忠告
リンツ伯やヴェルスバッハ部長との情報交換もそこそこに情報省から脱出することにする。これ以上あの2人と同じ空気を吸っていたら俺まで外道の人間になってしまうではないか。
外で待っていたサラとフィーネさんに合流した後、次に行くのは軍務省。そこでオストマルク帝国軍からの正式な辞令を貰うのだが、その軍務省のトップであるヴァルトハウゼン伯からこんなことを言われた。
「女性関係については気を付けた方が君の為だよ」
意味が分からなかったが、妙な説得力があったのはなぜだろうか。気になってフィーネさんに尋ねようとしたのだが、彼女は目を合わせた瞬間サッと目を明後日の方向に向けたのである。
これだけでわかる、リンツ伯の陰。さっさとエスターブルクを脱出しなきゃ何をされるかわからん。
軍務省から言われたのは俺らの身分と配置先。
まず身分については「軍事顧問」ということになった。これは配置先の部隊において他国の軍隊が作戦やら何やらに対して助言をする身分である。裁量権や指揮権はなく、役柄的には「参謀」に近い。あくまで助言するだけだ。
そして肝心の配置先なのだが、マルク・フォン・クライン大将麾下の軍団に配属されることとなった。軍団の規模は正規軍3個師団。クライン大将は騎士階級の人間で人望もあるとか何とか。とりあえず面倒くさい上司ではなさそうだ。ありがたい。
善は急げというか早くいかないと戦争が終わってしまうということで、出発は明日の昼ということになった。べ、別にリンツ伯と顔を合わせたくないとかそんなんじゃないんだからね!
「宿はどうするんですか? 通例ではシレジア大使館の公邸を使うことになっていますが」
「……絶対に嫌なので手配してくれると嬉しいです」
芸術の都はどうしてこうも息が詰まるのか。俺が芸術に興味がないせいだろう。たぶん。
とりあえず明日以降は恐らくゆっくり休めないだろうから、フィーネさんが手配してくれた宿で寝よう。ちなみにフィーネさん自身は久しぶりに自分の家に帰る様子。
「……サラって家族の事はどうするの? お父さんとか」
「今いる肉親には興味ないから、私はユリアとユゼフ含めて新しい家族を作りたいわね。ラデックみたいに」
「お、おう」
サラのお父さんには少し同情する。せっかく苦労して子爵家の次男を娘の婚約者とすることができたのに、当の娘はそんなこと関係ないと言わんばかりだ。いやまぁ、俺もその状況が嬉しいのだけどね。
「少しは労わってあげなよ」
「……少しだけなら、考えてあげてもいいけど」
しばらくはサラのお父さんの受難は続くようである。
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たまには昼過ぎまでゆっくり眠っていたっていい。それが自由な人間というものである。
あぁ、自由って素晴らしい。今俺が惰眠を貪っている部屋の近くにはピアノは設置されていないので無表情なアンドロイドが超絶技巧曲を駆使して俺を叩き起こしたりはしない。
うん、あと5時間くらい寝よう。自由はあるうちから謳歌すべき……。
「ユゼフ」
俺を呼ぶ声が聞こえたような気がしたがここは1人部屋。つまりこれは夢か幻覚。あるいは未知の魔法。戦場になんて行くか! 俺はココを動かんぞ!
「ユゼフってば」
うーむ、随分サラに似ている声が聞こえる。これはアレだな、7年も聞いてるから脳裏に深くこびりついているからなのだろうな。ふふふ、この智将ユゼフ、そのような術には引っ掛からぬぞ!
「ちょっと聞いてるの!? 早く起きなさい!」
「!?」
怒号にも似た声と共に、額に猛烈な痛みが走った。割と最近よくやられるせいで視覚的情報がなくてもわかる。今確実に現実世界でデコピンされた!
さすがにここまで来て夢だと判断できる程寝ぼけてはいなかったので、俺はそこで目を覚ました。そして目に映ったのは……、
「あ、やっと起きたわね」
「……」
「ったく、あんたも軍人の端くれなんだからちゃんと起きなきゃダメじゃないの」
「…………」
「ユゼフ? どうしたの?」
「………………いや、『どうしたの』は俺の台詞なんだけど」
「?」
「……なんでサラが俺の布団の中にいるわけ!?」
目の前にあったのは紛うことなくサラであった。しかも寝間着ではなく肌着姿。シングルベッドのために俺とサラの距離は近いと言うレベルではなかった。
「言わせる気?」
「いや、言わなくていい」
「私たち、そういう仲だから問題ないわよね?」
言わなくて良いって言ったじゃん!
「安心して。別に何もしてないわ。ユゼフの可笑しな寝顔見てただけだから」
「やめて!?」
それだけでも恥ずかしさで死んでしまう。
それに肌着姿で色々な意味で良い身体しているサラさんとこんなに近くにいたら朝から間違いを起こしそうになる。落ち着け俺、鎮まれ俺。今ここで事に及ぶわけにはいかない。とりあえずサラはさっさと服を着てほしい。
「って、いつ来たのサラ」
「夜ね。ちょっとユゼフと話しようかな、って思ったら部屋の鍵が開いてたのよ。ユゼフはもう寝てたし、鍵がどこにあるかわからなかったから、ここで寝ようと思ったの」
「そういうことか……」
つまりまた俺のせいということである。不用心すぎたな。ちなみに鍵は探してみたらベッドの下に転がっていた。
まぁ、いくらフィーネさんが用意してくれた宿とは言え泥棒とかそういうのがいないわけではない。一応自分の私物と、一応サラの私物を調べたが特に紛失・破損品はなかった。
「部屋に誰か来てたら私が気付いたから問題ないわ」
ニンジャかお前。
その後軍服に着替え、朝食を摂ってチェックアウト。領収書の名義は憎しみを込めてクルト・ヴェルスバッハにする。まぁ結局払うのは情報省の予算だから問題ない。
朝のドタバタがあったせいか、出発時間には10分程遅刻してしまった。無論、サラ以上に時間に厳しいフィーネさんからは、
「何をやってるんですかユゼフ少佐」
と怒られた。
「違うんですフィーネさん。これはどちらかと言うとサラのせいで」
「私が起こさなければあんた昼過ぎまで寝てる勢いだったじゃないの」
それもそうでした。
自由への道のりは遠い。




