情報省第四部
番組の最後に重大なお知らせが!
オストマルク帝国情報省、その歴史は1年にも満たない。間違いなく大陸で最も若い中央省庁である。
同国内務省と資源省の不正事件によって皇帝陛下からの直々の設立勅許と軍務省の協力を経て設置されたこの省のメンバーは、やはり内務省、資源省、軍務省、外務省の各省情報部門から信頼できる人間、事件に不関与だった人間を抽出している。
内部分裂が少し怖いが、だからと言って新規採用を大規模に行えると言うわけでもない。
「まぁ心配してくれるのはありがたいが、これでもかなり厳選している。それに士官学校情報科卒業生は優先的にこっちに回すよう、軍務大臣ヴァルトハウゼン伯には色々圧……要請しているからね」
と、情報大臣ローマン・フォン・リンツ伯爵閣下から色々な意味で重要な答えが返ってきたのである。
「フィーネさんもその口なんですか?」
「そうさ。フィーネは情報科首席卒業だからな、引く手数多だったよ。軍務省諜報局やら帝国軍統帥本部参謀部やらと、色々要請があったと聞いているよ」
あらフィーネさんモテモテ。ちなみに帝国軍統帥本部というのは軍令を司る機関だ。シレジアにおける総合作戦本部、東大陸帝国における軍令部、カールスバートにおける作戦本部に該当する。
でも彼女が卒業する時、既に情報大臣に内定していたリンツ伯を押し退ける程に政治力を持った人間は他に居なかったようで、彼女は情報省第一部所属の武官となったわけである。
なお現在この場、情報大臣執務室にはフィーネさんやサラさんはいない。なぜって、面倒なことになるからだよ。結婚とか結婚とか結婚の話で。フィーネさんとサラさんを2人きりにするのは些か不安だがまさか殴り合いの喧嘩をするわけもなし。
その代わりと言ってはなんだが、リンツ伯の傍らには見たことのある気持ち悪い笑顔を浮かべている男がいる。場所が場所なら迷わず官憲を呼んでた。
「君も我が国で仕事をしないかい? 一日中民衆に石を投げられ、石が目に当たっても痛がりもせずじっとしているだけの簡単な仕事とかどうだろうか?」
「そんなに暇じゃないので、お断りします」
カールスバート内戦を経て知己を得てしまったヘルベルト・リーバル共和国軍中将。一度書類上の死を経験し、名前をクルト・ヴェルスバッハに変えた彼は、内外で工作活動を行う部局である情報省第四部の部長として就任した。
そして俺に変な笑顔を向けてくる。やめてほしい。背筋が寒くなる。
「そうか。まぁ気が向いたらいつでも言ってほしい。私はいつでも歓迎だぞ?」
だから嫌だって。
顔は笑っているが彼は恐らくだいぶ根に持っている。それほどのことをしたのだから自業自得、生きていることを喜んでほしい。
本来であれば、女子供容赦なく皆殺しにしたヘルベルト・リーバル中将は名誉も何もなく処刑されるはずだった。だが恐怖政治の申し子であるこの人物より謀略・工作能力が秀でている人間を知らない。情報の専門家たるリンツ伯とタッグを組めばそれはそれは恐ろしいことになるだろう。
そういう算段で彼を生かして、リンツ伯の下で使ってもらおうとしたわけである。面倒事を押し付けたとも言う。その甲斐あって、東大陸帝国前内務大臣ユスポフ子爵とその家族は無事不慮の事故死を遂げている。
「ともあれやはり私は戦場で軍を率いるより、こうやって机の上で他人を掌で踊らせるのが好きなようだ。こんな職場をくれたワレサ少佐には感謝こそすれ、恨みつらみを晴らそうなどとは思わんさ」
「それはどうもありがとうございます」
今後もリンツ伯の下で色々とやらかすのだろう。というか、既にやらかしているのだろうけど。
「ヴェルスバッハ部長の帝国に対するご献身ぶりは聞き及んでおりますよ。今回の第七次戦争でも開戦の大義名分を作ることに成功したとかなんとか」
「ん? フィーネはそこまで報告したのかい? 対外的には良いものではないからあまり喋るなと言っておいたのだが」
俺の言葉に対して、リンツ伯は眉に皺を寄せる。その言動、一挙手一投足が、俺の言葉が事実だと言っているようなものなのだが、リンツ伯はそれよりもフィーネさんの機密意識の低さを心配している。でもそれは杞憂と言うものだ。
「フィーネさんは閣下の忠告には忠実でしたよ。この件については自力で調べました」
「ほう?」
別に伯爵が疑問に思うことはないと思いますがね。
開戦の契機となった、ハドリアノポリスでのオストマルク商人斬殺事件。その背景について、色々調べた結果の結論なのだ。というのは「もしも東大陸帝国が策謀した結果だったら?」という懸念がなくはなかった。
そう言うわけで調べてみたのだが、意外なことにサックリと解決した。1週間くらいを覚悟していたのだが、2日で概要を掴んでしまったのだ。
