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大陸英雄戦記  作者: 悪一
砂漠の嵐
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残念な指揮官

 俺は今まで勘違いしていたことがある。


 軽薄な男とは、ラデックのような人間だと思っていた。だけど違った。あいつは口は悪いが誠実だし嫁さん一筋だし何より優秀だ。

 俺は間違っていた。


 真の意味の「軽薄な男」とはまさに今俺の目の前にいる人間のことである。


「あぁ御嬢さん、そんなに畏まらなくても良い。大丈夫、すぐ終わるさ。それこそ天井のシミの数を数えているうちにね。あぁそうそう、名前を聞き忘れていたな。なんだったかな?」

「え、えーっとサラ・マリノフスカ少佐で……」

「そうかサラというのか。良い名前だ。キリスの古き言語で『王女』を意味する言葉、あぁまさに君の髪の色と似合う名だ」

「ど、どうも……」

「ふふ、緊張しているのかな? それとも私に見惚れているのかな?」


 うっせぇ黙れバカ。

 ほら、サラが笑顔をひきつらせてるじゃないか。これをどう見たら「惚れてる」になるんだ。


「コホン。准将閣下、そろそろ本題に」

「五月蠅い黙れクソガキ」


 殴っていいよね? もうこれ完全に殴っていいよね? 縦しんばそのまま死んでしまっても合法だよね? だって今俺は外交官の身分、不逮捕特権があるもんね……!


 っと、いかんいかん。俺らしくもなく興奮してしまった。ひっ、ひっ、ふぅ。


 よし。


「クソガキではありません。シレジア王国軍、ユゼフ・ワレサと申します」

「そうか。では准将として命じる。さっさと出てけ」

「……指揮系統が異なりますので命令を受ける筋合いはございません」


 だって一応クライン大将の司令部配属だし。

 こみ上げる怒りをなんとか胸の内に仕舞い込んで頑張ってこの変態准将閣下の相手を試みる。俺が相手しないと、笑顔通り越して怒りの顔になってぷるぷる震えているサラがどうなるかわかったもんじゃないからね!


 が、この空気の読めない変態はサラのその震えは別の原因にあると考えたようである。変態はサラに近づき、肩に手を置いて作ったような甘いマスクを持った声で話しかける。


「あぁ、サラ・マリノフスカ嬢、そんなに怯えなくてもいいのだよ? 確かにこのような汚物と一緒にいることはさぞ屈辱のことだろうね。なに、心配いらないさ。私の華麗な技によってこの人間のような別の何かを――」


 栄えある帝国の名門マテウス家の三男ハインツ・アルネ・フォン・マテウス准将、ここに一旦眠る。

 死因は言うまでもなく、サラの右拳。「右ストレートでぶっ飛ばす、真っすぐいってぶっ飛ばす」を地で行くような綺麗なフォームだった。


 ……俺は7年間もこんなえぐいパンチを食らってたのかと今更恐怖したのは内緒である。


 一方加害者……じゃないな、被害者のサラはマテウス准将を殴り倒した後、ハッと正気に戻って俺に詰め寄ってきた。


「どどど、どようしようユゼフ!」


 サラもこれがやばい事であることは認識できていたようだ。


「まぁ法的罪には問われないと思うよ。最終兵器『外交官の不逮捕特権』があるから」


 そしていつぞやのようにフィーネさん経由で外務省に根回しして外交官待遇拒否ペルソナ・ノン・グラータを通告しなければサラは御咎めなしで万事めでたしめでたしとなるわけだ。

 という構想を思いついたが、それは背後から諌められた。


「そんなことするわけないじゃないですか、少佐」

「……ダメですか、フィーネさん」

「ダメです」


 ダメらしい。どうしよう、サラさんが社会的に死んじゃう。


「あ、ユゼフ少佐ご心配なく。この超が4つ程つくほどの女尊男卑主義者は女性に殴られた程度でネチネチとつけ回ったりはしませんから」

「なるほど真性の変態ですね」


 オストマルク軍大丈夫か。こんなやつが武家の名門の子供って。


「ってあれ? 今の口ぶりからすると、フィーネさんもご経験がおありで?」

「……まぁ、このお方は目につく若い女性全てを口説こうとする悪癖がありますので。さすがに殴ったことはありませんが」


 彼女が事前に、この地面と熱い抱擁をしている男と会おうとせず、今も動かないはずの男に近づこうともしないのはそのせいか。


「じゃ、じゃあ私はいくら殴っても平気ってこと?」

「いや流石に平気じゃない。自衛以外は殴るの禁止だからね?」

「でもこいつ、ユゼフの悪口言ってたじゃない。許せないわよ」

「それは嬉しいんだけど、サラに何かあったら俺が困るから、な?」


 最終的にサラは納得しなかったが、「ユゼフが言うなら……」とむくれながら殴ることは自重してくれた。まぁいざというときは全然殴っていいけど。


 にしてもこんな男が敗残兵を引き連れてるのか。名門の家にしては出世が遅いというのも頷ける。これじゃ士気も下がるだろうな。ただでさえ士気の低い敗残兵がさらに弱体化することになるのだ。

 まぁもしかしたら軍人としての能力は極めて高いかもしれないという可能性がなくはないという洗脳法で部隊を統括するしかないだろう。


「とりあえずこの准将閣下との挨拶は済ませたから、サラはフィーネさんとここから出ていいよ。あとは俺とこの人で話をつけるから」


 たぶんサラとかフィーネさんがいたらオストマルクが滅びるまで本題に入らないだろう。


「ユゼフ1人で大丈夫?」

「大丈夫……と信じたい」


 まぁ、いざとなったらもう1回気絶させて「准将閣下が体調不良で指揮取れないから代理の人よろしく!」っていう感じにしよう。まかり間違って死んでしまったらみんなと辻褄合わせて戦闘中行方不明扱いにしとけば問題ないし。

 いつまでもこんな奴と関わってられないのだ。

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