乗艦していた兵員2800名中、1600名が戦死乃至戦傷という有様だった。


 最も被害が大きかった二等戦列艦「ブレンハイム」は開戦終了後に生き残ることに成功はしたものの、損害甚だしく航行するのも不可能な状態となる。ティレニアの戦列艦に曳航されてなんとか戦域離脱に成功したが、この老朽艦は最早足手まといだった。


 そして16時20分。「ブレンハイム」艦長ライザー大佐は決断する。


「……役目は果たした。総員、最上甲板」




---




 オストマルク帝国海軍ケルキラ軍港所属艦隊旗艦、二等戦列艦「ブレンハイム」。

 竣工は大陸暦606年6月6日。当時最新鋭の戦列艦だったが、今では旧式艦でしかない。軍艦の寿命は30年そこそこらしく、実際「ブレンハイム」も色々なところでボロが出ていたそうだ。


「そんな老体に最後の最後に鞭打つとは、ワレサ少佐は無茶が過ぎる」


 戦列艦「ブレンハイム」に接舷した教皇海軍一等戦列艦「グリエルモⅡ世」に移乗する乗員たちを見ながら、竣工時からずっと「ブレンハイム」に乗り続けていたライザー大佐は呟いた。

 怒っているというよりは、長年連れ添った座乗艦に対して別れを告げるという寂しさを含む声だった。


 「ブレンハイム」にあった4本のマストの内、最前列のフォアマストと最後列のジガーマストは根元から折れ、残ったマストにある帆も半分は焼け落ちている。船体には敵の魔術攻撃と強行接舷時における損害が多かった。

 それでもなお浮かんでいられるのは、戦列艦なればこその強靭さといったところか。


「艦長と『ブレンハイム』には悪いことをしました。お詫び申し上げます」

「なに、気にすることはない。俺はこの戦いの武勲によって准将昇進は確実だろうから、念願の艦隊司令官の道が開ける。それに『ブレンハイム』は戦いに勝って沈むんだ。こいつも満足だろうよ」


 負けて沈んだとなれば目も当てられないがな、と艦長は続けた。

 艦長はそのまま何も言わず、煙管キセルを吸いながら「ブレンハイム」を眺めていた。メインマストに掲げられていたオストマルク海軍旗や信号旗は既に降ろされている。


 数分後、副長がやってきた。


「艦長、自沈準備完了。他の乗組員も全員『グリエルモⅡ世』に移乗完了、残っているのは私たちだけです」

「……そうか。いよいよだな」

「はい」


 艦長以下士官数名と、俺らシレジア軍事顧問団も移乗を始める。

 その途中、サラに話しかけられた。


「数日乗っていただけなのに、なんだか名残惜しいわね」

「……そうだな」


 船乗りにとって船とは、単なる兵器ではなく戦友であり、相棒なのだそう。それが沈むというのは悲しいだろう。たかだか数日乗っていただけの俺でさえそう思う。

 そして30年以上「彼女」と共に戦っていたライザー大佐にとっては、俺ら以上の気持ちになるはずだ。


 艦長以下、全乗組員の移乗が完了。

 戦列艦「ブレンハイム」には今、誰も残っていない。


 そしてライザー大佐の命令によって、彼女は最後の時を迎える。

 船全体にばら撒かれた油に引火するよう、「グリエルモⅡ世」が「ブレンハイム」に魔術攻撃を開始。


 大陸暦638年9月8日16時55分。

 オストマルク二等戦列艦「ブレンハイム」は、32年の波乱の艦生を終えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