「ハドリアノポリスで殺されたオストマルク商人、5年前に密輸の罪で公爵領の警備隊に拘束されてましたからね」
交易都市クラクフならではである。もっとも密輸商品は貴金属だの宝飾品だのと言う生易しいものではなく、武器だったのである。具体的にはオストマルク産の弓矢、槍先など数千本。それらを東大陸帝国へ密輸しようとクラクフを通ったところで捕まったのである。
しかし、3年前のオストマルクはまだ純然たる仮想敵国だ。その国の商人を処断する事については政治的な配慮があり、無傷で強制送還となったそうだ。
「なるほど、よく調べているね。それとも公爵領の総督を褒めるべきかな?」
「総督を褒めてやってください」
何せブラックリストが作られていたからな。
まぁ、これで終われば単なる密輸事件だった。だがこの密輸事件で問題なのは時間と場所だ。3年前、つまり大陸暦635年、俺たちがまだ士官学校に居た頃。
先ほど言った通り、商人は東大陸帝国へ武器を密輸しようとしていた。でも当時は反シレジア同盟は健在で、東大陸帝国とオストマルクの関係は良好だったはず。なのに商人は仮想敵シレジアを経由したのだ。
ここからは単なる予想だけど、この時から既にオストマルク外務省は反シレジア同盟、特に東大陸帝国に懐疑的だったのだろう。だから水面下で交易を制限するような策を取っていたとしてもおかしくはない。それを察知した商人が直接東大陸帝国に運ぶのを止め、シレジアを経由することを選んだのだろう。
そして捕まった。強制送還された。
「それでもって武器密輸商人をいつか利用できると考えどこぞの調査局さんが監視して、そして今回ハドリアノポリスへ武器密輸をさせた。そして当地で両者を煽って開戦の大義名分とした。概略としてはこんなのだと想像しますが、どうでしょう?」
ほとんど証拠はない、単なる妄想である。間違っている可能性は大いにあった。ていうか間違っていてほしいかも。そんな回りくどい事をやってのける暇人がいないことを祈る。
「まぁ、半分正解と言ったところかな」
「半分ですか」
半分祈りが通じたというのは、祈った甲斐があるのだろうか。
「武器密輸商人を旧外務省調査局が監視していたのは本当さ。でも利用するためと言うよりは、彼らの動きを見て、どこの国のどの勢力がどの程度武器を欲しがっているかというのを把握するためだよ」
カールスバート内戦のようにね、とリンツ伯は続けた。なるほど確かに、その方が情報価値がある。カールスバート内戦の時も、グリルパルツァー商会に対して武器を求める商談があったと言うし、おそらくこの密輸商人にもあっただろう。
さらにリンツ伯に続いて、ヴェルスバッハ部長が口を開く。
「彼らがハドリアノポリスへ武器を運んでいたのはだいぶ前から、それこそシレジアによって拘束される前から把握していたことらしい。彼らはその道では専門家だ。我々が手を下さずとも、今回の情勢に対して彼らは勝手にハドリアノポリスへ武器を密輸しようとしたよ」
ヴェルスバッハ部長は笑顔を絶やさずそう言う。上辺だけ聞けばよくある武器商人の話、で終わっただろうが問題はそこじゃない。そんなよくある話をヴェルスバッハ部長が喋ったことが問題なのだ。つまり、単なるよくある話で終わらない。
そしてその話のオチも、なんとなく想像がついた。悲しいことに、俺も「そんな状況を上手く利用できるかも」と考えてしまったのである。ヴェルスバッハ部長と同じ思考回路というのは、心が折れかける。
「まさか、ハドリアノポリスで噂を流したとか言いませんよね? 『オストマルクからの商人は秘密裡に武器を運び、キリスで暴動を起こす気だ』とかなんとか」
外れてますように、という切なる願いは神には届かなかった。
「おっと。やはり私と君は仲良くなれそうだよ」
とびっきりの良い笑顔で、ヴェルスバッハ部長はそう断言した。
これに対する俺の答えも、やはりハッキリと断言できる。
「私は仲良くしたくはありません」
【お知らせ(CV.銀河●丈)】
分割戦争とオストマルク、転生、ユゼフ、エスターブルク、外交官。
縺れた糸を縫って、王国の運命を握る馬車が駆ける。
欧州大陸に織りなされる、彼の国の企んだ紋様は何。
巨大な大陸史に描かれた壮大なる外交戦。
その時、ユゼフは叫んだ。
「フィーネさん!」 と。
次巻、『大陸英雄戦記』第3巻。
いよいよ、キャスティング完了!
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と言うわけでございまして、フィーネさん初登場巻となる『大陸英雄戦記 3』はアース・スターノベル様より3月以降刊行予定です。
http://www.es-novel.jp/schedule/




