警報
マテウス准将の執務室は、ゼーマンさんの報告により即席の作戦会議室に変貌する。司令部要員を呼ばなくていいのかと思ったのだが、残念ながらこの敗残兵部隊は諸所の事由によって司令部全滅の憂き目にあっている。
「……」
「……あの、少佐? どうしたんです?」
「いえ、なんでもないです」
そして俺は色々邪魔されて不機嫌になっている。いやもうよそう、今は目の前の戦いに集中するしかないだろう。
とりあえずは指揮権はマテウス准将にしかないのでとりあえず彼がどういう指揮をするのか。
「ふむ。淑女には申し訳ないが敵を片付ける方が先だな?」
あ、そこはわかってるんだ。いや当然か、これでも准将だもんな。まさか武家の名門ってだけで准将まで昇進できるオストマルク軍じゃ……ないよね?
「ゼーマン曹長、敵の規模は不明なのだな?」
「はい。騎兵隊ということくらいしか」
それじゃ手段の講じようがない。けど敵も包囲作戦中だから大規模な攻勢をするとは思えないし、恐らく通商破壊とか索敵とかそこら辺だろう。騎兵隊によるゲリラ戦でこちらの動きを牽制し、包囲を破られないようにするため。
もしここで包囲下にある友軍が降伏ないし全滅したら、この方面におけるオストマルク軍はこの敗残兵部隊しかいなくなる。
「で、ユゼフならどうするの?」
ゼーマンさんと准将閣下が報告し合っている間、俺とサラとフィーネさんは執務室の端で待機。その時サラがそう聞いてきた。
「んー……敵は騎兵隊と言うし、専門家の意見が気になるかな」
「私の意見でいいの?」
「春戦争でもいい作戦考えたそうじゃないか」
彼女は春戦争の時、中立国ラスキノを経由して東大陸帝国軍後方補給基地を襲撃して帝国軍の継戦能力を奪った。エーレスンド講和条約でシレジア有利の条文を付けられたのはサラのおかげだ。
「別にあの時はエミリアもラデックもいたもの……それにユゼフなら簡単に思いつくでしょ?」
「いや、どうだろう」
戦闘詳報を読んだが、まぁあそこまで大胆な作戦をよく考え付いた物だと感心した。発想力っていうのは個々人によって違うから俺がその場にいたとしても同じ発想が出来たかどうかはわからない。
「ま、とりあえずサラの意見が聞きたいよ」
「…………まぁ、そういうことなら。自信無いけど」
「気にしないで良い。俺もいつも自分の作戦に自信満々と言うわけじゃないし」
いや本当に。自信満々で立てた作戦ほど綻びが出る気がするし、本当に世知辛い世の中だ。
「そうね。とりあえずは無視を決め込むっていうのが良いかもしれないわ」
「無視?」
「うん。騎兵に機動力があるって言っても、いつまでも動き続けるわけにはいかないもの。あいつらが疲れて行動力が衰えた時を待って反撃すればいいわ」
「なるほどね……」
確かに今、中央軍はオストマルクと言う敵地にいる。現在友軍を包囲している部隊にしても、いずれ補給上の問題が出てくるだろう。国境に近いと言っても、敵地侵攻はそう言った点が難しい。
長躯して東大陸帝国内に深く侵攻した彼女らしい意見である。
でも問題は、包囲下にある部隊がそれほど長く持ちそうにないということだ。敵の自滅を待っている間に包囲下にある部隊が自滅してしまう。
「時間的制限を付け加えると、どうする?」
「……難しいこと聞かないでよ」
サラでもってしても難しいと言うのか。
「もし自分が、今のキリスの騎兵隊だったらと考えればいい」
「あまり変わってない気がするわ。……そうね、やっぱり敵の騎兵隊が拠点としている場所を直撃してその行動力を奪うしかないわね。エミリアのときみたいに」
「殿下の?」
「ほら、私たちが士官学校1年生だった時の」
「あぁ……」
確かに。あの時と状況は似ているか。とすると敵の拠点が何処かと言うことになるが。
「フィーネさん。この付近に敵の拠点となりそうな場所はありますか?」
「この付近は穀倉地帯ですので、農村が各所に点在しています。どのような場所が騎兵隊の拠点となるのかはわかりませんが、それでも確定は難しいかと」
あれ、結構やばい?
彼らにその気があるのなら、一夜ごと、一戦ごとに拠点を変えてゲリラ戦を仕掛ければいい。拠点を探している間にやっぱり包囲中の友軍が全滅してしまう。
となると……。
「やっぱりどうにかして敵騎兵隊自体を壊滅させるしかないか」
「どうやって?」
「騎兵隊のゲリラ戦に対抗するには騎兵隊のゲリラ戦で以ってするしかないよ」
「つまり私の出番?」
「どうだろう……」
一応俺たちは意見するだけの人間だからね。
女神が准将にお願いすれば割と指揮権奪えそうだなってことを考えたけど、それしたらサラが取られそうだからなぁ。
「とにかく准将閣下の決断次第だよ」
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数分後、警戒部隊からの続報が入る。
「カロヤノから南東に約4キロ地点にて敵騎兵隊発見。数およそ200ないし250」
「……カロヤノ駐屯の全部隊に敵襲の警報を出す。総員戦闘配置につけ」
「ハッ!」
命令を受け取ったゼーマン曹長は退出。敗残兵の集まりで部隊の再編成がどの程度済んでるかにもよるだろうが、準備完了は時間がかかるだろう。
ちなみに現在サラとフィーネさんはいない。いや用事が済んだと言うより用事がなくなったと言いますか。「何しに来たんだっけ……」とか言ってたけど、うん、それはまた後でね。
「准将閣下は如何なさるおつもりですか? このままキリス帝国の虜囚の身となり、看守を口説くおつもりで?」
「それも悪くない」
をい。
「だが看守を口説くのならば捕虜となるのではなく、勝利者として口説く方が効率が良いと思わんかね?」
「いや、知らないです」
「なんだ。男の癖に女に興味ないのか」
「……閣下、そんなこと言ってる場合じゃないでしょう」
まぁ敵騎兵隊250なら負けはしない。後方に本隊がいたとしても合計で1000程だろう。先ほどフィーネさんからこの部隊の残存兵力を確認してもらったが、無事な騎兵隊は1800は残っている。数の上では有利だが。
「……そうだな。軍事顧問とやらの大仰な地位を持っている貴官の意見を聞こうか」
「小官の意見でよろしいのならば」
「それが貴官の仕事だろう?」
さっきまでガキとか言われてたのが嘘みたいだ。戦時と平時の切り替えができる人なのかな。
「私の意見としては、周辺にて行動するこの騎兵隊を撃滅して後顧の憂いを断ち、敵中にて孤立しているクライン軍団を救出すべきかと存じます。ここはオストマルク領内、地の利は閣下の部隊にあるかと」
「……正論だな。で、具体的な迎撃作戦案はあるのか?」
「まず閣下の考えを拝聴したいと存じますが」
もしかしたらマテウス准将が意外に有能かもしれないじゃない? 女ったらしってだけで。
「敵騎兵隊の総数は250、我が部隊は7000。数の上では我が軍が有利、であれば無理に交戦することもないだろう」
「……はぁ」
さっき聞いた。女神から。
「しかし包囲下にある友軍を救うには悠長なことも言っていられませんが?」
「包囲下にあると言っても籠城戦だ。如何に都市を焼かれたとしても全てじゃない。1週間は持つだろう」
「では、救出する時間を含めて1週間以内に状況を改善する手立てがあると、閣下はお考えで?」
「…………」
「閣下?」
そこは黙らないで?
「それがあれば苦労はしない」
ないんかい。
いや本当にこの人どうやって准将になったんだろう。
「……そこで軍事顧問たる貴官に是非案を聞きたいと思ったわけでな。なにか妙案はあるかね?」
なんかマテウス准将の態度が軽薄なものから段々と普通のものになっているのは危機感があるからなのか、それとも俺の手柄を横取りして彼の戦果としたいのかはわからん。
「あるにはあります。成功するかは閣下の指揮次第かと」
まぁなんにしても指揮権は准将にあるし別に観戦武官の手柄ってそんなにないし。ここは俺の提案を言って准将閣下のお手並みを拝見しようかね。
「…………話したまえ」




